ゴーレム撃破
「ルーナ」
「キャシー先輩」
予定の距離の半分ほどまで近づいたところで、私がキャシー先輩に声をお掛けしたのと、キャシー先輩が私の名前をお呼びになったのはほとんど同時でした。
私たちは視線を交わすと、私はキャシー先輩に先をお譲りしました。
キャシー先輩はエミリア先輩のことを全く疑っていないという調子で話はじめられました。
「ルーナ。エミリアがあれを倒したら、おそらく、わずかの間だとは思うけれど、彼らの動きが止まるはずよ。その隙に再構成をされないうちに私が本陣に突っ込んで相手の校章を破壊するわ」
「わかりました。私はその間無防備になるエミリア先輩をここでお守りすれば良いのですね」
「お願いできるかしら」
「もちろんです。お任せください」
流石にずっとというわけにはいきませんけれど、キャシー先輩の速さを考えるとおそらくは大丈夫だと思います。
「おい、ルーナ。別にあたしのことは放っておいてくれて構わないぜ。あたしの役目はあれをぶっ飛ばすところで終わりだろうからな。あとはきっとキャシーがやってくれる」
エミリア先輩はそのようにおっしゃられましたけれど、私とキャシー先輩は揃って否定を返しました。
「それはできません。おそらく魔力を限界まで絞り出されるエミリア先輩を戦場に一人で放っておくことはできません」
「そうよ。私なら大丈夫。いくら彼らの数が多くても、今みたいに全面を防がれているのでなければ、一瞬で突破してくるわ」
私たちはそのように主張しましたが、エミリア先輩は首を縦には振ってくださいませんでした。
「いいから聞けって。いいか、あたしが砲撃をぶちかましたら確実にこっちに人が割かれるはずさ。つまり、それだけ本陣の守りが手薄になる。それはわかるよな」
「ええ、だからその隙に」
「だったら、一人で行くよりも二人で行った方が確率が高まるのもわかるよな」
私は言い返そうと思いましたが、エミリア先輩の瞳の圧力に口を結びました。
「いいか、これは囮作戦とでもいうべきものだ。あたしが敵の、男子の注意を引き付けるからその隙に二人で本陣へ行ってくれ。あたしの方に来る分と、二人に分れる分で大分戦力が分散されるはずさ。それくらいなら二人ならやれるって信じてる。それに、うちの陣地の方も気になる」
せっかく道を切り開いても、先に女子寮の方を攻略されては元も子もありません。
このままここで議論していたのでは、キャシー先輩が一番乗りしたアドバンテージが失われます。
「分かったわ」
「分かりました」
「よし、それでこそだ」
「それで、他の方への通達はどうされるのですか」
男子寮へと攻めてきているのは私たちだけではありません。もしかすると、皆さんが巻き添えになってしまうかもしれません。
「大丈夫よ。だって、これから私たちは堂々とあれの正面に立って準備するのよ。さすがに何が起こるのかわかるでしょう」
「それは、先輩方は理解されるかもしれませんけれど」
「大丈夫。皆を信じましょう」
キャシー先輩があまりにも堂々とおっしゃるので、私も気にするのはやめてキャシー先輩の反対側に障壁を作り出します。遮音の障壁も一緒に使っているので、こちらの声、作戦も伝わってはいないはずですが、あちらの音も聞こえてきません。だからこそ、全面を覆う必要があるのですけれど。
障壁の内部からならば、一応、攻撃をしようと思えば出来るのですけれど、そんな余裕はありません。この後にも必要ですから。
私たちが近付くにつれて、外からの攻撃も激しさを増します。
私は対物障壁と対魔法障壁を出来る限り、本陣への突入及び目標の破壊に必要な最低限の魔力を残して、展開し続けます。
目の前に見える男子生徒が何事か叫んでいるようなので、おそらくは私たちにゴーレムで攻撃を仕掛けようとしているのでしょうけれど、隙あればいつでも突入しようという構えを見せている他の皆さんのおかげで時間は稼げそうです。
「よし、いくぜっ」
準備は整ったようで、気合を入れたような声が聞こえてきました。
エミリア先輩の構えた拳に魔力が漲っているのがわかります。それも全体にではなく、右の拳にぎゅっと凝縮されているような感じです。
「うおおおおおおおおおっ」
掛け声とともに、エミリア先輩の右の拳が膨大な魔力を放出しながら突き出されます。
「ブチ砕けええええええ」
耳をつんざく様な大音声をあげて、大よそ人体の出すような音ではありませんでしたけれど、エミリア先輩とゴーレムが文字通り激突されました。
ゴーレムも魔力で動いている土人形とはいえ、さすがに全体に魔力が通っているだけあって、右の拳一点に集中したエミリア先輩の拳に耐えることは出来ず、ぶつかったゴーレムの方の拳に亀裂が入ります。
ゴーレムの腕が砕けたかと思うと、全身に入った亀裂によりゴーレムが崩壊していきます。
その場にいる誰もが、思わずといった風に動きを止めてその光景に見入っています。事前にこうなるだろう予測をして、動き始めていた私とキャシー先輩を除いて。
「ちょっと、失礼」
「えっ」
私が声を上げる暇もなく、身体を強化されたキャシー先輩に横抱きにされます。いわゆるお姫様だっこと呼ばれる格好です。
「あの、これは」
「これは私の得意分野だからね。二人で走るよりもこっちの方が早いから。口閉じて、舌噛まないようにね」
キャシー先輩は上手く私に伝わらないように全身に雷のようなものを纏われました。
「そこまでお気遣いいただかなくても大丈夫ですよ」
私もキャシー先輩と接触している部分に魔力を集めて、防御を展開します。
「分かったわ。行きましょう」
当然ですけれど、2年生の時に外野から見ていたのと実際に体感するのとではまったく訳が違いました。
かなりの重力が掛かっていたような気もしたのですけれど、気付いたときにはすでに相手の校章を目視できる位置にまで到着していました。