見回りと
ルーナが学院に通うのは寂しくもあるけれど、それによってルーナの世界が広がってくれるだろうと考えると、僕も嬉しい気持ちになった。
学院での生活の中で多くの道に触れ、たくさんの友達をつくり、ルーナの人生を明るく照らしてくれるだろう。
ルーナはお姫様だけど、皆に敬遠されないといいな、卒業しても付き合っていける親友ができるといいな、勉強は問題ないと思うけれど、体力は心もとないルーナが無理して体を壊したりしないかな。
でも、やっぱり一番は学院生活を満喫して、心の底から楽しんでもらいたい。
そうして成長したルーナは、きっと今よりもっと素敵な女性になるだろう。
僕の婚約者というのはかわらないけれど、それでもきっとモテモテなんだろうな。
そんな風に、ルーナの学院生活に想いを馳せると、とても幸せな気持ちになった。
そんなルーナの輝かしい未来を守るためにも、一刻も早く事件を解決しなくてはならない。
一体、どうして学院の生徒は消えてしまったのか? 消えてしまう生徒は無作為なのか? 犯人はいるのか? いるとしたらその目的は何なのか?
カレン様もおっしゃられていたけれど、コーストリナ王国の学校も、アースヘルム王国の学院も、基本的には全寮制であり、滅多なことでは生徒は外出しない。その外出中を狙ってのことなのだろうとは考えられるけれど、どうもひっかかりを覚える。
そうやって、いくつもの疑問が頭の中を駆け巡る。
しかし、そればかりを気にしているわけにもいかない。なぜなら、収穫祭はもうすぐそこまで迫っているのだから。
結局、収穫祭は予定通り執り行われることになった。
事件が発生した反動なのだろうか、それとも、目を光らせる目的なのだろうか、まだ準備期間だというのに、どこも例年以上の賑わいをみせている。
中央広場を中心に、準備中の出店や舞台がいくつも立ち並び、其処彼処から騒がしい声が飛び交っている。
「そこの看板、もっと右だよ。そっちじゃねえ、逆だ逆」
「ほら、しっかり組まねえと、いくら魔法をかけるったって限度があるんだからな」
「ちょいと、あんた。そんなところで油売ってないでしっかり働きな」
大人も子供も、額に汗を流して忙しそうに動き回っている。けれども皆楽しそうだ。祭りは準備しているときが一番楽しいとはよくいったものだ。
「それに、こんな時だからこそ、より盛り上げようとしているんだろうな」
僕が準備の視察に訪れていると知ると、忙しいのにも関わらず、街の人たちが声をかけてくれる。
「あらまあ、ルグリオ様。今日はルーナ様は一緒じゃないのかい」
「ここのところ、ずっとお二人でいらっしゃるように思えてしまって」
「幸せそうな二人をみていると、なんだかこちらまで幸せな気持ちになるんです」
それはよかった。僕たちは楽しんでいるけれど、街の人たちにもそんな気持ちになってもらえていたなんて。また来ますね、今度はルーナと一緒に、などと約束もしながら見て回る。
「お、王子様じゃねえか。御身自らの見回りとは気合が入っているねえ」
「そうですか。まあ今年は特に。ルーナもこの国に来て初めての収穫祭ですから、楽しんでもらいたいというのが大きいですが、近頃は物騒な事件も起こっているようですし」
ついでに周辺の人たちに被害の様子などを聞いて回る。
「うちは今のところ大丈夫だけど、確か伯爵家だったか子爵だったか忘れたが、そんなような家の跡取りが見えなくなったって聞いたような」
「私は、伯爵家の長女がいなくなったって聞いたけど」
どうやら、被害は貴族の家、位の高い家の子供に偏っているようで、男児よりも女児の方が多いらしい。
「そんなに多くの子供がいなくなっているのですか」
「正確な数はわからないみたいだけどねえ」
「はやく見つかるといいのだけれど」
暗くなってしまった雰囲気を吹き飛ばすように、集まった人たちから声が上がる。
「暗い顔をしていると、せっかくのお祭りが台無しですよ」
「人が多く集まる祭りの期間は、確かに誘拐とかなら狙い目かもしれませんが、それだけ監視する目も多くなるということです。お一人で抱え込まずに、もっと楽に構えていらしてください」
「そうです。存分に楽しまれてください」
「あの、ルグリオ様」
ルーナよりも小さな女の子が、手に持ったお菓子を差し出してくれる。
「これ、私がお母さんと一緒につくったクッキーです。ルーナ様と食べてください」
「ありがとう、可愛らしいお嬢さん」
そう言って受け取ると、女の子は、キャーと声を上げて、母親らしき人の元へ駆けて行ってしまった。
「じゃあ、ついでにこれも持っていきな」
「これもお持ちください」
「こっちも持って行ってください」
あれよあれよといううちに、手には抱えきれないほどの食べ物や、布でできたドレスとは違う、帯で締めるような服、綺麗な簪、その他にも色々もらったため、皆の前で収納の魔法を使うことになり、大層驚かれてしまった。まあ、転移魔法とどちらがマシだろうかとも思ったけれど、いきなり人が消えるよりは物の方がまだしも受け入れられるだろう。
こうして、思いがけず大量のお土産をもらってしまった僕は、人がいないところを見つけるのにも苦労はしたけれど、嬉しい気持ちと楽しい気持ちでいっぱいになって城へと戻った。
城へ戻ってルーナを訪ねると、ルーナは勉強しているようだった。部屋の中には、たくさんの本が広げられている。
「ルグリオ様」
「お疲れさま。邪魔してしまったようだね。済まない。出直すことにするよ」
「いえ、私も丁度休憩でも取ろうと思っていたところでしたので」
「悪いことをしたね」
「お気になさらないでください。……どうかなさいましたか?」
しまったな。後ろ向きな発言ばかりしてしまって、余計な気を使わせてしまったみたいだ。
隠し事をするのはよくないし、ルーナに隠し事はしたくない。
僕は正直に話すことにした。
「実は—―」
僕の告白をルーナは黙って聞いてくれた。話し終えると、ルーナは真っ直ぐ澄んだ綺麗な紫色の瞳を僕へと向けて、微笑んでくれた。
「ありがとうごさいます、ルグリオ様。そこまで私のことを想ってくださるなんて、幸せで胸が一杯です」
そこでルーナは一端言葉を切った。それから何か決意したような表情でこちらへ綺麗な笑顔を向けてくれた。
「たしかに、私にも寂しいと思う気持ちはあります。まだ出会って間もないのに、またお別れなのですから。ですが、これが永遠の別れになるわけでもありませんし、長期休暇にはルグリオ様の元へと戻ってまいります。そうして成長する私を楽しみにしていてください」
女の子って強いんだなあ。僕はそう思った。それから、ルーナを抱きしめた。
「る、るぐりお様!?」
突然のことで慌てているルーナの顔をみると、普段は白い顔が、真っ赤に染まっていた。小さく綺麗なピンクの唇からは、あうあうと声にならない声が漏れていた。やっぱり、ルーナはかわいいなあ。
「ルーナ。たとえ離れていても、僕は君とともにいるよ。君の成長を楽しみにしているよ」
あぁ。でも、ルーナは可愛いから、きっと山ほどの恋文と、数えきれないくらいの告白をされるんだろうなあ。僕だったらこんなに可愛い女の子を放っておくはずがないもの。今でも既に天上の美貌を持っていると思うけれど、学院に通う5年の間に、もっともっと美人になって、卒業するころには女神のように素敵な女性になっているんだろうなあ。
「——どうしたんだい、ルーナ」
随分長くルーナのことを放って考え込んでしまったなと思って、ふとルーナを見るとこれ以上ないほどに真っ赤になって俯いていた。
「……もしかして、声に出ていたかい?」
「……」
「でも、全部本心から思っているよ」
ルーナの頬に手を当てると、とても熱かった。
「学院で何かあったらすぐに飛んでいくよ。いつでもルーナのことを想っているから」
「……はい」
「それと、これを受け取ってくれるかな」
僕はポケットから、指輪の入った箱を取り出してふたを開けた。
「まだ誕生日のプレゼントを渡していなかったね。遅くなってごめん。これが僕の気持ちだよ」
「ありがとうございます。ルグリオ様」
左手の人差し指に指輪をはめると、僕はルーナにキスをした。