リベンジの準備?
「ここの答えは間違っていますよ」
夕食を終えた私たちは馬車の中で横になりながらノートを広げます。さすがに机は収納していないため、収納していたとしても馬車の中で出すのは躊躇われたところですけれど、お行儀の悪い恰好になってしまいますがそれは仕方のないことだと割り切ります。
すでに外は暗くなっていて、光に寄せられて魔物や獣が襲ってこないように、馬車の外には光が漏れないように調節して内部だけを明るく照らします。
いくら補填されるからといっても、私たちの場合には魔法実技や運動科目は必要ないと思いますが、一般科目、座学と呼ばれるものに関しては筆記用具に教科書等があれば旅先でも勉強することが出来るため怠ることはできません。
現地実習には決められた日程などはなく、自己責任で行われています。もちろん、出かける前には大よその予定を学院に提出してはいますけれど完全にそれに縛られているわけではありません。
「頭が回らないよぅ」
「眠い。きっとこの本に睡眠を誘発させる魔法がかけられているに違いない」
「メル、わからなければ聞いてください。シズク、眠いのは分かりますがもう少しだけ頑張ってください」
夜に全員で寝てしまうわけにはいかないため、私たちが勉強している間には御者を務めてくださっているお姉さんには先に睡眠をとっていただいて、その間は私たちが勉強しながら辺りの警戒をして、私たちの勉強が済んで十分な睡眠をとられたならそれから見張りを交代するということにしました。
学院が選んでくださった御者の方ですから実力は全く疑っていません。お姉さんも自信たっぷりの態度で、何者かが接近すればすぐに目が覚めるので心配はなさらないでくださいとおっしゃられていました。
その夜は、少なくとも私たちが起きている間には襲撃されるようなこともなく、お姉さんが起きてこられたので、私たちはお礼を述べてから眠りにつきました。
翌朝、トゥルエル様にいただいたお弁当はすでに食べてしまったので、持参した食料を調理して朝食を作りました。
作ったといっても、私たちが起きた時にはすでに御者のお姉さんは起きていらして朝食を作っていてくださったので、ほとんどすることはなかったのですけれど。
御者を務められるということは、それだけ実戦の実力だけではなく料理などといった必須技術も高い能力があるということです。いただいた朝食はパンと簡単なスープだったのですけれど、お城の料理人さんとまではいかなくても、騎士の方たちと同じかそれ以上には美味しいものでした。
「ありがとうございます。とても美味しかったです」
「いいえ。これも仕事ですし、皆さんに喜んでいただけたのなら私も作った甲斐があります」
朝食を終えた私たちは、昨日と同じように馬車から離れて森の中を薬になり得るもしくは食材になりそうな植物などを採取しながら進みます。
「そろそろ遭遇してもいいとは思うのですけれど」
「そうだよね。結構奥まで進んできたんだし」
待つのは当然、シルヴァニアウルフの群れです。たしかにシルヴァニアウルフは毛皮なども状態によっては良い値段で買い取ってくれたりもしますが、私たちの主な目的としては彼らと遭遇すること、そしてリベンジを果たすことです。
「たしかにワイルドボアは倒したけれど、正確にはあっちはリベンジとは言い難いもんね」
シルヴァニアウルフは群れで行動し滅多に人前には出てきません。そのため植物の採集がてらに足跡を探してもいるのですけれど、なかなか発見することが出来ずにいました。
そろそろ一旦戻って昼食の準備と取得物を置きに戻ろうかと思い始めたところで、ようやくと言いますか、タイミング悪くといいますか彼らのものと思われる足跡を発見しました。シルヴァニアウルフのことは特によく調べてあったので間違えるはずはありません。
「どうする、このまま進むかそれとも一旦戻るか」
「一旦戻りましょう。万全の状態で臨みたいですから。それに足跡が残っているということは、おそらくはまだ近くにいるということです。こちらから探すよりも、彼らに出てきてもらいましょう」
「出てきてもらうって、どうやって?」
アーシャたちの顔に疑問が浮かんでいます。
私は収納してあったワイルドボアを取り出すと、血抜きをします。収納されている間は、どうなっているのかはわかりませんが、時間が経過しても劣化しないため、まるで倒した直後のように血を抜くことが出来ました。抜ける血は袋に入れます。
それからもったいないとは思いましたが、そのまま死体となっているワイルドボアを放置します。持ち帰ることが出来れば報酬になりましたが、これから先同じような機会はあるはずです。
それを言ってしまえばシルヴァニアウルフと出会う方法もきちんと説明を受け、その後で計画が立てられればいいのですが、とりあえずは自分たちで考えて、出来そうなことからやろうと思っていました。
「これで出てきてくれれば御の字ですが、出てきてくださらなければ昼食後にもっと深くまで捜索に行きましょう」
抜いた血を私たちが歩いた後ろに垂らしながら馬車まで戻りました。御者の方を巻き込んでしまう恐れもありましたが、その場合でも確実に私たちで対処すると、そのときの対応を話し合いながら馬車まで戻りました。