3年生
春休みを明け、学院生活の折り返しともいえる3年生に無事進級を果たした私たちが学院に戻って寮の扉をくぐると、さらりと流した腰の辺りまである白金色の髪の毛に雪のような色の顔の生徒が丁度管理人室からでてくるところでした。
「それではまたよろしくお願いいたします」
「あんたは体調には気を付けるんだよ」
「お心遣い感謝いたします」
一礼して静かに扉を締められたその方と鉢合わせた私は、一瞬言葉を発するのが遅れてしまいました。
というのも、2年生まで過ごした女子寮の中でその方のお顔を拝見したことがなかったためです。
「お初にお目にかかります、ルーナ様。シエスタ・アンブライスと申します」
「ルーナ・リヴァーニャです。こちらこそよろしくお願いいたします、シエスタ・アンブライス先輩」
ルビーのような真っ赤な瞳の芸術品のような先輩がその場で優雅に一礼されたので、遅れることなく私も頭を下げました。その光景に見とれていたらしいメルが慌てて一礼するとシエスタ先輩は微笑まれて、それではとおっしゃられるとご自分の部屋へと向かわれたようでした。
私たちは余裕をもって学院が始まる前日よりも早くに学院に戻ってきているので、男子寮はわかりませんが、女子寮には私とメル、それからシエスタ先輩しかいらっしゃらないようでした。
「学院に通えるとわかったら楽しみで早く着きすぎてしまいました」
その日の夕食で、普段は賑わっている食堂には私たち3人の姿しかありませんでした。
「学院に通えるのは久しぶりなもので。やはり、家で一人で寝ていたり、勉強しているよりも、こうして学院に通って皆と一緒に賑やかに学院生活を送りたいのです」
シエスタ先輩は学院生活に想いを馳せるように斜め上の天井を見上げられました。
「ルーナ様はそのようなことはございませんか。やはり、ルグリオ様とご一緒にお城で過ごされている方がよろしいのでしょうか」
「様などと。敬称は不要ですよ、シエスタ先輩。学院ではただのルーナ・リヴァーニャですから」
私がそう言うと、シエスタ先輩は少し困ったようなお顔を浮かべられました。
「……これは失礼いたしました」
「そうですね。私は……もちろん、ルグリオ様やセレン様と一緒にお城にいるのも楽しいです。それとは別の楽しさというのでしょうか、学院に通って、同級生の方々はもちろん、先輩方や後輩の皆さんとも一緒に勉強したり、ときには一緒に遊んだりできるのがとても楽しいことだと感じています」
コーストリナに限らなければ、家庭教師という形で家に先生を呼ばれたりするのが普通だというところもあるようです。それはそれで、ルグリオ様とずっと一緒にいられるということですから魅力を感じるのですけれど、こうしてわいわいと賑やかに過ごす学院生活というのも充実しています。
もちろん、学院生活の全てがいいことだらけということではありませんが、学院に来なければ出会えなかったり、知らずに済んでしまったこともたくさんあったと思います。
例えば、ハーツィースさん、ユニコーンの方とは学院に来なければ確実に出会うことはなかったでしょうし、水泳もせずにずっと過ごしていたでしょうし、体力づくりなどもしようとは思わなかったことでしょう。
「そうですか。それはよろしかった、いえ、良かったですね」
「はい。これからよろしくお願いします、シエスタ先輩」
「こちらこそ。ルーナ、メル」
その夜、アーシャもシズクもまだ戻ってきていないので、メルが普段はアーシャが使っているベッドに腰かけて、私は櫛でメルの髪を梳かしていました。
「はい、できましたよ」
「ありがとう。今度は私がやってあげる」
メルに櫛を返して、自分の櫛を差し出すと、メルに背中を向ける形でベッドの縁に腰かけました。
「3年生か。私が学院に通えるようになってもう2年以上経ったなんてなんだか信じられないな。ついこの前まで、生きるか死ぬかって過ごしていたはずなのに。それが今では豪華な建物に美味しい食事、暖かいベッドまであって、本当に言葉では言い表せないよ」
「その学院生活も折り返しですけれど、メルは何かやりたいことは出来たのですか?」
カイは、現地実習が始まると、かなり意気込んでいた様子でしたけれど。
「私は、いつまでもこうしてルーナやサラ、それからルグリオ様やセレン様と一緒に笑っていられたらうれしいなって思うけど、反面、いつまでもこのままでいていいのかなって気持ちもあるよ。なんだか、ご厚意に甘えすぎているような気がして」
メルは躊躇いがちにではありましたが、ぽつりぽつりと話してくれました。それが聞けて、私もほっこりとした気分になれました。
そのように考えられるようになったのは心に余裕が持てるようになったからで、とてもいいことです。きっと以前ならば、そんなことは考えられなかったでしょうから。
「別にそのようなことは誰も、ヴァスティン様もアルメリア様も気になされないと思いますが」
むしろその逆で、サラが断り切れずに一緒に食事をしたりするときには、とても喜ばれていらっしゃいます。
「うん。それは分かり過ぎるくらいよく分かっているの。ご恩返しなんて言えるような、そんな不遜なことは言えないんだけど、まずは何といってもルグリオ様に私の成長を見ていただきたいの。今の私があるのは、何と言われようとも、半分はサラや孤児院の皆のおかげで、もう半分はルグリオ様のおかげだから」
「その言葉だけでも、きっとルグリオ様は微笑んでくださると思いますけれど」
「そうだね。私もそう思う。だから私も学院を卒業したら、私たちみたいに困っている子供たちを探しにいきたいなって思ってる。それまでにしっかりと、まずは自分を、それから皆を守れるだけの、財産は難しいけれど、力をつけたいなって」
「カイも以前、ルグリオ様に似たようなことを言われていましたね」
「べ、別にカイは関係ないよ」
わたわたと手を振るメルに私が力になれることはないでしょうか。
「では、その前段階として、収穫祭ではお店でも出してみませんか。まだ大分気が早い話ですけれど」
3年生になって、私も大分余裕ができてきたのかもしれません。
「それは面白そう」
私たちは随分と気の早い話をして、もうすこし静かにしなとトゥルエル様が部屋にいらっしゃるくらいには盛り上がっていました。