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復帰のお知らせと卒業

「えっ、それは本当ですか?」


 卒業式を間近に控えたその日の朝食の席で、しんみりしている空気を、少なくとも3年生の先輩方に限っては吹き飛ばしてしまうだけの威力を持った話題をトゥルエル様が投下されました。

 休日ということもあって、授業がある日よりも遅めの朝食をとっている私たち以外にも多くの寮生の方の姿が見受けられて、トゥルエル様がいらっしゃる辺りでは3年生の先輩が音を立てて椅子から立ち上がられたりしています。


「ああ、本当だとも。今朝早くに届いたこの手紙にしっかり書いてあるさ」


「そっか。4年生には間に合ったんだね。良かった」


 3年生以上の先輩方には周知のことらしく、手を合わせて喜んでいらっしゃったり、トゥルエル様から受け取られた手紙を回し読みされていたりと、試験や卒業式のことなど忘れていらっしゃるかのように喜ばれていました。

 何の話題なのかさっぱりわからず、ただその光景を黙ってぽかんと見ていた私たち2年生及び1年生にもわかるようにと、トゥルエル様はようやく手元に戻ってきた手紙の内容を発表されました。


「『体調も良くなってきたので、春からはまた学院へ通わせていただくことができそうです。その際には何卒よろしくお願い申し上げます。 シエスタ・アンブライス』」


 トゥルエル様が手紙を読み終えられると、より一層大きな歓声が早朝の女子寮に響き渡りました。



「その、シエスタ先輩というのはどのような方なのですか」


 何となくの話は分かるものの、話に参加できない2年生と1年生を代表してというわけでもありませんが、私は近くにいらした3年生の先輩方に事情を伺いました。


「シエスタはね、身体が弱くて自宅で療養中だったの」


「授業にはもちろん参加できないでいたんだけど、例外的に自宅に先生方を招いて授業や試験を受けていたからこれまでも進級は出来ていたのよ」


「激しい運動なんかはできないでいたんだけどね」


「魔法の実力だけなら3年生の中で最上位なのよね」


「また一緒に通えるのね」


 先輩方は口々にシエスタ先輩のことを教えてくださいます。

 話はどんどん広がっていき、朝食を食べ終えた後も、皆、おそらくはシエスタ先輩の話で盛り上がっている様子で、席を立とうとする生徒はほとんどいらっしゃいませんでした。

 もちろん、そのように明るい話題で場を和ませても、試験と卒業式がなくなるわけではありません。

 それでも寮の空気はいくらか和らいだように感じられて、私はほっと息を漏らしました。

 たしかに卒業式はしんみりとした空気で粛々と行われるべきものではありますが、やはり先輩方には笑って卒業していただきたいですし、私たちも笑顔で送り出して差し上げたいですから。

 そして試験といえば、同級生の関心は前回までよりも高いようです。


「今回もルーナが一番だと思う」


「いや、運動科目の成績も考慮すると、ハーツィースさんの方が」


「そうかな。一般科目で問われるのは主に私たち人間の生活に関わるものが多いし、ルーナの方が高いんじゃない?」


 ある程度までならば私たちも競い合ってみてはいるのですが、私たちは基本的に演習の授業では満点で、それ以上の点数はないので基本的には引き分けといえる成績を残しています。


「まあ、人の点数ばかり気にしてもしょうがないわね。私たちだって満点なら少なくとも引き分け以上には持ち込めるんだから」


「そうよね」


「まず自分のことをしっかりしなくちゃ」


 春先からドタバタと飛ぶように過ぎていった私たちの2年生も終了を迎えようとしています。




 


 試験の結果に特筆すべき点は私に限っては特になく、運動科目の実技試験以外は満点の成績を修め、補修もなく先輩方の卒業式に臨みました。

 アイネ先輩やアリア先輩がご卒業された際には季節外れの陽気に恵まれていましたが、今回はそのようなわけにはいかず、肌寒さを感じる中で在校生は卒業生との別れを惜しんでいました。


「イングリッド先輩」


 イングリッド先輩がキャシー先輩に寮長の引継ぎを済まされたところを見計らって声をかけました。


「どうしたの、ルーナ?」


「先輩が卒業される前にきちんとお礼をしておかなくてはいけないと思っていたのですが、中々言えずにいて済みませんでした」


「感謝されるようなことなんてないと思うけど」


「いえ、1年生の最初にお花摘みに出掛けた時のことで、きちんとお礼が言えていませんでしたから」


 私が告げると、なんだそんなこと、とイングリッド先輩は微笑まれました。


「あれは別に感謝されるようなことじゃないわよ。私たちだって1年生のときには先輩に助けて貰ったわけだし、ルーナならわかると思うけれど、いつも似たような会話が卒業式ではされるのよね」


 私が困ったような顔をしていると、イングリッド先輩は私の頭に手を置かれてました。


「私に心残りがあるとすれば、今回の選抜戦にルーナと一緒に出られなかったことかな」


「すみません。ですが、あの時は私の中ではあれが正しいと思っていましたし、今でもその考えが全く消えたわけではありません」


「わかっているわよ。でも、次回の選抜戦は期待しているからね」


 学内の選抜戦をご覧になることはかなり難しいと思うので、おそらくは私たちが次回も男子寮を押さえて本戦に出られるということを、今から確信されていらっしゃる様子でした。


「気が早すぎると思いますが」


 そう言うと、私とイングリッド先輩はお互いに微笑みを浮かべました。




 5年生の先輩方が寮を、そして学院を去られると、私たち在校生も寮の荷物をまとめたり、春期休暇の準備と帰省に移ります。

 私は1年生のときと同じように寮の部屋でアーシャと一緒にお迎えがくるのを待っていました。


「ルーナ、さっきイングリッド先輩と何を話してたの?」


「主に1年生の時のお礼を」


 それだけでアーシャには伝わったようでした。


「3年生になったら現地実習が始まるんだね」


「そうですね」


「絶対、リベンジしようね」


「もちろんです」


 私たちは荷物を持って、とはいえ持っているのはアーシャだけでしたけれど、部屋の掃除を済ませて寮の外へ出ました。


「それじゃあ、またね」


「ええ、また」


 馬車へと向かったアーシャやシズクたちに別れを告げて、メルと一緒に迎えを待ちました。


「ハーツィースさんもお城へ参られるのですか?」


「いえ、私は皆と一緒に決めなくてはならないこともたくさんありますから」


 ハーツィースさんはそれだけ言うと、近いうちに今度はお城でしょうがまた会いましょう、とおっしゃられて、寮の裏手の森の方へと駆けて行かれました。


「まあ、会おうと思えばいつでも会えますからね」


 それからしばらくして、ルグリオ様とセレン様がカイとレシルを連れて迎えに来てくださいました。


「ルーナ、メル、二人とも元気そうでなによりだよ」


「ルグリオ様」


 まだ帰らずに残っていた寮のみなさんと一緒にルグリオ様とセレン様をお迎えしました。

 さすがに皆さんの前でキスはしませんでしたけれど、ルグリオ様とセレン様が私とメルを交互に抱きしめてくださったので、その度に後ろの方からは黄色い歓声が飛んできていました。


「2年生はどうだった?」


「はい。本当にあっという間でした」


「それだけ充実していたってことでしょう。良かったじゃない」


「ありがとうございます、セレン様」


 寮の方に向き直ると、トゥルエル様にも頭を下げます。


「一年間ありがとうございました。3年生でもよろしくお願いいたします」


「良い春期休暇を」


 もう一度頭を下げると、一緒に馬車へと乗り込みました。


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