事件
「ちょっと、お兄様。いきなりそれだけ言われても信じられないわよ」
僕がポカンとしていると、同乗している流れるような金髪で、海のように青い瞳の女の人が豪奢な馬車から降りてきた。
「突然お呼び止めして申し訳ありません。私はルーナの姉のカレン・リヴァーニャと申します。この度は、ご婚約のお祝いと、父からの書状を渡しにまいりました」
馬車と同じ文様の封がしてある手紙が差し出されたので、僕はそれを受け取る。そこでようやく、頭が回り始めた。
「大変失礼いたしました。少々考え事をしていたものですから」
姿勢を正して膝をついた。
「私は、コーストリナ王国第一王子、ルグリオ・レジュールと申します。カレン・リヴァーニャ様」
そうして手をとると、カレン様は微笑んだようだった。
「お気になさらないでください。私「カレン様、このようなところで話し込まないでくださいますか」
道の途中で話し始めた僕たちを制止する声が聞こえた。
「大変失礼いたしました、ルグリオ様。詳しい話は王様、お妃さまの御前でもよろしいでしょうか」
「こちらこそ気が利かずに申し訳ありません。フェリスさん」
「お気になさらないでください。それでは、お乗りいただけますか。それとも、何かご用事がおありでしたでしょうか?」
「いえ、大丈夫です。今しがた済ませたところですから」
そうして断りを入れてから、馬車に乗り込ませてもらった。城に着くまでの間には、ルーナの近況などをお話しした。
「申し訳ありませんが、ルーナを呼んできてはいただけませんか。ルーナにも関係のある話がございまして」
城に到着すると、アルヴァン様がそうおっしゃられたので、僕は失礼してルーナを呼びに行った。
「ルーナ。僕だけど、今大丈夫かな?」
「はい、ルグリオ様」
僕が声を掛けると、空色のふんわりとしたドレスを身に纏ったルーナがすぐに扉から姿を現した。後ろには姉様の姿もみえた。どうやら二人で何事かしていたらしい。丁度いいタイミングだったようだ。
「実は今、ルーナのお兄様とお姉様がいらしているのだけれど、ルーナにも聞いておいてもらいたい話があるらしいので、呼びに来たんだ」
「お兄様とお姉様が……。わかりました。すぐに準備をしてまいります」
そう言い残して、ルーナは部屋へ戻っていった。
「どうされたのかしら? 婚約のことでお祝いにいらしたにしては、時期が過ぎているし、アースヘルム王国で何か問題でも起こったのかしら?」
「まだそうと決まったわけじゃないよ、姉様。まずは話を聞いてからにした方がいいと思うけれど」
「……そうね。嫌な知らせではないといいのだけれど……」
虫のしらせというやつだろうか。たしかに僕も、何か重大なことがあるように感じられた。
「……私も準備をしてくるわね」
「そうだね。その方がいいかもしれない」
姉様も部屋へと戻っていった。
ルーナと姉様が戻ってくるのを待って、玉座の間へと戻る。
「失礼いたします。ルグリオです。ルーナを連れて参りました」
扉を開けると、既に通されていたアルヴァン様と、カレン様との挨拶は済んでいるようで、重々しい静寂が漂っていた。
「遅くなり、申し訳ありません」
僕たちも父様、国王様の前で膝をつく。
「そのようなことはない。……さて、それでは話していただけるだろうか?」
「はい、ヴァスティン様。まず改めまして、家族を代表致しまして、私たちがルーナとルグリオ様のご結婚をお祝いに参りました。父と母からも、祝辞を預かっております」
アルヴァン様がそこまで言うと、次をカレン様が引き継がれた。
「もう一つ、こちらは悪い知らせなのですが……」
そう前置きされると、アルヴァン様は重々しい口調で話し始められた。
「……現在、我がアースヘルム王国では深刻な問題が発生しております。我が国の学院も全寮制で、安全面にも十分に配慮していたはずなのですが、生徒が次々に姿を消しているのです。原因は現在調査中ですが、対象は無作為と思われるため、父、国王はこの問題が解決されるまで、学院の閉鎖を決定されました」
「そうか。わが国では、昨日の時点ではそのような報告は受けていないが……。すぐに確認させよう」
父様が居並ぶ従者を見やると、数名が頷き、退出した。
「そうか、わかった。ご苦労だったな」
報告を受けて、父様は厳めしい顔で頷いた。
「そちらとの関連性は不明だが、こちらでも数件発生しているらしい。犯罪に屈するわけにはいかないが、国民の安全は何よりも優先されねばならない。他の国への報告には既に参られたのかな?」
「はい。私たちはコーストリナへ参りましたが、他の国へは別の者が報告へ向かっております」
「うむ。では、我が国も現時点をもって長期休学を宣言する。各方面への通達は任せる」
「畏まりました」
父様の宣言を受けて、アースヘルムでも学院の長期休学が決定された。
「では、慌ただしくて申し訳ありませんが、私たちはこれで失礼させていただきます」
「急ぎ戻り、対策を検討しなければならないものですから」
そう告げられたアルヴァン様とカレン様を見送るために、僕とルーナは馬車の前まで来ていた。
「大したお祝いもできずに、申し訳ありませんでした」
「この件が片付きましたら、また、改めてお祝いに伺いますね」
「ありがとうございます。ですが、お気になさらずとも大丈夫ですよ」
アルヴァン様とカレン様は揃って首を横に振ると、僕の手を固く握りしめられた。
「いえ。ルーナの一大事ですから。是非とも盛大にお祝いさせていただきたい」
「そうですね。我が国でも、ルグリオ様がいらっしゃるのを心待ちにしております。父と母も、ルーナとルグリオ様がいらっしゃった際にはパレードを行い、お祭りを催して、国民全員で「オホンッ」
アルヴァン様は後ろのフェリスさんを見られると、ばつの悪そうな顔を浮かべられた。
「……失礼いたしました。私たちはこれで失礼いたしますね」
「何かありましたら、すぐにご連絡ください」
「はい、いの一番にご報告させていただきます」
「それじゃあね、ルーナ。しっかりやるのよ」
「はい。ありがとうございます、お姉様、お兄様」
「あれ、ルーナ。そこはお兄様、お姉様じゃないのかい?」
急いでいるのだろうに、アルヴァン様には重要な問題らしかった。
「馬鹿なこと言ってないでいきますよ。それでは、ルグリオ様。ルーナをよろしくお願いしますね」
「お任せください」
何事か言いたげなアルヴァン様を引きずって、カレン様は馬車に乗り込まれた。
「それでは失礼いたします」
フェリスさんがそう頭を下げられて、馬車と共に去っていかれた。
「……ルーナ。心配しなくても、大丈夫だよ。お兄様とお姉様はきっとフェリスさんたちが無事に護衛してくれるはずだよ」
「……そうですね」
不安を完全にぬぐい去ることは出来なかったけれど、来るときも無事だったのだから帰りも無事だろうと信じることにして、僕たちは中へ戻った。