予習的な何か
キャシー先輩からお話を伺った後、私は感謝を告げて部屋に戻ると、メルにアーシャ、シズクと一緒にいただいたノートを眺めました。図鑑や資料、報告書もいくつも読んでは見ましたが、やはり同じ学院で体験されたことというのが一番の役に立つといいますか、参考になるのは言うまでもありません。
私たちが実習に訪れる地がキャシー先輩と同じところだとは限りませんが、似たような場所であることには違いないでしょう。キャシー先輩も例に漏れず、冒険者として実習に赴かれているようでした。私たちが出会ったワイルドボアやシルヴァニアウルフだけではなく、遭遇されたという魔物や魔獣、成果などが詳細に記されていて、私たちもはっきりとイメージを描くことが出来ました。
「あれ以来ハーツィースさんは別にしても、他の魔物や魔獣にも出会う機会はなかったからね」
思い出すのはお花摘みに向かったときのことです。あれから1年以上経過しました。あの時は4人でどうにか撃退に成功したワイルドボアでしたが、今ならばもっと楽に、もちろん油断などもってのほかですが、撃退できると思えます。
「あのときはイングリッド寮長やロゼッタ先輩に助けていただきましたが、今度は先輩方の手は借りられません。ですが私たちもあれから大分成長しているはずですし、3年生になればきっと大丈夫ですよね」
私が確かめるようにメルの顔を窺うと、メルは少し自信がなさそうでしたが、それでもはっきりと頷いてくれました。
「うん。たしかに1年生のときは魔法に関してもほとんど、右も左もわからないような状況だったけど、今は違うよ。とはいっても、ルーナやアーシャには敵わないんだけどね」
「仕方がないと思いますよ。サラだってお城に来るまではほとんどあなた達と同じような感じだったではありませんか」
私は小さいころから、今でも小さいですけれど、アースヘルムのお城などでも少しではありましたが魔法の訓練もしていました。それと比べるのは悪い気もしますが、何事も時間をかけた方が大抵は身につく練度もあがるものです。例えば、私に体力がないのもメルたちのように昔から外で走り回って遊んでいることがなかったからですし。
とはいえ、さすがに年の功というべきか、サラの方がメルよりは多少なりとも魔法の扱いは上手なのですけれど。今でも学院には来られない代わりにお城で勉強や訓練をつけて貰っているはずです。それでいながら子供たちの面倒まで見ているのですから、1人でこなしているわけではないとはいっても素直にすごいと思えます。
「ダンジョンなんかに行くこともあるんだね」
アーシャが興味をそそられたようにつぶやきます。
ダンジョンというのはその名の通り、森の中や洞窟に生成される迷宮のような場所のことです。そこでは財宝も生成されていると言われていて、攻略することで財を得ることができます。私たちが行くときも、学院の実習とはいえ、そこで得たものは所有権が認められるようです。その代わり、試練を抜けられないと身ぐるみを剥がれたりもするそうなので、常に危険とは隣り合わせです。
「身ぐるみなんて剥がしてどうするつもりなんだろう」
シズクが不思議そうにつぶやきます。
「ダンジョンの財宝って勝手に生成されるというのが通説なんでしょう。だったら、身ぐるみを剥がす必要なんてないんじゃないかな」
「そこまでは分かりかねますが、ダンジョンがそういう生物なのだとすれば一応納得は出来ます」
生物という言葉を訝しんだのか、アーシャとメルとシズクが私の顔をまじまじと見つめます。それから、メルが私の額に手を当てました。
「大丈夫。熱はないみたい」
「ルーナ、勉強のしすぎなんじゃないの。すこし休んだら」
「私は至って平静です」
メルたちをぐるりと見回してから見解を述べます。
「生物というのは仮定の話で、そうした方が話が分かりやすくなるかもしれないと思ったからです。財宝を吐き出す生物がいると仮定して、それをダンジョンに当てはめて考えてみただけです」
ダンジョンは生物であり、私たち人間や他の生物を迷わせて取り込むことで生きている。しかし、簡単には取り込むことのできない生物、例えば実力の高い冒険者などは、体内といってもいいのかわかりませんが、とにかく侵入してきた異物であり、どうにかして出ていってもらいたい。そこで、彼らが欲するであろう宝物、宝石や金属を生成、もしくは他の冒険者から頂戴したものなどを排出してそれを持って出ていって貰う。結果、冒険者側は財を手に入れることが出来、ダンジョンとしては異物の排除に一応成功する。
「わからなくもないような」
「なんとなく伝わっては来るんだけど、実際にはイメージするのが難しいような、そうでもないような」
私自身、仮説ですのでそこまで自信を持って言えるわけではありませんから、確かめてみるしかありません。とはいえ、実際に身ぐるみを剥がされるのはごめんですけれど。