模擬戦の後の
意識を失っているアーシャを寮に運ぼうと思っていたのですが、セレン様とルグリオ様、それにリリス先生が見ていてくださるとおっしゃられたので、失礼して先に汗を流させていただきました。競技場というだけあって、控室も休憩場も更衣室も、さすがにお風呂はありませんが、シャワールームも完備されていました。
模擬戦で負った私とアーシャの負傷は、それほどひどいものではありませんでしたので、すでに治癒の魔法で完治しています。
制服に着替えて控室に戻ってくると、丁度アーシャも目を覚ましたところのようでした。
「ここは・・・」
「気がつきましたか、アーシャ」
私が声をかけると、アーシャは身体を起こして私たちの方へと顔を向けて、それから自分の態勢を見て、自分がどういう状態なのかを悟ったようでした。
「負けちゃったか」
私はアーシャにかけられる言葉を思いつきませんでしたので、黙ったまま見つめていました。
「勝てるとは思ってなかったけど、やっぱり負けると悔しいね」
「ご期待に副えたでしょうか」
模擬戦をしたいと言ってきたのはアーシャの方からでしたし、私の方は勝たせていただいたこともあり、楽しめたのですが。
「うん。ありがとう、ルーナ」
心配は杞憂のようでした。アーシャは晴れやかな笑顔と共に私の手を握ってきたので、私もその手を握り返しました。
「やっぱりルーナはすごいね。私は全力、ううん、全力以上の力が出せたと思うけど、それでも届かなかったもん。厚い障壁が10枚くらいの差は感じたよ」
私が笑みを漏らすと、アーシャも笑顔を作ったので二人で笑い合いました。
「セレン様。応援していただいてありがとうございました」
アーシャはベッドから降りて大きく伸びをすると、セレン様に向かって深々と頭を下げました。
「お礼なんていいのよ。私も楽しませてもらったから」
セレン様は優雅に椅子から立ち上がられると、アーシャを胸の中に抱きしめて頭を撫でられました。
セレン様に抱きしめられてアーシャは顔を赤くしていましたが、気持ちよさそうに顔をうずめていました。
「じゃあ、行こうか。せっかくのお祭りにいつまでも寝ていてもつまらないしね」
セレン様から解放されると、アーシャは私の方を振り向きました。
「起きても大丈夫なのですか。もう少し横になっていた方が」
「大丈夫大丈夫。今夜は悔しくて枕を濡らすことになると思うけど、今まで寝てたみたいで体力も戻ってるみたいだし、私の心配ばかりさせてしまうのも悪いからね」
どう見てもカラ元気なのはわかるのですが、ここであれこれ言っても仕方がないことでしたし、アーシャ本人が決めることだと思ったので、私たちは一緒に控室から出ました。
「どこか見てみたいところでもありますか。それとも、他の方の試合を観戦しますか」
「あ、うん、でもその前に着替えちゃうね」
アーシャは浄化の魔法を使うと、バッグを持って更衣室へ向かっていきました。
その後ろ姿を追いかけるほど野暮ではないので、私たちはその場でアーシャの帰りを待ちました。
更衣室から戻ってきたアーシャはメルやシズクとも一緒でした。
「他の皆はまだ他の試合を見ていたりするんだけど、気になってきちゃった」
「アーシャを一人にするのもあれだと思ったし」
「メルもシズクもありがとう。でももう大丈夫だから」
タイミングが良かったのか、悪かったのか、メルとシズクが更衣室へと迎えに来たのは私と入れ替わりだったようで、しばらく待っていたのだそうです。
「今日のところは学院内にいた方が良さそうね。まだ大勢競技場にいるみたいだから、前回のようなことにはならなさそうだし」
セレン様のおっしゃる通り、私たちに気を使ってくれているのか、控室に残っていた数人の方も笑顔で送り出してくださいましたし、控室の外に人だかりができているということもありませんでした。
私たちはそのまま競技場の外へと出ることができました。
外へ出るとやはり注目はされたのですが、ぞろぞろと大所帯になることもなく、遠巻きに歓声が聞こえるだけで歩きにくくなるということもありませんでした。
学院内でも、競技場の近くは販売の最も盛んな地点らしく、食品やアクセサリー、小物などを扱っているところが多いようです。
「皆もお腹が空いているでしょう」
そう言ってセレン様は私たちに、お肉や野菜を一緒に串で刺して焼いたものや、紅茶や砂糖で味付けされたサクサクのリーフパイ、ふわふわのケーキに蜂蜜や果実のジャムをかけたものなど色々と買ってくださいました。
お店を出されている先輩方も、とても感激した様子でお礼を申されていました。
「遠慮することはないのよ」
「ありがとうございます」
食べきれないのではないかと思っていた量だったのですが、模擬戦を終えておなかの空いていた私とアーシャはもちろん、メルとシズクもおいしそうに頬をほころばせていて、寮に辿り着くころにはすっかりきれいになくなっていました。
「できればいつもそうして静かに来てもらいたいものだね」
寮の扉を開けると、私たちに気がついたトゥルエル様が寮で作られているお菓子を入れた袋を持ったまま迎えてくださいました。
「できたらそう致します」
そう返事をされたセレン様にルグリオ様も苦笑を漏らされていました。
「どうだった、って聞くのまでもなさそうだね」
トゥルエル様は私とアーシャの表情から尋ねるのも野暮だと思われたらしく、そのまま販売しているところへと追加と思われる分を持っていかれました。
「あんたたちは疲れているだろうから、手伝わなくていいよ。それから、これ」
そう言って私たちにクッキーの入った袋をサービスしてくださいました。
「ありがとうございます」
私とアーシャは頭を下げました。