2年、アーシャとの戦い
模擬戦の審判を務めてくださるロールス先生に先導されて、私とアーシャは競技場中央でお互いに歩み寄ると握手を交わしました。
競技場は広く円形で、客席は周りを囲うように数段高く作られています。
朝いちばんにも関わらず、満席とはいかないまでも大部分が生徒やその他学院外からいらした方に占められていて、私たちが姿を見せるとわっと歓声が沸き上がりました。
ルールの確認等簡単な説明と注意を受けて、私たちは頷きました。
「勝敗はどちらかが降参するまで、もしくは続行不可能と私が認めた場合。それでいいですね?」
「「はい」」
「よろしい。では両者、開始位置についてください」
私は開始線まで下がると、対戦相手、アーシャを見つめます。
「ルーナ。最初から手加減なんて無用だからね」
「もちろんです。私にもそれほど余裕はありません」
「そっか」
アーシャは自然体のように見えますが、どことなく緊張して震えているようにも見えました。
「アーシャこそ、緊張しているようですが始めてしまって大丈夫なのですか」
「大丈夫。これは武者震いってやつだから」
私とアーシャがロールス先生の方を同時に見ると、ロールス先生も右手を高く振り上げられました。
「では……始め!」
ロールス先生が右手を振り下げるのと同時に開始の笛の音が高らかに鳴り響きました。
同時にアーシャが身体強化の魔法でも使っているかのような速さで私の懐に飛び込んできました。
そのまま無言で拳が叩き込まれそうになるのを黙って見過ごせるはずもなく、私は足に身体強化の魔法を集中させると、ギリギリアーシャの拳が届かない位置まで下がってその拳をいなしました。
アーシャは止まらずに、そのままの勢いを殺さないように続けて拳を放つと思わせて、防御に合わせて前に出した私の腕を取るとそのまま投げ飛ばそうとしてきます。
足を払われて宙に浮いた私が魔法を使うよりもはやく、アーシャに背負われるような形で地面に叩きつけられました。
続けて叩きつけるかのようにお腹に向けて放たれた拳は、地面を転がることでなんとか回避しました。 叩きつけられたことで放してしまった魔力を再び集め、そのまま脚に強化の魔法を集中させると、後ろに下がって、アーシャが態勢を整える前に距離を取ります。
「まだまだ」
距離を取った私に対して、アーシャは今度は空気の弾を作り出して放ってきます。当然、入学式の日にルグリオ様が使われたものより完成度の低いものではありますが、あの時にマーキュリウス様が使われた魔法よりは、構築の速度、私が張った障壁に当たる衝撃を考えてもよく練られていると思われます。
しかし、離れたことで私の方にも余裕は出来ました。肉弾戦では圧倒的に私が不利なので、再びアーシャが距離を詰めてくるまでに準備をしているのですが、待っていてもそれ以降アーシャが距離を詰めてくるような様子はありません。
「アーシャ、その距離でいいのですか?」
言わずもがな、超近距離以外の距離では私の方が有利と言わざるを得ません。それは1年以上同じ学院、同じクラスで学んでいるアーシャにもわかっているはずです。
「私の心配なんて余裕だね、ルーナ。でもいいの。ルーナに勝つっていうのはきっと近接戦ではだめな気がするから」
「それは違いますよ」
アーシャが攻撃の手を止めて私の方を見つめてきます。
「ルールの範囲内で自分に出来る全てを使用することは当然です。確かに私にとっては距離があった方が有利ですが、あなたにとっては違うのでしょう。肉弾戦の苦手な相手にその分野で挑戦することは当然です」
転移の魔法を使わない私が言うのもおかしな話ではありますが、見られていると分かっている状況でおいそれと使用してもいい魔法ではありませんし、アーシャも目を瞑ってくれることでしょう。
私は一旦言葉を切ると、わざと挑発するように声をかけます。
「それとも、私を侮っているのですか?」
沈黙の後、アーシャは微笑んだようでした。
「そうだね。勝つためには自分のできる最大限を使わないとね」
アーシャの脚に光の粒が集まります。おそらくは光の魔法を使用して、稲光のようなとは言わないまでも、かなりの速さで私に突っ込んできて、そのまま拳か脚を叩きつけて来るつもりでしょう。
「いくよ、ルーナ」
「いつでもどうぞ」
私も空気の壁を作り出し、アーシャが突っ込んでくるのを待ち受けます。
瞬きの後、アーシャが目の前に迫っていました。おそらく、私の作る普通の障壁ならば打ち抜かれるほどの速度と威力です。そのまま踏み込むと、目にもとまらぬ速さで拳が突き出され、何もとらえずに空を切りました。
「えっ」
アーシャが驚いた瞬間を狙って、瞬間的に作り出した炎の槍でアーシャを弾き飛ばします。
「セレン様やルグリオ様のように相手を傷つけずにというわけにはいきませんから」
アーシャはよろよろと立ち上がり、治癒の魔法で自身の傷を治していましたが、大分ダメージを受けてはいるようで息もあがってきています。
「今のは空気の膜でルーナのいる場所を錯覚させられたの?」
「ええ、その通りです」
私自身よりも手前に空気と水で蜃気楼のようなものを作り出し、アーシャの攻撃を代わりに受けさせました。もちろん私の方からもアーシャは揺らめいて見えていたのですが、私は待ち受ける側でしたので、アーシャが私の幻影を打ち破ってくるのを待っていればよかったのです。
「まだやれますか?」
「ねえ、ルーナ」
「なんでしょう?」
戦いの最中だというのにアーシャに笑みを向けられて、私も思わず微笑みました。
「まだ余裕はあるんでしょう?」
「そうですね。全然余裕というわけではありませんが、この後に収穫祭を楽しめるぐらいの体力はあります」
「私は一杯一杯だよ。これが終わったら今日一日くらいは魔法が使えないかも」
私の魔力にはまだ余裕がありますが、アーシャはヒラヒラと手を振っていて魔法を使う余力はそう多くはなさそうです。
「でしたら、ここで終わりにしますか」
「分かってること聞かないでよね」
「そうでしたね。すみません」
アーシャは長く息を吐き出すと、気合の入った表情で私の方を見つめてきます。
「ルーナが良ければ、明日は一緒に回ろうね」
「ええ」
アーシャが残る魔力を振り絞るように足に集中させています。
「倒れても私が寮まで運びますから」
「それはありがと」
言い終えると、アーシャはこれまでで最大の速度をもって私のところへと飛び込んできました。
「これでっ!」
アーシャがくるのを私は先ほどと同じようにギリギリの反撃ができる位置で見極めます。
同じように空を切るかと思われた蹴り足でさらにアーシャは地面を捕らえると、その拳の先に風纏った勢いで私の額を狙って突き出してきました。
そして、私の張った障壁によって阻まれました。
「危なかったです。障壁の枚数が足りなければ撃ち抜かれていたでしょう」
「何枚張ってたの」
「10枚程度です」
唖然としているアーシャの下から地面を隆起させます。
「わっ」
バランスを崩したところで、すかさず雷の威力を調整した魔法を撃ち込んで、アーシャの意識を刈り取りました。
倒れ込むアーシャを支えると、一際大きな歓声があがり、ロースル先生が終了を宣言されました。