模擬戦前の
収穫祭当日、私とアーシャはほとんど同時に目を覚ましました。
アーシャはいつもゆっくりと眠っていて、朝食近くにならなければ起きては来ないので、そういえば旋回の収穫祭のときにも早起きしていましたし、収穫祭では早起きなのかと思っていました。
「おはよう、ルーナ」
「おはようございます、アーシャ」
挨拶を交わしてアーシャの顔を見ると、私は自分の推測が間違っていたことを悟りました。
「ルーナ。今日は負けないからね」
アーシャの瞳は爛爛と輝いていて、全身からやる気がほとばしっているようです。
「気合は十分ですね」
「もちろんだよ」
私が走り込みに行くのに誘うとアーシャもついてきたので、私たちは揃って運動着に着替えて、寮の外へと駈け出しました。
寮に戻ってきてお風呂で一緒に汗を流すと、揃って朝食へと向かいました。
「おはようございます。トゥルエル様」
私とアーシャは揃って食堂へと入りました。
「おはよう、ルーナ、アーシャ。今日は二人とも頑張りなさいよ」
当然ですが、私たちが今日の収穫祭で模擬戦をするというのは寮内でも話されているので、トゥルエル様もご存知です。
「はい」
私たちは声を揃えてはっきりと返事をすると、隣同士に座って朝食をいただきました。
「ルーナ。今更なんだけど、ルグリオ様とのことは大丈夫なの?」
模擬戦を行う競技場へと向かう道すがらアーシャに尋ねられました。
「ありがとうございます。ですがおそらく心配には及ばないと思います」
「どうして?」
「ルグリオ様が収穫祭の開催を宣言されるヴァスティン様とご一緒に中央広場にいらっしゃるのは知っていますよね」
アーシャが頷くのを確認しながら話を続けます。
「私がその場にいなければ、きっとルグリオ様は私がいないわけをお考えになられると思うのです。その結果、一番ありそうだとお考えになるだろうことは、私が学院で何事か用事があって来られないんだろうなということだと思うのです。もしくは、何か問題が起こったか、ですね。ですが、その場合には確実にお城にも知らせがいくでしょうから、その線は除外して考えられます。そうして考えていくと、おそらく、中央広場に姿が見られない私に対してルグリオ様ではなく、セレン様がこちらに転移していらっしゃると思います」
「どうして、ルグリオ様ではなくセレン様なの?」
「ルグリオ様が紳士だからです」
アーシャがさらに何か続けようとしたところで、予想通りといいますか、セレン様が私たちのすぐ近くに姿をお見せになられました。
「久しぶりね、ルーナ。それに、アーシャだったかしら」
「お久しぶりです、セレン様」
私は大丈夫だったのですが、アーシャはかなり驚いている様子でした。
「お、お、おはようございます、セレン様」
「おはよう。それで、どんな面白いことが起こるのかしら?」
セレン様の質問に、アーシャは目を白黒させています。
「ど、どうして、セレン様は何か起こるとお考えになったのですか」
セレン様はふふっと微笑まれると、簡単よとおっしゃられて人差し指を立てられました。
「今日は収穫祭。ルグリオがお父様について中央広場に現れるのは当然のこと。となれば、ルーナがルグリオに会いに来るのも当然でしょう」
セレン様はちらりと私の顔を見られました。
「それなのに来ないってことは、何か重大な問題が起こっているか、男性には言えないような事情ということよ。それで、今見た感じでは何か問題が起こっているようには思えない。それなのにルーナがルグリオに会いに来なかったということは、何か用事があって抜けられなかったということでしょう」
辺りを見回されてから、セレン様は面白そうに唇をほころばせられました。
「この場所から考えると、行先はおそらく競技場かしら。ということは模擬戦ね。私もよくやったわ」
「よくそこまでお分かりになりますね」
「当然じゃない。私が何年ここにいたと思っているの。模擬戦もそれはたくさんやったわよ」
それじゃあちょっと待っててくれるとおっしゃられて、セレン様は、おそらくはルグリオ様のところへ転移されました。
私とアーシャがしばらくその場で待っていると、セレン様はルグリオ様と一緒に戻られました。
「久しぶりだね、ルーナ」
「ルグリオ様」
ルグリオ様は私を抱きしめてくださって、それから、アーシャへと向き直られました。
「お久しぶり、アーシャさん」
「お、おお久ぶりです、ル、ルグリオ様」
ルグリオ様に微笑まれたアーシャは、やっぱり緊張しているようで、手をギュッと握りしめています。
「話は姉様から聞いているよ。二人とも頑張ってね」
「ルグリオはルーナの応援をしたいんじゃないの?」
セレン様は面白そうにルグリオ様を眺めていらっしゃいます。ルグリオ様は乾いた笑いを漏らされました。
「それはそうだけど。この場合は中立でいた方が良いんじゃないかな」
「いえ、ルグリオ様はルーナの応援をなさって下さい」
アーシャがはっきりと言ったので、私たちは少し驚いてアーシャの方を見ました。
「ルーナが嫉妬して集中していないと困りますから」
「それなら、私はアーシャの応援をするわ」
セレン様が間髪を入れずにそうおっしゃられました。
「セレン様」
困惑しているような様子のアーシャをセレン様は抱きしめられました。
「応援してくれる人がいるというのは随分と力になるものよ。私もきっとルーナのことを全く応援しないということは出来ないわ。ルーナは可愛い可愛い義妹ですもの。だからといって、あなたにも応援がいないというのは公平な勝負にはならないでしょう。応援っていうのは、バカに出来ないわよ」
「ありがとうございます、セレン様」
「いいのよ。それじゃあ、二人とも精一杯やりなさい。悔いなんていくら残っても構わないわ。これが最後というわけでもないんだから」
「「はい」」
セレン様とルグリオ様は連れ立って観客席へと向かわれたので、私たちも競技場の入口へと向かいました。
「それじゃあ、ルーナ」
「ええ、アーシャ」
私たちは視線だけで頷きあうと、足踏みを揃えて競技場へと入っていきました。