2年収穫祭と模擬戦
収穫祭。
秋も深まり、選抜戦の興奮も冷めやらぬ中、私が誕生日を迎えるころにそのお祭りは始まります。
普段は学院の外へ実習に出ているため、日中に顔を合わせることが少ない3年生や4年生の先輩方も、収穫祭の間近になると学院に戻られている期間が多くなるようです。
お城ではきっとルグリオ様もお忙しくされているのでしょうと思いを馳せながら、私も先輩方や同級生、それから1年生を手伝って準備に精を出しています。
もちろん、女子寮でも毎回のように自分たちで作ったお菓子などを販売するための準備は欠かせません。前回使用した飾り付けを引っ張り出してきたり、学院での収穫祭が初めての1年生とも一緒になって、厨房でお菓子作りをしていたり、ホールや食堂などでも楽しそうに笑い合いながらチラシや看板などを作成しています。
「お願い、ルーナ。私と模擬戦をして欲しいの」
その日も授業と準備を終えて入浴と食事を済ませた後、部屋で二人きりになった時にベッドに座って髪を梳かしていると、私と向き合って同じようにベッドの真ん中に姿勢を正して座り込んで、拳を固く握ったアーシャが意を決したように口を開きました。
「急にどうしたんですか、アーシャ」
アーシャはもう引き返すことは出来ないといった緊張しているような口調で、自分でも言葉を確かめるように慎重に言葉を紡ぎます。
「前から考えてはいたことなんだけど、学内の対抗戦を含めて、この前の対抗戦にも私が出たでしょう」
「そうですね」
「ルーナがどう思っているのかはわからないけれど、私自身はルーナの代わりに出たと思ってる」
「そんな、ア-シャ。代わりなんて」
「ううん。ありがとう、ルーナ。ルーナがそんな風に思ってないのは十分すぎるほどわかっているつもりなの」
でもねとアーシャが続けたので、私は口を挟まずに話の続きを黙って待ちます。
「やっぱりいつもの授業とかを見ていても、私じゃまだまだルーナには及ばないなあって実感するの。それでね、3年生になった時の選抜戦の代表者にも、ルーナと一緒に選ばれるようにルーナとの差を知っておきたいの」
「差と言われても。たしかに私は今の2年生では一番の成績を修めさせていただいていますけれど……。分かりました。アーシャが言うのでしたら、私の方にはそれを拒む理由はありません」
アーシャが急に模擬戦をしたいと思い至った理由もわからないことではありませんでしたし、私にも特に断る理由はなかったので、了承の意を示してから頷きました。
競技場での、それに限らずとも模擬戦には、学院側に申請する必要があります。
収穫祭の場合には、その場で申し込みをされる方も大勢いらっしゃるようでしたが、今回、私たちの対戦は前もって決められたことでしたし、当日の混雑を避けるという意味でも、翌日の放課後にはリリス先生とロールス先生のところへと承諾をいただきに伺いました。
「はい、わかりました。くれぐれも無茶はしないように」
当然のことながら、私たちの他にもたくさんの方が申し込まれていらっしゃるので、特に何かを言われることもなく、ロールス先生はあっさりと受理してくださいました。
「アーシャ。やるからには私も負けるつもりはありませんよ」
「もちろんだよ、ルーナ」
私たちは視線をぶつけあうと、一緒に寮へと戻りました。
「ねえ、収穫祭で模擬戦するって聞いたけど本当なの?」
すでに噂は女子寮中、学院中に広がっているようで、夕食に私とアーシャが揃って姿を見せると、席に着くなり周りを囲まれて、質問を浴びせられ、食事どころではありませんでした。
「アーシャの方から申し込んだって聞いたけど」
「どうして戦おうと思ったの?」
殆どの質問は私たちの戦いに対するものでしたが、中には私に対する、少し驚かせられた質問もありました。
「もし私も同じように申し込んだら、ルーナは受けてくれるの?」
「ええ、もちろん。ただ、そんなにたくさんだと私の体力が持ちませんので。やるからには万全の体調で臨みたいですし」
「そっか」
2年生になってから毎朝のように走り込みを続けているからといっても、それほど早くに効果が表れるはずもなく、それに、皆さんも似たようなことはなさっているようで、まだまだ私の及ぶところではありません。
対戦を希望する理由を尋ねてみると、対抗戦の選手云々の部分は違いましたが、皆さん、アーシャと似たような理由でした。
「そりゃ、私だってルーナと競えるものなら競ってみたいと思うわよ」
「筆記や実技の試験だけじゃなくて実戦に近い形でやりたいと思うのはある意味当然じゃないかしら」
「そうなのですか」
「ルーナは少しは自分が学年で一番だということを自覚した方が良いよ」
周りの方が頷く中で、メルが私に話しかけてきました。
「ルーナ、頑張ってね。応援してるから」
「ありがとうございます。ということはメルは希望されなかったのですね」
特に戦いたいと思っていたわけではないのですけれど、なぜかどことなく感じていた寂しさは、続けられたメルの言葉で吹き飛ばされました。
「うん。だって、別にここでルーナと模擬戦が出来なくても、私はいつでもルーナと模擬戦ができるから、学院では皆に譲ってあげようかなって」
私は嬉しさを感じていたのですが、そんなメルに嫉妬したらしい、おそらくはメルのクラスメイトと思われる皆さんは良い笑顔を浮かべられていらっしゃいました。その顔を見たメルの方は少し引きつっていましたけれど。
「聞こえたわよ、メル」
「随分と羨ましいこと」
「そんなことを言うのはこの口か」
「はーなーしーてー」
メルは周りの皆に捕まって頬っぺたを引っ張られたり、ぐりぐりされたりしていました。