もう少し先の話だと思っていました
「ユニコーンのハーツィースです。どうぞよろしく」
夏季休暇を明けて学院に戻った私たちを待っていたのは、もちろん素っ裸などではなく、私たちと同じエクストリア学院の制服に身を包んだ、美しい角を持った眩い金髪の女性でした。
そんな一際目立つ彼女は、リリス先生の紹介を受けて優雅に一礼した後、私の方を向いてにっこりと微笑まれたので、私は思わず隣に座っているアーシャと顔を見合わせました。
確かにユニコーンとの取引が開始されることは知っていましたし、そのために私たちと彼女たちユニコーンの間で文化の相互理解を深めるということが重要だということはわかっているつもりでした。そして、彼女たちユニコーンが私たちの学院に通うようになるだろうということも。
しかし、いくら何でも、あれからまだほんのわずかな期間しか経っていませんし、彼女たちが学院に通うようになるのは、どんなに早くても、私たちが3年生になってからだと思っていました。
もちろん休暇中にルグリオ様は、少なくとも私の前では、そのような話はされていらっしゃいませんでしたし、そのような素振りも見られませんでした。
珍しい転入生。それもユニコーンで、さらには美少女の格好をしているとあって、ハーツィースさんはすぐさま取り囲まれていらっしゃいました。
ひとしきりの挨拶を済ませられて、私と目が合うと、彼女は私とアーシャの前まで歩いてきました。
「お久しぶりですね、ルーナ」
「え、ええ。お久しぶりです」
「襟につけている、月を象ったそのブローチはルグリオからの贈り物ですか。よく似合ってますよ」
「ありがとうございます」
さすがに驚きを隠せなかった私は、とっさにそれだけしか言葉を返すことが出来ませんでした。
「トゥルエル様はご存知だったのですか?」
寮に戻った私は、すぐさまトゥルエル様のところへ事情を伺いにいきました。
同じように驚いていたアーシャ、それに他のクラスメイトだけではなく、メルや他のクラスの方々、管理人室には入りきらないほどの2年生が、ハーツィースさんの姿を一目見ようと、或いは話を聞こうと詰めかけて聞き耳を立てています。
代表して私が問いかけると、トゥルエル様は目を瞬かせられた後、私たちを見回されました。
「おや、ルーナは知らなかったのかい。私のところには夏期休暇中にはハーツィースと連れ立ってルグリオによろしくお願いしますと言われていたけどねえ」
「いえ、そのような話は伺っておりません」
その場にいる皆の視線が集まるのを感じましたが、何も聞いていない私はふるふると首を横に振りました。
「驚かせたかったのかねえ」
トゥルエル様はしみじみとつぶやかれました。
もしトゥルエル様のおっしゃる通りならば、ルグリオ様の目論見は見事に成功したことになります。もちろん、本音を言えば、話しておいてもらいたかったのですけれど。
「まあ別にいいだろう。寮の部屋は余っているんだし。試験も受けたみたいだけど、実技の方は全く問題ないってことだったし、一般の科目には多少引っかかるところもあったみたいだけど、一定の水準には達しているみたいだったからね」
夏季休暇の前にはこの寮で過ごされていたので、おそらく問題はないと思うのですが、私は横を向いてハーツィースさんのお顔を確認します。
「心配せずとも大丈夫ですよ、ルーナ。私も人間のことは色々と学びましたから」
「どうして2年生に編入されたのでしょう……。学ぶなら1年生からの方がよかったのではないですか?」
「いきなり誰も知らないところに放り込まれるよりは、少しでも顔見知りがいた方が良いって判断だろうね。まあとにかく、もう決まったことにあれこれ言っても仕方ないだろう」
「そういう訳で、これからよろしくお願いしますね、ルーナ」
ハーツィースさんの挨拶に、なぜか拍手が沸き上がり、さらには自己紹介なども始まったりと、夏季休暇明け初日から、女子寮内はそれは大変な盛り上がりを見せていました。
それはもちろん夕食の席でも続いていました。
2年生だけではなく、下級生や上級生も集まる食堂は、ある種の混沌とした空間になっていました。
「トゥルエルからも聞いていましたが、もうすぐ何か祭りがあるそうですね」
そんな空気を気にした様子も見せずに、ハーツィースさんは黙々と食事をして、食事を終えると、正面に座っていた私に向かって質問を投げかけられました。
「ええ。近いところでは選抜戦。それが終わると収穫祭があります」
「選抜戦というのは、以前、あなた達が言っていたものですね」
「そうです。今回は男子寮に勝利できたので、私たちが主役なんです」
「収穫祭というのは、秋の実りと一年間の豊穣に感謝して、次の年以降の豊穣を祈願するためという名目で行われるお祭りのことよ」
「学院でも、女子寮でも、例えばお菓子を作って販売したりしたのよ」
試験は受けているということでしたし、おそらくトゥルエル様や他の教師の方から説明は受けていると思われたので、問題はないでしょうと思ったのですが、一応、授業の科目や、その他学院生活のことを説明したりして、いつもよりも姦しくその日の夕食は過ぎていきました。