やきもち?
「夏といえば海に行くに決まっているのよ」
セレン様の一声で、私とルグリオ様、それにサラやカイ、メルたちを含めた皆で、前回来たのとは違う無人島のようなところへバカンスに来ました。
前回はあまり乗り気ではなかったようなセレン様も、ハルミューレ様には悪いのですけれど、どことなく以前よりも伸び伸びとしていらっしゃるように感じられました。
私も海に来るのは2回目なのですけれど、メルたちは海に来たのは初めてのようで、皆水着に着替えると、恐る恐るといった様子ではありましたが、海辺に近付いて海水を手に掬ってみたり、それを舐めて顔をしかめたり、水を掛け合ったりして初めての海を楽しんでいるようでした。
「前の黄色い水着も可愛かったけど、今着ているその白いワンピースの水着も可愛さが引き出されていてとても可憐だね」
「ありがとうございます。今回も、その、セレン様やメルたちと一緒に選んでいただいたんです」
ワンピースの水着は成長すると着られなくなってしまうことが多いようなので遠慮しておこうかとも思ったのですが、セレン様はそんなこと気にする必要はないのよとおっしゃってくださいましたし、ルグリオ様もきっと喜んでくださるとメルにも言われました。
私もルグリオ様には素敵な私を見ていただきたかったので、勧められるままに水着を選びました。
「あの……、本当に私たちも一緒に来てしまってよろしかったのでしょうか?」
「もちろんです。何も遠慮などなさらないでください」
「はい……」
白いフリルのついた薄い緑色のビキニに白いパレオを巻き付けたサラは、普段着ているような修道服よりもその体型が強調されていて、比べてもしょうがないことはわかっているのですけれど、思わずため息をついてしまいそうになります。
「サラー。こっちに来てー」
「お魚が泳いでいるんですよ。初めて見ました」
メアリスやルノ、ニコルに呼ばれて、サラは微笑ましそうに白い砂浜を歩いて子供たちのところへ向かっていって、一緒に砂のお城を築いたり、波打ち際の小さな魚を指差しているようでした。
カイやメルは、私が言うことでもないのですけれど、遊びたい盛りの年頃のようで、海水で作った水球を投げ合ったり、レシルも一緒に混ざって水の掛け合いを楽しんだりしていました。
「ルーナは一緒に混ざって来なくていいのかな」
「ルグリオ様もサラの水着に見とれていらしたようですけれど、こちらにいてもよろしいのですか」
ルグリオ様が私のことを想っていてくださるのは十分すぎるほどわかっているのですが、ついつい自分の身体と比べてしまうのは、仕方のないことだと思います。
サラもセレン様も立派な身体をお持ちなので、ルグリオ様が気を取られてしまうのもわからないわけではないですけれど、メルやそれにアーシャたちと比べても成長の遅いような私の身体を見下ろすと、ついそんな八つ当たりめいた子供っぽいことを言ってしまいます。
「そんなことはないよ。僕はいつだってルーナに見とれているし、ルーナと一緒にいたいと思っているよ」
「でも、ルグリオ様も胸の大きな女性の方が魅力的だとお考えですよね」
「胸の大きさは関係ないよ」
隣りに座っていらっしゃるルグリオ様の指先が私の頬を撫でられて、それが少し擽ったくて目を細めて身をよじると、髪の毛を撫でてくださいました。
「日差しの対策をおこたってはいけないよ。ルーナの肌は白くてすべすべできめ細かくて素敵だけれど、赤くなったら大変だからね」
「ありがとうございます」
「少し歩こうか」
私が頷くと、ルグリオ様は立ち上がられて微笑まれると私に手を差し出してくださったので、私もそこに手を重ねました。
身体が冷えてしまわないように水着の上から薄い上着に袖を通して二人で手を繋ぎながら浜辺をゆっくり歩きます。
日差しを遮るための白い帽子をかぶってルグリオ様を見上げます。
「どうしたの?」
「いえ、なんでもありません」
前回はボートに揺られて沖まで出たのですけれど、こうしてのんびりと海風と潮の香りを感じながら浜辺を歩くというのも幸せに感じられて、私は笑みをこぼしました。
「こうしてルーナとゆっくりできるのも久しぶりな気がするよ。春期休暇に僕と姉様の誕生日を祝ってくれたのはもちろんとても嬉しかったし、学院でルーナが頑張っているのだろうということを想像するのも、ルーナの成長と充実した学院生活を送れているといいなと思って、とても幸せな気分になってはいたのだけれど、やっぱりこうして一緒にいられるのが一番うれしいな」
ルグリオ様が足を止められて海の向こうを眺められたので、私もルグリオ様の横で、帽子が風に飛ばされてしまわないように片手で押さえながら、ルグリオ様の手を握り返します。
「先程はすみませんでした」
私はルグリオ様を見上げながら、思ったことを口に出します。
「私、ルグリオ様がセレン様やサラに見とれていらっしゃるように感じられて、やきもちを。それにルグリオ様にも失礼な態度を」
「そんなことはないよ」
ルグリオ様が私の言葉を遮られて、膝を曲げて私と顔を合わせてくださいます。
私は少し恥ずかしくなって頬に赤みが差すのを感じられました。
「別にルーナに嫉妬して貰おうとかそんなことを考えていた訳じゃないんだけど、君を不安にさせてしまったことには変わりがないようだからね」
ルグリオ様に柔らかな瞳で見つめられたので、私も微笑んでお顔を見つめ返しました。
「ルーナは僕が今まで接したどんな女性よりも僕の眼には魅力的に映っているし、それはきっといつまでも変わらないよ。僕はずっと君に恋しているし、大好きだって気持ちも増えることはあっても減ったりはしないよ。それにね、やきもちを焼いてもらえるというのは、とても嬉しいことなんだ」
「そうなのですか。でも、ルグリオ様はあまりそういった態度を取られてはいらっしゃいませんけれど」
やきもちを焼かれて嬉しいなんて、それではまるで悪い人のようではないですかと疑うような視線を向けると、もちろん狙ってしているわけではないのだけれどねと付け加えられました。
「それに僕は学院でルーナが言い寄られているのではないかといつも心配しているよ。もちろん、ルーナの好意を疑ったことはないけれど、世の中には強引な男性もいるからね」
私は学院でのことを思い返します。
殆どの方は私のことをご存知でしたし、1年生の末にはっきりとクラスの皆様の前で告げたので、それ以降、しつこく言い寄ってこられるような方はいらっしゃいませんが、単純だとは思うのですけれど、ルグリオ様が心配してくださっていると思うと自然に笑みがこぼれます。
「ルーナのことだから、能力的には問題ないとは思うけれど。いや、せっかくの休暇にこんな話ばかりしても面白くないよね。皆のところに戻って、一緒に満喫しよう」
ルグリオ様はそう言って笑みを浮かべられると、屈まれて、私の頬にキスを落としてくださいました。
「いつもそれで誤魔化せると思っていらっしゃいませんか」
そう言ってはみたものの、私の頬は緩んでいたので、きっと説得力はなかったことでしょう。
「私の方こそすみませんでした。元はといえば、私から起こしたことですから」
私たちは顔を見合わせて笑いあうと、元来た道を戻りました。
「私、学院を卒業するまでにはきっと、セレン様のようなお胸を手に入れてきますね」
「まだその話終わってなかったのっ」
私たちが戻ると、セレン様が待ち構えていらっしゃいました。
「茶番は終わったのかしら」
「茶番じゃないよ」
「あなた達の痴話喧嘩が決着したのならいいのよ」
「喧嘩じゃないよ」
セレン様がビニールのボールを膨らませられて、私たちはカイやメルたちとも一緒になって波打ち際でそのボールを弾いたりして遊びました。
夜中眠っていると、ルグリオ様とセレン様に静かにと起こされました。
「こんな夜中に悪いね。でもきっとルーナも気に入ってくれると思うんだ」
楽しそうな顔のルグリオ様とセレン様に連れられて、一緒に起こされたサラや皆と私は例のログハウスから外へ出ました。