一緒にいたいってこと
ハーツィースさんの呼びかけにも、どなたかが近づいて来られる気配はありません。繰り返し呼びかけられても結果は変わりませんでした。
草の根をかき分ける音も、大地を踏みしめ駆け寄ってくる音も聞こえず、辺りは静まり返っています。
「まだ同胞たちは戻ってきてはいないようですね」
「すでに捕らえられてしまっているのかもしれないけどね」
ハーツィースさんの希望を含んだ、願望に近いのでしょうか、憶測を、セレン様はばっさりと切り捨てられます。
「たしかに。組合に報告がなかったからといって、安心するのは早いかもしれないね」
「どういうことですか」
ルグリオ様もセレン様の意見に肯定的なようです。
「組合を通さなければ組合からの支払いはないけれど、だからといって取引ができないわけじゃないからね」
「つまり、適切ではない取引が行われているということでしょうか」
「その可能性もあるということだよ」
私たちはさらに奥深くへと入り込み、日も傾きかける頃、少し開けた場所で今日はここまでにしようかと思っていたところで、おもむろにハーツィースさんが駈け出されました。
セレン様がすぐその後を追われ、お二人の姿はあっという間に見えなくなりました。
この場にはルグリオ様と私の二人だけが取り残されました。
「すみません、ルグリオ様」
「どうしたの。何も謝ることなんてないよ、ルーナ」
「ですが」
ルグリオ様お一人ならば、セレン様とハーツィースさんと一緒に行かれることもできたでしょう。セレン様に限って何かあるとはとても考えられませんが、それでも心配する気持ちは私よりもルグリオ様の方がずっと大きいはずです。
「たしかに姉様、それにハーツィースさんのことが心配じゃないと言ったら嘘になるけれど、ここへ来るということも含めて僕がルーナを置いていくなんて選択肢はなかったよ。ルーナが残るというのなら、僕もお城に一緒に待っているつもりだったというのは話したよね」
「はい」
私の反応を確認しながら、穏やかな口調で、そんな場合ではないはずなのに優しく髪を撫でられながらルグリオ様は微笑まれます。
「つまり僕がルーナと一緒にいたいから一緒にいるんだよ。それは決して迷惑なんかではなくて、むしろ嬉しいことで僕の権利なんだ」
ルグリオ様が立ち上がられて差し出された手を取ると、私たちはハーツィースさんとセレン様が駆けていかれた方へとゆっくり進み始めました。
しようと思えばいつでもできた転移の魔法を使用しなかったのは、おそらくセレン様の今の状況がわからなかったからでしょう。辺りがすっかり暗くなりきる前には、私たちはセレン様の後ろ姿を捕らえることができました。
セレン様はハーツィースさんを押さえ込むような格好で、身を潜めるように草むらに隠れていらっしゃいました。
「姉様」
ルグリオ様が声を潜めて話しかけられると、セレン様はそのままの態勢で器用にこちらを振り向かれました。
「この子が駈け出していってしまいそうで大変なのよ」
「誰が子供ですか。セレン、あなたは先ほどから」
「ルグリオとルーナが追い付くまで待ちなさいと言っていただけでしょう。確かに隠蔽の魔法をかければ気づかれることなく近づくことはできるけれど、ルグリオとルーナにまで私たちのことが分からなくなってしまうのよ」
「気づかれるかどうかなど関係ありません」
「いいえ。他にもユニコーンの個体がいると分かればあの子が殺される危険が高まるけれど、逆に他の個体を発見できていないのならば、今まだ殺されていないということを考えても、あの子が殺される危険性もさがるものよ」
「殺されなければ良いというものでは」
「あの手の人間はこんな屋外で何かするようなことはないし、商品にするにしても傷なんかはついていない方がいいはずだから、そんなに焦らずに確実な証拠をと思っていたんだけれどね。もちろん、家族に何か手を出そうものなら私も問答無用で突っ込むと思うから、あなたの気持ちもわからないではないけれど」
「では今すぐにいきましょう」
ハーツィースさんはルグリオ様と私のことをちらりと確認されてから、今にも飛び出していきそうな勢いで主張されます。
「そのつもりよ」
私たちは互いにわからなくなってしまわないように手を繋ぐと、セレン様が魔法をかけられて、草むらから出ていきました。
私たちは確認していなかったのですが、草むらを出るとすぐにユニコーンの子供と思しき影が地面にぺたんと座り込むように後ずさりしているのが目に入ってきました。
その子の眼前には2人の細身の男の方が迫っています。手には網や縄を持っているところからすると、やはり殺すのではなく捕らえようとしているところのようです。
「来ないでください」
「大人しくしな、別に痛めつけようとかすぐに殺しちまおうってわけじゃないんだから」
「そうそう。むしろ気持ちよく」
「そこまでにしておきなさい。もちろん、やめたからといってあなた方の罪が消えるわけではありませんけれど」
セレン様が声をかけられると、まさに掴みかかろうとしていた二人の男性がこちらを振り向き、少し遅れて、ユニコーンの子供と思われる薄い茶色い毛の女の子が恐る恐るといった感じでこちらを見つめてきました。
「何だお前らは」
「やめなきゃならねえ理由はねえ。俺たちは仕事してるんだからな」
彼らは私たちの隣にいらっしゃるハーツィースさんを確認されると、なんとなく嫌悪するような笑みを浮かべられました。
「お前らこそ、そこにいるユニコーンをこっちに渡しな」
「何ならお前たちも一緒でいいんだぜぇ」
彼らの意識がこちらへ向いた瞬間に、ルグリオ様はそのユニコーンの女の子のところへ転移されて、一緒に私たちのところへ連れて戻ってきてくださいました。ハーツィースさんとその女の子は身の安全を確かめるように抱きしめ合われていらっしゃいます。
「なっ」
「どういうことだ」
彼らは目を丸くしていましたが、そのようなことを気にされるようなセレン様ではありません。
「あなた達はまだ知らないのかもしれないけれど、今、組合からはユニコーンの保護に関する書状が出回っているはずよ。それ以上こちらを害する意思があるというのなら、こちらにも応戦する用意はあるのだけれど、大人しく捕まってはくれないかしら。先程の様子から、あなた達の意思は明白だったし」
当然、それでやめてくれるのなら最初からあのような態度ではユニコーンに迫ったりしないでしょう。
「やっちまおうぜ」
「そうだな。どうやって、ユニコーンをこちらの手から奪っていったかは不明だが、手柄を横取りされるわけにはいかねえ。それに、あいつらもかなりの上玉だしな。男は邪魔だけど」
冒険者に国境はほとんど関係ないとは言っても、その国の代表者を知らないはずもないと思うのですが。
「姉様。ここは僕が相手をするよ。彼らは組合に引き渡さなければならないだろうし。姉様を、ましてやルーナを矢面に立たせるわけにはいかないからね」
セレン様はご自身で捕らえるおつもりのようでしたが、ルグリオ様が前に出られたので仕方ないわねといった様子で私の隣まで下がられました。
「ルグリオ。感謝はしますが、やはりここは私が」
「ハーツィースさんも下がっていてください。彼女にはあなたがついていた方がいいでしょうから」
彼らの手から取り戻したツニコーンの女の子を安心させるように微笑まれてから、ルグリオ様はこちらへ向かってゆっくりと歩いてくる二人の男性の方へと視線を戻されました。