同衾は避けられない
転移した場所は例によって私とアーシャが使わせていただいている女子寮の一室でした。
夏季休暇なのが幸いしたのか、寮には誰もいないらしく、明かりもついていなければ物音の一つも聞こえません。
「どうしていつも女子寮なのさ」
「いいじゃない別に。前に来たときにも誰も気にしていないみたいだったし」
「僕が気にするんだよ」
ルグリオ様は、以前トゥルエル様に言われたことを気になさっているご様子でした。
「今日は大丈夫みたいだったけど、もし誰かいたらどうすればいいのさ」
「何とかなるでしょう」
セレン様には全く気にされている様子はありませんでした。
幸いなことにといっていいのか、アーシャも既に帰省していたため部屋には誰もいませんでした。もしかしたら、他の部屋にはまだ帰省されていらっしゃらない先輩や1年生、同年の生徒が残られているかもしれませんが、私たちがこの部屋に現れたことに気付いて見に来るといった様子もありません。
ハーツィースさんに先導をお願いして、私たちは彼女たちが暮らしていたという場所へ向かおうとしたのですが、事が急を要するということは当然分かっていたのですが、いくら夏とはいえすでに陽も傾き始めていたため、丁度いいことですし、私たちはそのまま女子寮に泊まることにしました。
私とセレン様、それにハーツィースさんは女子寮に泊まることに抵抗はありませんでしたが、ルグリオ様は断固として否定の構えを取られていらっしゃいました。
「僕は断固として女子寮には寝泊まりしないよ」
「いいじゃない、別に。誰も気にしないわよ」
「女子寮に泊まるくらいなら、僕は城に戻ってまた明日の朝ここへ戻ってくるよ」
ルグリオ様とセレン様はしばらくお互いに視線をぶつけていらっしゃいましたが、やがてセレン様が、仕方ないわねとおっしゃられて、私たちは一緒にお城まで転移しました。
「結局城に戻るのなら、なんで泊まろうなんて言い出したのさ」
お城に戻り、アルメリア様、ヴァスティン様への報告と入浴、食事を終えた私たちは、翌日の段取りを決めるということも含めて、私の部屋で打ち合わせをします。
「その方が面白いと思ったからよ。ルーナだってあなたが自分の部屋に泊まることに反対していなかったじゃない」
セレン様が私の方を向かれるので、私は困ってしまいました。
たしかに、ルグリオ様がアーシャも使っているあの部屋に泊まられるというのは、少し胸がもやっとすることもあるかもしれません。だからといって、ルグリオ様と一緒に寝るのが嫌というわけでは決してなく、むしろ嬉しいとは思うのですが。
「そうですね。アーシャが一緒ならば、反対したかもしれませんが、今ならば別に、ルグリオ様ならば構いません」
「ほらね」
セレン様は得意げな顔をされていましたが、ルグリオ様も譲るつもりはないご様子でした。
「僕が言っているのは一緒に寝るということに関してじゃなくて、女子寮に泊まるということに関してだよ」
「じゃあ、一緒に寝ることに抵抗はないのよね」
「いや、全くないということもないけれど、今のところはまだ大丈夫だと思うよ」
ルグリオ様がおっしゃられた大丈夫という言葉の意味は深く考えませんでしたが、なんとなく、セレン様が面白がっているのは感じられました。
「じゃあ、今日は一緒に寝ましょう。同じ部屋で、同じベッドで」
「いいや。僕はルーナ以外の女性とは一緒のベッドには入らないよ」
「そう。じゃあ、私とハーツィースで隣のあなたの部屋を使うから、あなたは今晩はルーナと一緒にこの部屋でお休みなさい」
「なんで僕が自分の部屋を使わないで姉様が使うのさ」
「それじゃあ、もう遅いから私たちはこれで失礼するわね」
「ちょっと、姉様」
ルグリオ様が何かおっしゃられる前に、話も途中で、セレン様はハーツィースさんの背中を押して、部屋を出ていかれてしまいました。
私ももうすぐ、この秋には12歳にもなろうかという年頃なので、男女のことに関する一般的な知識はあります。セレン様に吹き込まれたということもありますが、学院でもそういったことの授業はありますし。
なので私は、おそらくはルグリオ様も同様だとは思うのですが、全く眠るどころではない状況に陥ってしまいました。
「……ルーナ」
「……はい」
実際にはそれほど過ぎ去ってはいないにもかかわらず、私たちにとっては無限にも思える時間が経過して、とりあえず、声が裏返らないくらいには落ち着いた頃合にルグリオ様がかなり躊躇いがちに声をおかけくださいました。
いつまでも沈黙に耐えることはできませんが、だからと言って私の方から声をかけることも出来ずにいたので、声をかけてくださったのは大変助かりました。
「……もともと外に出ているつもりだったから寝具の一式は持って来ているし、僕は別の部屋で休むことにするよ」
いくらでも余っているだろうからとルグリオ様は部屋を出ていかれようとしていらしたので、私はつい、その後ろ姿に声をかけてしまいました。
「お待ちください、ルグリオ様」
ルグリオ様は一瞬肩を震わせられましたが、いつもと変わらない笑顔で私の方へ振り向かれました。
「ど、どうしたのかな、ルーナ」
「そ、その、もしよろしければ、わ、私のお部屋でお休みください」
再び沈黙が部屋を支配します。ルグリオ様は固まっていらっしゃる様子でしたが、私も自分で自分の言葉が信じられませんでした。
「あ、う、えっと、その」
言葉を続けようとするのですが、上手く言葉を発することができません。
自分から踏み込んでおいてこの体たらく。何とも情けないことではありますが、私は先の言葉を発するのに力を使い果たしてしまったため、動くことができません。頭の中ではネズミが何匹もわーわーと駆けまわっています。
「わかったよ」
三度の沈黙が訪れるかもしれないと思った矢先に、ルグリオ様が意を決した表情で頷かれました。
「でも、ルーナが着替える間くらいは外に出ていてもいいかな」
「わかりました」
ルグリオ様が部屋から出ていかれるのと同時に、私はその場にへたり込んでしまいました。私は何を言ってしまったのでしょうか。その場で転がりまわってぱたぱたと枕へ顔をうずめてしまいたい衝動を何とか抑えます。
「ルグリオ様をお待たせするわけにはいきませんし」
私はさすがに薄いネグリジェに着替える度胸はなく、かといって子供っぽいと思われるかもしれない寝間着を避けると、柔らかいタオルのような生地の白い部屋着に着替えました。
寝苦しいと困るので、腕は肘先までで膝丈のものを選びました。
変なところはないか、鏡の前で確認します。
念のために、着替えたもの、ベッド、布団等に浄化の魔法をかけて、着替えたものは綺麗にたたんで収納すると、意を決して扉の外にいらっしゃると思われるルグリオ様に声をかけました。
「どうぞお入りください」
ルグリオはきっと、どうして結局一緒に寝ることになっているのさと思っていることでしょう。