ユニコーンと取引
アルメリア様とヴァスティン様、それからルグリオ様とハーツィースさんがいらっしゃる部屋へと転移したセレン様と私は、まず、セレン様を抱きしめようとされたヴァスティン様から身を躱しました。
「何故避けるんだ、セレン」
「お父様がぶつかってこられたからではないですか」
それが何か、とでも言いたげにセレン様は冷ややかに言い放たれます。
「久しぶりに会った娘を抱きしめようとしても構わないではないか」
「その話はまた後で聞きますから」
そうおっしゃられると、セレン様はアルメリア様に帰還の報告をされました。
「あなたが無事で戻ってこられたのならよかったわ。だけど、国王様のことも少しは考えてあげてね」
アルメリア様は微笑まれてセレン様を抱きしめられました。
「なぜ、アルメリアは良くて私はダメなんだ……」
さらに落ち込んでいらっしゃるご様子だったヴァスティン様が立ち直られるのを待たれてから、セレン様はハーツィースさんへと視線を向けられました。
セレン様もハーツィースさんもお互いを探るような視線で見られれていたのですが、十分に観察を終えられると、視線を戻されました。
「私はユニコーンを見るのは初めてよ」
お城を抜け出されている間にもセレン様は他のユニコーンを見かけられたことはないらしく、残念だけどと首を横に振られました。
「それに、彼女には悪いとは思うけれど、ユニコーンは薬の素材なんかにも使われるみたいだし、捕らえられたリ、あるいは殺されたりなんてことはいくらでも起こり得るのではないかしら」
あなた達だって全く食べないということはないんでしょうとセレン様はハーツィースさんに鋭い視線をぶつけられます。
「私たち人間の冒険者や騎士、その他の誰だっていつでも死ぬ危険はあるわ。聞けば、ルーナだって出合い頭に顔を見る前から攻撃されたそうじゃない。それもあなたの自衛の結果でしょう。それならば、私たち人間にだって同じことが言えるのではないかしら」
「では、私たちの同胞が殺されたのは仕方のないことだと」
ハーツィースさんがゆらりと椅子から立ち上がられます。
「ええ。単純に言ってしまえばその通りよ。私たちだって、怪我や病気、飢えなんかに抗うために薬や食料、そしてお金などを得るのだからね。そういった場合に生き残るために学院に行って勉強したり、訓練したりしているのよ。それにあなたたちユニコーンだって、私たち人間を自衛のためだろうと、殺めたことが全くないとは言わないわよね」
セレン様は変わらない冷静な口調で告げられます。
「あなた個人を保護するということならばできないこともないでしょう。助けを求めて伸ばされた手を取らないほど冷酷なわけではないつもりよ。だけど、それとあなたの仲間を救うことができるのかというのは別の問題よ」
「姉様、彼女を助けるためには手を伸ばしてあげてもいいんじゃないかな」
ハーツィースさんが黙ってしまわれたのを見て、セレン様が話は終わりとばかりに立ち上がられたのをルグリオ様が呼び止められました。
「姉様の考えも最もだとは思う。助けてあげる、なんて随分上から見ている発言だし、僕がそう思ったのも種の枯渇を危惧したという勝手な理由かもしれない。でも、姉様も言っていた通り、彼女個人のためには手助けしてもいいんじゃないかな」
セレン様はしばらく考え込まれていらっしゃいましたが、やがて悪そうな顔で笑みを浮かべられました。
「そうね、ルグリオ。あなたの言うことにも一理あるわね。ハーツィース、でよかったかしら。私たちができる限りの協力はするわ。その代わり、あなたも、それに見つかった場合はあなたの仲間も私たちに協力すると約束しなさい」
「姉様、悪魔みたいだよ」
ハーツィースさんに迫るセレン様は、ルグリオ様がおっしゃるように取引を持ち掛ける悪魔のようではありましたが、ハラハラとしているのはルグリオ様と私だけのようで、ヴァスティン様は何も言わずにただ黙って座っていらっしゃるだけでしたし、アルメリア様は静かにカップに口を付けていらっしゃいました。
「何を言っているのよ、ルグリオ。私はただ取引を持ち掛けているだけよ。それに、もしユニコーンとの交易ができればお互いに得じゃない」
「交易とはどういうことですか」
ハーツィースさんは聞きなれない言葉だったらしく、眉をひそめていらっしゃいます。
「あなた達の血液や角なんかは私たちにとっても貴重な薬なんかになり得るわ。だからと言って捕獲し続ければ、あなた達は簡単に増えるということもなさそうだし、個体数が激減してしまい、滅びてしまうかもしれない。それでは両者ともに損しかないでしょう」
ハーツィースさんは何事か言いたげでしたが、セレン様はそれを制して続けられました。
「こうして会話が成り立つのだから取引もできるはずよね。あなた達の仲間を見つけた場合にはここで保護してもいいし、もちろん棲み処に帰って貰っても構わないわ」
「それだと、冒険者の組合なんかからは苦情がくるんじゃないの」
ルグリオ様のおっしゃる通り、今まで仲介なんてやっていなかった王族が物流に介入すれば物議になることは避けられないでしょう。
「その辺りのことは問題ないと思うわ。私がこれから組合へ行って話をつけてくるから」
セレン様はハーツィースさんを正面から見つめられました。
「互いに違う種である以上、衝突は避けられないわ。これで今後もあなた達の安全が完全に保証されるということもない。けれど、少なくとも理不尽に捕らえられたリ、殺されたり、追いやられたりするようなことはなくなるはずよ。もしあれば、そのときには私たちが力を貸すわ」
「つまり、私たちの安全を保障する代わりにということですか」
「そうとも言い切れないわよ。あなた達だって自衛のためには魔法を行使したりと反撃に出ることはあるでしょう。こちらとしても、避けられる戦いならば避けたいと普通は考えるものよ。なんにせよ、まずはあなたのお仲間を探すことから始めましょうか」
「まあいいでしょう。あなた達人間を信用したわけではありませんが、あなた方にも考えがあるのだということはわかりました。それに、同朋は探さなければなりませんから」
ただし、とハーツィースさんはこれだけは譲れないという口調で告げられました。
「同朋に対する扱いが無体だった場合には、こちらとしても相応の覚悟があるとだけは言っておきます」
「ええ。もちろんよ」
翌日、私とルグリオ様も、セレン様とハーツィースさんと一緒に彼女の仲間を探すべくお城を発つことにしました。
「せっかくの夏期休暇なのに大変なことになってしまったね」
出発前にルグリオ様にそう言われました。
「もしルーナが言うのなら、僕も一緒にお城に残って、カイやメル、サラさん達と一緒に休暇を過ごしてもいいんだよ」
危険があるかもしれないことと、せっかくの休暇なのだからということで事情を知っているメルたちにも告げはしましたが、同行は勧めませんでした。
メルたちも、こちらの意図を組んでくれたようで結果の報告だけを頼まれて、送り出してくれました。
「もともと私が持ち込んだ問題ですし、少し思っていたのとは違う形ではありますけれど、こうしてルグリオ様やセレン様と一緒にお出かけできるのは楽しみでしたから」
「ルーナが楽しんでくれるならいいんだ。とはいっても、それほど長くなるわけでもないだろうから、戻ってきてからもきっと色々できる時間はあるはずだよ」
「そうですね」
私たちは準備を済ませると、ハーツィースさんに案内してもらうためにも、とりあえず冒険者の組合へと向かいました。