お披露目
迎えた当日、結局朝からバタバタと大忙しだった。
庭の飾りつけと段取りの確認、来てくれる人たちへのおもてなしの準備。
僕の正装は比較的楽なのだけれど、ドレス等着飾るルーナは、朝食にモーニングドレスで現れて以降、部屋でずっと準備をしている。
「落ち着きなさい、ルグリオ。今更あなたがそわそわいていても仕方がないでしょう」
「そうは言っても姉様、やっぱり緊張もするし、落ち着かないんだ」
何せルーナを僕の婚約者として公表するのだ。実質的には、未来の王妃様のお披露目にもなる。手に汗はかくし、ノドはカラカラ、上手くできる自信がちっとも湧かない。
「まったく……。あなたはルーナのことをどう思っているの?」
僕はルーナのことをどう思っているのだろう。
婚約者だと言われた王女様。
眩いサラサラの銀髪に、宝石のような綺麗な紫色の瞳を持った、とても美しいお姫様。
王女としての大人びた顔と、可愛らしい女の子としての顔を持つ少女。
出会ってからそれほど日は経っていないけれど、自信を持って言うことができる。
「僕はルーナのことが好きだよ。恋しているし、愛おしいと思っているよ」
僕の答えに満足したのか、姉様はふふっと微笑んだ。
「それだけわかっていれば十分よ。その気持ちがあれば、どんなことでも大丈夫よ」
「そうかな……? うん、そうだね。ありがとう、姉様」
「お礼を言われることじゃないわ。私はあなたのお姉さまですもの」
しっかりやるのよ、キスをしてからそう言い残して、姉様は部屋を出ていった。
きっとこの先も、姉様にも頭は上がらないのだろうなあと思った。
「ルーナ。そろそろ時間だけれど、準備はできているかな?」
時間が近づいてきたので、ルーナの部屋の扉をノックした。
中から、どうぞ、と声が掛けられたので、ドアを開けようと手をかける。
やたらと心臓の音が大きく聞こえる。落ち着け、僕。これはまだ結婚式でもない。あくまで、お披露目なんだ。そんなに緊張することはないじゃないか。来てくれている人たちを、家族を、そしてルーナを待たせるわけにはいかない。
僕は大きく深呼吸すると、覚悟を決めた。
「入るよ、ルーナ」
ドアを開けた瞬間、今まで悩んでいたのが何だったのだろうかと言えるような思いが押し寄せてきた。
白いブーケと宝石を散りばめた銀のティアラで飾られた、きらめく銀髪。
背中の開いた純白のドレスは、とても9歳の女の子だとは思えない色っぽさを醸し出している。……いけない、見とれている場合ではなかった。
「とっても綺麗だよ、ルーナ。今、この瞬間、この地上で間違いなく一番輝いているよ」
「あ、ありがとうございます」
はにかむ笑顔も、とても素敵だ。
「お手をどうぞ」
僕はとても幸せな気持ちで手を差し出した。
「はい」
ルーナは緊張しているような手つきで、僕の手をとってくれる。
「じゃあ、行こうか」
僕のお嫁さんが、こんなに素敵で可愛い女の子だということを自慢しに。
「―—それでは皆様、お待たせいたしました。ルグリオ・レジュール様、ルーナ・リヴァーニャ様のご入場です」
そう声が聞こえると、扉の前にいた人たちが扉を開いてくれる。
拍手に迎えられ、僕らは手を取り合いながら、ゆっくりと歩いていく。大勢の人たちに見守られる中、僕たちはスピーチ台に立った。
「皆さま。本日は私たちのためにお集まりいただき感謝の念に堪えません。このような場をお借りして大変恐縮ではありますが、私、ルグリオ・レジュールは、この度、ここにいるルーナ・リヴァーニャと婚約致しましたことをご報告させていただきます。まだまだ若輩のこの身ではありますが、何卒よろしくお願いいたします」
僕とルーナがお辞儀をすると、再び拍手が沸き上がった。
その後も問題なく、とはいっても本来の目的は達していた訳なのだけれど、パーティーは執り行われた。
僕たちは多くの人に賛辞と祝辞をもらい、大変疲れはしたけれど、結果だけ見れば十分成功と言えるだろう。
こうして、僕たちの仲は国民に周知されることとなった。
その夜、僕はルーナの部屋を訪れた。
「お疲れさま、ルーナ。今、大丈夫かな?」
「……はい、大丈夫です……」
やっぱりルーナには可愛い耳と尻尾が生えていた。
「今日はお疲れさま。こんなに遅くに済まないね」
「いえ、大丈夫です」
そうは言うものの、ルーナは眠そうだった。
普段ならいざ知らず、ここのところパーティーの準備で忙しかったし、今日は本番だった。普段はしっかりしているように見えても、まだ9歳なのだから疲れて当然だろう。
色々話したいことはあったけれど、すぐに切り上げた方がよさそうだ。
「今日はとっても素敵な時間をありがとう。今日の君は特別愛おしく感じられたよ」
「……私も、胸の辺りが何だか暖かく感じられました」
「それならよかったよ」
目を閉じて、胸の辺りを手で押さえているルーナはとても綺麗だった。長いまつ毛も、月光に反射して煌く銀髪も、細い手首も、全てが愛おしい。
「キスしてもいいかな、誓いのキスを」
気付いたら尋ねていた。
「……はい」
ルーナは目を開いてこちらを見たけれど、その綺麗な紫の眼を閉じて上を向いた。