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第六話 『ベッドとラーメン』

 コンビニから戻ると、ジュンは机に突っ伏して寝ていた。


 「ジュンさん、寝るなら自分の部屋にしてくださいよ」


 声をかけるが返事はない。

 しょうがないので肩を叩く。


 「お客さん、終点だよー」


 無反応だ。

 再び肩を叩く。


 「君、明日から来なくていいからね」


 「専務! リストラですか!」


 一人二役してみたが反応はない。

 なにこれ、超面倒臭いんですけど。

 頭を抱えるアダチ青年。

 

 これはアレか、お姫様ダッコしてジュンの部屋まで連れていくイベントが発生したんだな。

 なんとか自分を納得させる。

 

 「ちょっと移動しますよー、ちょっと体触りますけど、いやらしい気持ちとかないですからねー」


 爆睡中のジュンへ言い訳しながら、抱きかかえるために動かしてみる。

 やだ、超重たい。これ絶対無理なやつだ。とすぐに確信した。

 ジュンは女子平均体重くらい、見た目なんかはスレンダーに見えるタイプだ。

 この場合、アダチ青年の筋力が残念だったと言うほかない。


 アダチ青年は色々諦めた。

 そして、このままじゃ自分も落ち着かないからベッドに寝かしてやることにした。


 「ジュンさん、とりあえず、ベッド行きましょう、いや、違いますよ、そーゆー意味のやつじゃないですよ」


 自分の発言にテンパるアダチ青年。

 後ろからジュンの脇の下へ手をいれ、抱きかかえるような形でベッドまで引きずって行く。


 ほんの数メートル移動させただけでアダチ青年は肩で息をしている。

 やっとの思いで、なんとかベッドにジュンを設置することに成功した。

 そのタイミングでジュンが何かムニャムニャ言い出した。

 これは起きたのかもしれない、今がチャンスだ、全力で起こそう、そして帰ってもらおう。


 「ジュンさーん、頑張って帰りましょう、起きて起きて!」


 耳元で説得する。

 ジュンは何か言いながらモゾモゾ動いている。


 「何ですか、聞こえませんよー、起きてください、もう、ほんと帰ってくださーい!」


 「むにゃむにゃ、ぶ……とる……」

 

 「え? なんです?」


 「ぶ……、とりたい」


 「え?」


 「ブラ……、とりたい」


 「えええー!?」



 ジュンは背中に手を回してホックを外そうとしているらしいが、明らかにできそうにない。


 「とってよぉぉおお」


 ジュンが寝ながら不機嫌になり始める。


 「じゃ、じゃあ、ホックだけ外すので、後処理は自分でやってくださいよ」


 妥協案を提示する、返事はないが顔つきでお怒りなのが分かる。

 とりあえず、ジュンをうつ伏せに転がしてオペを開始することにする。


 「じゃあ、やりますから、とりあえず背中めくりますよ」

 

 ジュンのTシャツの背中側をゆっくり持ち上げる。

 脳内のアダチ看護師が言う。


 「先生、心拍あがってます」


 心電図はピコーンピコーンと激しく動く。


 「問題ない、まだやれる」


 アダチ医師はオペを続行する。

 ホックであろう部分があらわになり、さらに心拍があがる。


 「先生、もう限界です」


 「何を言うか、あと少しではないか」


 「でもこのままじゃ、先生の体が持ちません」


 アダチ医師の心拍は際限なく上がり続け、全力疾走した後のような勢いだ。


 「ここさえ、切除できれば、この患者は助かるんだ」


 自分を奮い立たせ、いざ患部にメスを入れる。

 なるべく肌に触らないように、指先でホック部分を持ち上げて、いろんな方向に引っ張ってみる。

 取れない、なにこれ、どんな構造になってんの? 知恵袋で聞いた方が早いかもしれない。

 パニックになりかけて、こんなことじゃいけないと汗!と言ってから、自分で汗を拭う。


 再び患部へアプローチを開始する。

 一旦落ち着いたことで心拍数は少し下がった。

 指先であーでもない、こーでもないとしている内に、何かホック的な物が外れる感触があった。


 「やった! これで患者を救えるぞ」


 喜んだのつかの間、2個あるホックの片方だけが外れていた。

 しかし、外れた片方から得た情報により、なんとなく構造が理解できたアダチ医師に光がさした。


 「ここをこうやってこう!」


 見事な手さばきで残った患部も摘出に成功した。

 看護師やオペを見守っていたお偉いさん達から歓声があがり、それに誇らしげに答えるアダチ医師。

 すばやくTシャツを下げて、困難なオペは無事終了した。


 アダチ青年はタオルケットをかけてやり、机に置手紙を残して自室を後にした。

 

 「さて、ネットカフェにでも泊まりますか」


 青年の顔はとても清清しかった。


 ネットカフェに向かう途中、アダチ青年の働くコンビニの前を通りかかる。

 コンビニ前の駐車場にガラの悪い三人の男がタバコを吸いながら何やら話している。

 あーやだやだと早足で通り過ぎようとするが、明らかに一人こちらに向かってくる。

 横目で近づいてくるのを見ながら、さらに早足で、もう競歩かってくらいの勢いで進む。


 「おーい、どこ行くんだー?」


 ガラの悪いヤツが何か言っている。立ち止まるな、立ち止まったらそこで試合終了ですよ。

 心の中の安西先生がやさしく助言してくれる。僕もそう思います。

 うつむきながら更に歩幅を広げて進んでいく。


 しかし、男に追いつかれて肩を捕まれた。


 「そんなに急いでどうした? 送っていこうか?」


 やばいやばいやばい、絡まれた、逃げられない。

 パニック状態で振り向いてみるとアキラだった。


 「何か、急用か? バイクで送ってってやるぞ、どこだ?」


 アキラは切羽詰った顔をして、尋常じゃない早足のアダチを本当に心配してくれている。

 DQNと勘違いして逃げてました、なんて言えないアダチ青年はシドロモドロだ。


 「ちょ、ちょっと、その、競歩、そう競歩の練習をしてまして、そんな事より今日は暑いですね」


 「どっか行くところ?」


 「暇なので、ネカフェでも行こうと思って」


 「腹減ってない?」


 「そういえば夕飯まだでした」


 「おし、じゃあラーメン食いに行くか」


 そう言うとアダチ青年にヘルメットを渡した。

 じゃあ、またなーとアキラは一緒にいたガラの悪い人たちに別れを告げてバイクのエンジンをかける。


 ガラの悪い、いや、個性的なファッションセンスの男たちはアキラのバンドメンバーだった。

 ちょうどバンドの練習が終わったところだったのだ。


 アキラが跨ったバイクの後ろに座り、ヘルメットをかぶった。

 手は、手はどうすれば?腰に手を回すの?やだ、なんかドキドキしてきた、なにこれ。

 混乱しているアダチ青年にアキラがヘルメットをかぶりながら言う。


 「片手でおれの肩持って、片手でシートの横の掴むとこ持ってな、落ちるなよ」


 ブゥオォンブゥオォン――


 バイクが唸り、ゆっくりと進みだした。

 初めてバイクに乗ったアダチ青年は、風が気持ちいいなーと呑気な事を考えていた。


 見慣れた道を抜けて大通りに出る。

 急に速度が上がって、物凄い風圧がアダチ青年に容赦なく吹き付ける。

 落ちないように必死でしがみ付き、とにかく早く目的地に着くことを祈る他なかった。


 20分後、目的地に到着してバイクから降りるアキラとアダチ青年。

 涙、鼻水、ヨダレ全垂らしのアダチ青年を見て、アキラは腹を抱えて笑った。


 「あははははは、ごめんごめん、帰りはゆっくり帰るわ、はははは」


 「そうしてもらえると助かります」


 「がははははは」


 「笑い過ぎですよ」


 到着したラーメン屋は、お世辞にもきれいとは言えない風貌だった。

 中に入ると意外と客が多く、カウンターに通された。

 お冷を持ってきたおばちゃんにアキラはさっさと二人分の注文をしてしまった。

 

 「んで、最近調子どうよ?」


 「普通ですよ」


 答えてから、笑っているアキラを見て『好きな人』について聞かれたのだと気付いた。


 「その、なんとゆーか、距離が縮まらない感じですかね」


 「距離かー、ちなみに今どんくらいの距離なの?」


 「どのくらいと言われても」


 「じゃあ例えばチューするまでどのくらいな感じ?」


 「チューって!! そんなもの銀河の果てですよっ!!」


 「うわ、そんなにかよ、じゃあデートするのは?」


 「……エベレスト登頂くらいですかね」


 「困難すぎるだろ、電話番号聞いたか?」


 「ははは、まさか」


 「笑い事じゃねーよ、重症だな」


 「いやいや、アニキ基準で考えちゃダメですからね」


 「はいよ、お待ち」


 頼んだモノが運ばれてくるとアキラは嬉しそうに、いただきまーす言って食べだした。

 食べだすと今まで話してた事なんて忘れてしまったように、猛烈な勢いで胃袋に流し込むアキラ。

 呆然と見ていたアダチ青年の視線に気付くと、熱いうちが一番美味いからと早く食べるように促した。


 二人はしばらく黙々とラーメンをすすり、餃子をむさぼり、チャーハンをかっこんだ。

 店に入って15分くらいですべてを完食し、ごっそーさんですとアキラがさっさとお会計を済まして外へ出た。

 タバコに火をつけてくわえ、バイクに跨ると「そんじゃ、帰るか」とアキラはエンジンをかける。

 腹がいっぱいで苦しかったアダチ青年はヘルメットをかぶり、優しくしてくださいとだけ言って後ろに乗った。


 腹がはち切れそうな満腹感、少し速度を落としたバイクの心地よい疾走感の中、考えるアダチ青年。

 どうやったらもっと仲良くなれるのだろうか。携帯番号を聞くとか、どうやって、何のために。

 断られたら恥ずかしくて死んじゃう。番号知ってもどうせかけられないし。けど仲良くなりたい。

 脳内でグルグルと出口のない問題をループさせてゲンナリしている間に家に着いた。


 バイクから降りてヘルメットをアキラへ返す。


 「ごちそうさまでした」


 「おう、また食いに行こうな」


 「はい、また誘ってください」


 「んでな、オススメはしないが、その子と仲がいい子に相談してみる手もあるぞ」


 「何でオススメじゃないんですか?」


 「女にこの手の話をすると面倒くさい事になる可能性もあるからな」


 「実体験ですか?」


 「まぁそんなとこだ」


 「そこのところ詳しくお願いします」


 「うるさい」


 じゃあまたなと言い残して、アキラは去って行った。

 腹がいっぱいのアダチ青年に食後の睡魔が襲ってきた。

 眠たくなった頭で、仲がいい子に相談か~とぼんやり考えながら自室へ続く階段を登る。

 ジュンに相談すべきか考えながら自室のドアノブに触れた時に思い出した。

 このドアの向こう側にはジュンが寝ているのだった。


 「帰ってきちゃったよ!」


 思わず自分につっこむ心の声が漏れ出てしまった。

 近くにいた野良猫が、ビクッとなって走って逃げていった。

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