第五話 『花火とすれ違い』
テンションが上がり、無駄に走ってしまったアダチ青年は、バイト先のコンビニにたどり着いた。
打ち上げ花火がいっぱい入ってる詰め合わせと、手持ち花火がきれいに並べられたよくあるやつを買う。
レジに行くとオーナーがいてオマケにライターをくれた。
コンビニから戻ると、隣室に人の気配はなかった。
走って汗をかいたTシャツを脱ぎ、これがまだマシな方かとポロシャツを着る。
時計を見ると、そろそろ河川敷へ向かわないといけない時間だ。
河川敷に着くと、すでにアキラがいて何やらやっている。
ジュンたちはまだのようだ。
「お待たせしましたー」
「うーす」
アキラは返事をしながらベンチにレジャーシートをひいている。
足元には水が入ったバケツ、手には飲み物やお菓子が入ったビニール袋を持っていた。
「花火ありがとな、いくらだった?」
レシートを見せると、じゃあこれでと全額出してくれた。
「色々用意してもらってるし、半分出しますよ」
「いいって、おれが言いだしっぺだからさ」
ベンチに座り、お菓子は何があるのだろうかと物色していたら遠くからジュンたちの声がする。
ドキドキして目のやり場に困ってアキラを見ると、テキパキと花火を取り出して取りやすいようにバラしていた。
このイケメン、どんだけイケメンなんだろうか、と心底感服しているとジュンたちが声をかけてきた。
「お待たせしましたー」
「すごーい、こんなに用意してくれたんだー」
「あ、はじめましてジュンです」
「おー、ジュンちゃん、ジュンちゃんっぽいね、はじめましてー」
「は、はじめましてハルです」
「はじめましてー、ハルちゃんは意外だなーこんなに女の子らしかったとは」
「そ、そんなことないですよ」
イケメン相手にハルは顔が真っ赤だ。
そしてそれどころではない男がいた。
「おーい、アダチー目が泳いでるぞ」
「そ、そ、そんなこと、ないですけどね」
「まぁ座って座って、何か飲んでてよ」
アキラは花火をバラし終わると、どこからか持ってきた板で風除けを作り、ロウソクに火をつけた。
ジュンは遠慮なく、ポテトチップスをポリポリしながらビールを開けている。
ハルはその隣でお茶を飲み、ジュンからポテトチップスをあーんされている。
チラ見を続けるアダチ青年は天使の微笑みをオカズにコーラを飲んでいる。
いつの間にか、少し離れたところにアキラがいる。
「では、花火大会を開始します!」
足元の並べたドラゴンに次々と点火する。
噴き出したキラキラで辺りは明るくなる。
キャーキャー騒ぎながら、女子たちは携帯のカメラのシャッターを切る。
ドラゴンの元気がなくなりだすとアキラは打ち上げ系にも次々と火をつける。
パシュパシュと軽い音を出して打ち上がり、パンッパンッとなんとも言えない哀愁が漂よわせる。
打ち上げ花火たちが力尽きると満足そうにアキラが帰ってきた。
「よし、あとは手持ちのやつでもするか」
女子たちはキャッキャとハシャギながら花火を選んで、火をつける。
アキラはベンチに座ってそれを見ながら、いい仕事したわーとビールを飲む。
アダチ青年は花火に火をつけると、アキラの横に座った。
花火に照らされて、一瞬見えるハルの笑顔を眺める。
火薬が焼ける煙の匂い、隣でゲフーとゲップをするアキラ。
最後に線香花火が残った。みんなでロウソクを囲って火をつける。
近い、天使の顔がすぐ近くにある。ハルに見とれていると線香花火の火種はすぐにポトリと落ちてしまった。
楽しい時間は、音速で過ぎ去り片付けて帰ることになった。
四人で歩きながら、楽しかったね、今度は大きい打ち上げ花火も見たいな、などと楽しげに話している。
アキラの携帯が鳴り、何事か話したあとで、用事できたから、おれ行くわ、またなーと言って去って行った。
二人が話しながら歩く後ろをついていく。
アパートの近くの交差点で、こっちだからとハルが言う。
その言葉で悲しくなるアダチ青年。
「それじゃあ」
言いかけたハルの言葉をさえぎってジュンが言う。
「夜道は危ないから、送ってくよ、ね、アダチ」
また三人で歩きだし、ハルの家まで送り届ける。
「送ってもらっちゃってありがとうね、アダチくんもどうもありがとう、またね」
ハルは手を振り、玄関に入っていった。
そこからジュンと二人で自宅へ帰る。
しかし、そこからジュンがしゃべらない。
しばらくしてからようやくジュンが口を開いた。
「ねー、楽しくなかった?」
「そんなことないですよ」
「じゃーなんで全然しゃべんなかったの?」
「そんなつもりはなかったんですけどね」
「なんなのよ、意味わからないよ」
早足で歩き出すジュン。
「ちょっと、何怒ってるんですか」
「うっさい、ついてこないで」
「いや、でも帰る道は一緒ですし」
ジュンは走って先に帰ってしまった。
何がどうなったのか、困惑するアダチ青年はトボトボと同じ道を帰るのであった。
***
翌日。
大学から帰ってきたアダチ青年は昨日の事が気になり隣室の気配を伺う。
バイトでも行っているのだろうか、隣室に人の気配はない。
自分なりにジュンを怒らせてしまった原因を考えてみる。
ジュンは大学帰り、トボトボと歩きながら昨日の事を考えた。
なんで怒っちゃったんだろう、アダチは何も悪い事してないのに。
うつむきながら歩いていたジュンは、顔をあげて両手で顔をパンッパンッと叩いて気合を入れた。
ウダウダしててもダメだ、まずは謝って仲直りしよう。
ジュンはアダチ青年の部屋のインターホンを始めて押す。
――ピンポーン
アダチ青年がドアを開けた。
「え、ジュンさんじゃないですか、どうしたんですか」
ジュンがインターホンを鳴らしたことに驚いている。
「ちょっと、入っていい?」
「え、はい、どうぞどうぞ」
アダチの部屋に入って座る二人、一瞬の沈黙で両者ドキドキが高まる。
耐え切れなくなったジュンが、買ってきたピスタチオをアダチに渡す。
「これ」
「くれるんですか?」
「半分ね」
「半分ですか」
「殻、取ってよ」
「は、はい」
アダチ青年は冷蔵庫にビールがあったのを思い出す。
「あ、昨日アニキが買ってたビールの残りがありますが、飲みますか?」
「うん」
アダチ青年がピスタチオの殻を取る。
それをもらって食べる。そしてビールを飲む。
「あーおいしい」
「それはなによりです」
「アダチも飲めば?」
「僕はアルコールダメなんですよ」
「えーそうなの? 勿体無い」
「すぐマーライオンしちゃいますんで」
「マーしちゃうのかー」
「あの、昨日は」
「昨日はさ」
お互い切り出すタイミングがカブった。
手振りでお互いに、どうぞどうぞとし合い、ジュンが続きをしゃべりだした。
「昨日さ、いきなり怒ってごめんね」
「こちらこそ、すみませんでした」
「なんかね、アダチがしゃべらないから楽しくなかったのかなって」
「楽しかったですよ、本当に」
「ハルとも、もっと仲よくなって欲しかったのに」
「すみません、ちょっと緊張してたんだと思います」
「緊張?」
「慣れない人がいると緊張するし、人数が増えると口数が減っちゃうんですよ」
「え、何それ」
「でもでも、あの空間にいて本当に楽しかったんですよ」
「アダチ、それってコミュ障ってやつじゃない?」
「多少、自覚はありますよ」
「言われて見れば、そんなオーラ出してるよね、アダチって」
「オーラまとってますか」
「でもさ、わたしの時はそうでもなかったよね」
「あ、そういえばジュンさんのときは……」
アダチ青年は思い出した、隣から聞こえてくる声を聞いているうちに、こんな人だろうかと勝手に妄想してた事を。
ゲーム内で偶然一緒になったり、壁に穴があいたり、ご飯をご馳走になったり。
考えてみたら、非日常の連続のせいで、いつの間にかジュンにすっかり慣れてしまっていた。
「ジュンさんは良い人だし、ご飯食べさせてくれるし、大丈夫でしたね」
「野良猫か」
ピスタチオの殻をとった実を器にいれて、ジュンに渡す。
「その野良猫に殻取らせてるのは誰ですか」
「だって、めんどくさいんだもん」
ジュンが笑った。
それからジュンは、昨日の残りのビールを3本飲み干し、ほとんどのピスタチオをアダチに剥かせて食べた。
ビールが飲み足りなかったのか、ジュンの部屋で冷えているビールを取りに行かせ、更に飲む。
つまみはねーのかーと愚痴を言い出し、アダチ青年はコンビニに買出しに行かされるのだった。