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第四話 『イケメンと夕立』

 夕立で濡れた夏草と、どこかの縁日へ向かう浴衣姿と下駄の音。

 カナカナが鳴く、近所の夕飯もカレーだろうか。

 郵便ポストを曲がって、公園を通り抜ける、通いなれた道を走る走る。


 弾む心とほとばしる汗、前へ前へと急かす足。

 心地よく鼓動する心臓、走ったからか、それともあなたに会えるからか。

 夏の日の夕暮れ過ぎて、薄暗くなり始めた頃、アダチ青年は輝いていた。


 アキラはアダチ青年のバイト先の先輩で2つ年上のフリーターである。

 高校から続けているバンド活動を継続中、売れる兆しはない。

 悔しいがハーフにも見える丹精な顔立ちと、高身長、細マッチョとハイスペックな容姿を備えている。


 イケメンとはこいつであるとウィキペディアに書いてありそうな人物だ。

 昔可愛がっていた犬に似ているという理由で、アダチ青年を気にかけている。

 

 脳内コサックダンスをしてから3日。

 最初こそ浮かれて、月面を跳ねるようにスキップしていたが気付いてしまった。

 何も変わらないのだ。

 一向に距離は縮まらないし、大学で出会うこともない。

 そしてそろそろ夏休みに突入して、大学で偶然会える可能性も断たれてしまう。


 ジュンが作った冷やし中華を平らげたアダチ青年は、まだ食べいるジュンを見ながらため息をついた。


 「ねーねー、人の顔見てため息つくとか、やめてくんないかなー」


 「ご、誤解です、決してジュンさんの顔を見て出たため息じゃないです」


 「なら、何のため息なのよ、冷やし中華に文句でもあったのかしら?」


 「いえいえ、いつもながら大変おいしゅうございました」


 「じゃあ、何?」


 ジュンにハルへの想いを隠しているアダチ青年は考えた。

 きっと爆笑されるに違いない。

 そして、アダチじゃ無理だから諦めろと言われるに違いない。


 「いえ、その、夏バテですかね」


 「カップ麺とかスナック菓子ばっかり食べてるからでしょー」


 「おかんか!」


 「おかんじゃないわよ」


 「知ってますよ」


 「ちゃんと野菜も食べなさいよね」


 「おかんやん」


 「おかんじゃないわよ」


 「知ってますって」


 ――バシッ


 「叩くよー」


 「もう叩いてますって」


 アダチ青年はハルの情報収集のため、隣室を訪ねていた。

 今日の手土産はピスタチオだ、アダチ青年のマイブームである。

 ジュンがまだ冷やし中華を食べ終わらないので、ピスタチオの殻を取り始めた。


 「ねー、それ銀杏?」


 「ピスタチオです」


 「え、そんなんなの?」


 「どんなんだと思ってたんですか」


 冷やし中華を食べきったジュンが、アダチが殻を取ったピスタチオを一粒もらう。


 「おおー、おいしい!」


 「そうでしょうとも」


 ちょっとドヤ顔のアダチ青年。

 殻を取ったらすぐにジュンが食べる、殻を取るアダチ、食べるジュン。


 「ちょっと、自分で殻取ってくださいよー」


 「殻取るのが好きなのかと思ってた」


 「んなわけないでしょ」


 そんな言い合い中もアダチ青年が殻を取り、殻が取れた実を食べ続けるジュン。



 その夜、ジュンと二人でウォーウルブスをしていると、アキラから電話がかかってきた。


 「アダチー、ウォーウルブスやろうぜー」


 「ちょうど今やり始めたところですよ」


 「まじかー、レベル上げ手伝ってくれよー」


 「一緒にやってる人がいるので、合流でいいですか?」


 「おう、おれはいいんだがそっちは大丈夫か? ど素人だぞー」


 「大丈夫です、こっちも似たようなもんですから」


 携帯での会話が聞こえていたのかジュンの声がする。


 「誰かくるのー? てか、アダチのケータイ鳴るの初めて聞いたよー」



 合流したアキラのプレイヤー名はKIRA、すでにレベルがジュンを上回っていた。


 KIRA:お初、よろしくねー


 JUN;よろしくでーす


 とりあえず、三人でデイリークエストに行ってみることにした。


 アキラの動きは、すでに初心者ではなく無闇に突っ込んでやられたりするような事はなかった。


 ACHI:さすがアニキ、完璧な身のこなしですね


 KIRA;他のやってたから、だいたいな


 JUN;ちょっとアダチー、たすけてー


 ACHI;やれやれだぜ


 三人でクエストをしていたら、ハルがログインしたようだ。


 JUN;友達がログインしたので合流しちゃっていいですかー?


 KIRA:もちろんもちろん


 待機所を作り、三人でハルが来るのを待つ。

 待機所に現れたハルが現れた。


 Haru;あっ


 KIRA;おっ


 Haru:この前はありがとうございます


 どうやら二人はすでにプレイしたことがあるみたいだ。


 KIRA:いえいえ~、世界は意外と狭いもんだね


 4人で簡単なクエストを周る。

 アキラはクエスト中はほとんどチャットはしない。

 プレイに集中しているのだろうか。

 二人は相変わらず女子トークをしながらプレイは二の次である。

 しばらくするとアキラは用事が出来たと言ってとログアウトした。


 するとジュンとハルは早速アキラの話題である。


 JUN:感じのいい人だったねー


 Haru:そうなの、この前もすごく助けてもらっちゃって


 そしてアキラとは何者かと、質問攻めが始まった。

 バイトの先輩、2つ歳上、名前はアキラ、バンドマンなど答える。


 JUN;あれはきっとハートイケメンだね


 ACHI;残念ながらハートだけじゃないんですよ


 JUN;えぇーじゃあフェイスもイケメンなんだー


 ACHI:残念ながらね


 JUN:ねーハル、今度コンビニ覗きにいこー


 Haru:いいねいいね、アダチくんもいる時にしよー


 JUN;アダチはいいよ、最近毎日見てる気がするし


 この後少しして、ハルがログアウトする時にジュンも寝ると言うので解散した。


 ***


 夜風が涼しかったので窓全開で寝たアダチ青年は、砂漠でミイラになる夢を見た。

 外は太陽が容赦なく照りつけ、窓からたまに入ってくるのは熱風だ。

 クーラーの電源を入れて、窓を閉める。

 冷蔵庫から水を取り出して飲む、体に染みこむ大山脈の恵み。

 大きく伸びをして、汗でクタっとしたTシャツを洗濯機に放り込み、風呂場で水浴びをする。


 さっぱりした後、パンツ一丁で髪を乾かしていると、玄関のドアが急に開いた。


 「あつーい、やばーい」


 どこかに出かけていたジュンが転がり込んできた。


 「ぎゃー!! なんでパンイチなのよー」


 「風呂入ってたからですよ」


 「早く何か着なさいよー」


 「自室にどんな格好でいようが僕の勝手でっ――」


 しゃべってる途中で背中を平手打ちされるアダチ青年。

 いててて、と仰け反りながら短パンをはく。

 背中についたきれいな手形を見てジュンはクスクス笑っている。


 「ねー、今日休みなの? 昼ご飯食べた?」


 「休みですよ、さっき起きました」


 「だらしないなー」


 「いやーめんぼくない」


 「カレー作るけど、いる?」


 「やった、じゃあ米炊きますね」


 「よし、じゃあ作ってくるー」


 「その手荷物はなんなんです?」


 「えだまめー、安かったからいっぱい買っちゃった」


 じゃーお米よろしくねーと言って、ジュンは自室へ帰って行った。


 「うおー、あつーい、やばいやばい」


 隣室から声が聞こえてくる。



 40分くらいして、コンコンコンと壁の簡易扉がノックされた。


 「そっちで食べるから鍋運ぶの手伝ってー」


 「はーい」


 玄関を開ける、思っていた以上の熱気と太陽光にヴァンパイアでもないのに消え去りそうになる。

 すぐ隣のドアへ逃げ込むアダチ青年、隣室のドアを開けるとそこはさらに地獄のような熱気だった。


 「ここ、外より暑いですよ」


 「そうかなって思ってた、火使ってるからね」


 「せめて扇風機くらいつけましょうよ」


 「あったらつけてるわよ」


 「言ってくれれば持ってくるのに」


 「今度からお願いしようかな、これ持っていって」


 カレーの鍋を持って自室へ帰り、再びジュンの部屋へ行く。

 ザルに盛られた大量の枝豆も渡される。


 「先に食べてて、さっぱりしてから行くー」


 自室へ戻ると、ちょうどピッピッピッと米が炊き上がった。

 米をしゃもじで混ぜながら、折角なら一緒に食べた方が美味いだろうとジュンを待つことにした。

 その時、滅多に鳴らない携帯が鳴る。

 アキラからだ。


 「おーす、起きてたかー?」


 「さっき起きました」


 「おれもおれも」


 「どうしたんですか?」


 「今日バイト休みだったよな? 暇ならまたウォーウルブスやらないかって」


 「おーいいですねー、これから昼食べるので、少し後でよければ」


 「うぃ、じゃあおれも飯食うわ、またあとでなー」


 それから5分くらいしてジュンが来た。


 「すずしー、極楽じゃー」


 「アニキから、ハウンズやろって連絡きましたよ」


 「あれ? アダチもう食べ終わったの?」


 「いえ、まだ食べてないですよ」


 「なになに、待っててくれたのー?」


 「米が炊けてなかっただけですよ」


 待ってたけど、照れくさくて嘘をつく。


 「ふーん、そうなんだー」


 「じゃあ食べましょうか」


 「腹ペコだー、ご飯よそってくれー」


 カレーを飲むように平らげたアダチ青年は、枝豆に手をつける。

 豆がしっかりしていて、味が濃い、塩加減、茹で加減共に文句のつけようがない。

 枝豆ウマーと夢中で食べていると、サウナ状態を耐えて作った甲斐があるなーとジュンは笑った。


 その後、ウォーウルブスを始める二人。

 そこにアキラが合流する。


 ACHI;アニキ、今度ジュンさん達がコンビニに見にくるらしいですよ


 JUN;ちょっとーサプライズにならないでしょー


 KIRA;え、見に来るって近所なの?


 ACHI;言ってませんでしたっけ、ジュンさんは隣の部屋に住んでるんですよ


 KIRA;まじかーすごいな、それ


 JUN;ハルも近所なんですよ


 ACHI;そうなんですか!


 KIRA;アダチも知らなかったのか




 夕方までのんびりやっていると、ハルがログインした。


 Haru:バイト終わったよー


 ACHI:おつかれさまー


 JUN;おつかれー、今日暑いねー


 KIRA;おつかれー


 Haru;帰り道で浴衣姿の人見たよー


 JUN;どこかでお祭りあるのかな?


 KIRA;都内で大きい花火大会、今日じゃなかったっけ?


 JUN;花火いいなー


 Haru;花火いいなー


 KIRA;諸君、今日この後予定はある?


 JUN;なーい


 Haru;ないです


 ACHI;ないですよ


 KIRA;じゃあ、花火やろう


 JUN;やるやるー!! やったー!!


 Haru;花火ー!! やりたーい!!


 ディスプレイに映し出されるチャット欄の流れが、アダチ青年にはついていけない。

 アキラはアダチ青年が越えられない壁を簡単に跳び越してしまった。

 追いつけないアダチ青年を置いて、話はどんどんと進んでゆく。



 河川敷の野球場んとこ集合ね、花火はコンビニにあったからアダチ買ってきてもらっていいか?

 1時間後くらいに、そいじゃあまたあとでねーと、アキラはパパッと決めてログアウトした。


 ジュンとハルも、楽しみだねーと言い、また後でねーと言ってログアウトした。

 呆然とするアダチ青年。


 「アダチー、わたしハルと一緒に行くから、先に行っててー」


 「はーい」


 そうだ花火買わなきゃと使命を思い出した。


 とりあえず、服を着替えて髪を軽く整える。服はこれでいいのだろうか、悩んでもオシャレな服など持っていない。

 こんなことなら服買っておけばよかった、と後悔しながら靴をはく。

 玄関を出ると、いつ降ったのか、雨上がりの匂いがした。

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