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第二話 『友達の友達』

 天に流れる星の川、サラサラそよぐ笹の葉に色とりどりの短冊が踊る。

 駅前辺りの縁日の笛や太鼓が微かに聞こえる。

 少し気の早い熱帯夜に、しまってあった扇風機を取り出す。


 雨が降ると外出を嫌がり、パシリにされる事が多かった辛い梅雨があけた。

 ジメジメを吹き飛ばすように、夏が駆け足でやってくる。


 ――コンコンコン


 簡易扉が鳴る。


 「はーい」


 返事するが、食い気味に扉が開く。


 「暑いねー今日、ちょー暑いねー」


 「今、扇風機出しましたよ」


 「えークーラーにしよーよー」


 「今からクーラーなんてつけてたら夏本番を乗り切れませんよ」


 「じゃーさー、アイス買ってきてよ、アイス! いますぐ!」


 「……はい」


 ハーゲンダッツのクリスピーサンドを買いに行かされるアダチ青年。

 ガリガリくん数人分の小銭を渡され、コンビニへ向かう。

 自分用にガリガリくんを一人買い、お使いの品も買って帰る。


 隣室へクリスピーサンドを渡しに行ったが、何故かいない。

 鍵もかけずに無用心だなーと思いながら自室に帰る。

 自分も鍵をかけていなかったのだが、男の子と女の子は違うんだからねと自分に言い訳をする。

 ドアを開けると、出したばかりの扇風機の風を気持ちよさそうに受けているジュンがいた。


 「不法侵入だ!」


 「今、アダチも私の部屋に勝手に入ったでしょー」


 「うっ……」


 「細かい事は言いっこなしだよ、アダチ君、さぁアイスを出したまえ」


 「……はい」


 高いアイスを幸せそうに味わうジュン、ガリガリくんをガリガリやるアダチ青年。

 ゆっくり味わうジュンを見て、そんなにも美味いのだろうかと凝視する。

 物欲しそうな視線に気付き、ニヤッと笑ったジュンはアダチ青年に近づきガリガリくんを一口かじる。


 「一口交換こしよう、アダチのは安いから大口でかじるなよ」


 クリスピーサンドを差し出すジュン。

 間接キスなんて考えてないんだからね、ほんとなんだからね、とドキドキする自分を抑えて控えめにかじる。

 ウマッ、何これ、同じアイスとは思えない、あんたこんな美味しい物を食べてたんですか。

 こうしてアダチ青年の舌は着実に肥えていった。



 ***



 アダチ青年の部屋には、何の躊躇もなしにジュンはやってくる。

 いけない場面に出くわすとは微塵も思っていないのだろう。

 その点、アダチ青年の注意力と警戒力は素晴らしかった。


 まず、隣人が在宅中を避け、ジュンが外出する玄関の音を聞き分け、階段を下りて行く音を静かに聞き入る。

 階段を降りきった辺りで、そーっと外を確認しに行き、ジュンの服装をチェックする。

 近くへ行くラフな格好なのか、遠出か、はたまたバイトへ行く格好なのかを判断する。

 外見チェックにより、おおよその外出時間を算出し安全を確保した後、玄関に鍵をかけるのだ。

 一人暮らしとは思えない嘆かわしい努力である。

 そのためジュンが何も考えずにアダチ室に押しかけようとも、あられもない姿を見られる事はなかった。


 ***


 ある日、アダチ青年の部屋に突如現れたジュン。


 「マヨネーズかーしてー」


 アダチ青年からの返答はない。

 パソコンを前にヘッドホンをして何やらカチカチしながら、ブツブツ言っている。


 「ふっふっふ、その程度では僕には勝てないのだよ」

 

 「マヨネーズ借りてくねー」


 「なんだと、弾幕薄いよ、何やってんのー」


 冷蔵庫からマヨネーズを取り、自室に戻るジュン。

 茹で上がったばかりのサヤインゲンにマヨネーズをそわせて食べる。

 もう一本食べる、そしてもう一本。


 「おっと、あと半分もやっちゃうか」


 実家からドッサリ送られてきたサヤインゲンの下処理に戻る。


 荒熱を取ったサヤインゲンとマヨネーズを持って、再びアダチ青年の部屋を訪れる。

 アダチ青年はまだカチカチやっていた。

 ジュンは何事かに熱中しているアダチ青年を横目に、サヤインゲンを食べながら待つことにした。

 数分後、やれやれだぜと言いながらヘッドホンを外しジュンが座っている方を見たアダチ青年は綺麗な二度見をした。


 「なぜ、そこにいる!」


 「サヤインゲン食べるかなーって思ってさ」


 「声、かけてよ」


 「いや、忙しそうだったし」


 「まぁ忙しかったんですけどね」


 「何やってたの?」


 「ウォーウルブス」


 「面白いよね、ウォーウルブス」


 「知ってるんだ、へぇ……」


 猛烈にわざとらしい、へぇを出してしまったアダチ青年は恥ずかしそうだ。

 ジュンはアダチ青年にサヤインゲンを渡し、パソコンを覗き込む。


 「どれどれ、ちょっとおねーさんに見せてみ――」


 ジュンが固まった。

 なぜならアダチのパソコンには、いつぞやとても親切にしてくれたプレイヤーの名前があったからだ。

 優しくて頼りになるACHIさんが、アダチだったとは。


 「な、なんでアダチじゃないのよ!」


 テンパって意味が分からない事を口走る。

 始めは頭上にハテナを出していたアダチ青年は、ジュンのプレイヤー名を思い出して納得した。


 「ネトゲのキャラ名に本名なんてつけませんよ」


 ニヤニヤしながら答える。

 キャラ名なんて人それぞれなので本名だろうが、アニメキャラの名前だろうが気にした事はなかった。

 しかし耳をうっすら赤くするジュンを見て面白そうなのでからかってみる。


 「まぁキャラに自分の名前つけちゃう子ってちょっとアレですよね」


 ジュンがキッとなって臨戦態勢へ入る。

 その少しの動作でどこを狙ってくるか察知するアダチ青年。

 この体勢は左肩へのショートフックと見切ったアダチ青年は左腕を上げてガードの体勢を取る。

 しかし、左腕への衝撃がこない、おかしい、と思った時には遅かった。

 左を囮に渾身の右リバーブローがアダチ青年の体を『く』字に曲げる。


 「いいフェイントだ、あんた世界を狙ってみないか?」


 「狙わないわよ」


 「まぁジュンさんなら本名でも良さそうですよね、アダチじゃしまらないですもん」


 「な、なんで本名ってわかるのよ」


 「本名だから、殴られたと思ってましたけど」


 「そ、そうね、そうよ、悪い!?」


 「いえ、だからいいんじゃないですかって思ってますよ」


 「じゃあサヤインゲンでも食べて寝なさい!」


 少し赤くなったジュンは言い捨てるように部屋を出て行った。

 サヤインゲンを食べてみると、何もつけてないのに甘味があって凄く美味しかった。

 さらにマヨネーズをつけて食べてみる。

 うまい、茹でたてってこんなに美味いのかと関心したアダチ青年であった。


 しばらくウサギのように、サヤインゲンをモシャモシャやっていたら扉がノックされた。

 食べながら返事をする。

 ゆっくり開いた扉から声だけ聞こえてくる。


 「ねーねー、ウォーウルブス一緒にやらない?」


 「いいですよ、今サヤインゲン食べてるのでちょっと待ってくださいね」


 「マヨネーズつけると、ちょー美味しいよ」


 「はい、ちょーうまいです」


 「でしょー!」


 ***


 そして一緒に始めた二人、まずは簡単なクエストを周ってみた。

 アダチ青年から見れば、まだまだ初心者なジュンにアドバイスをする。

 日頃の上下関係が逆になったせいで、素直に聞く気になれないジュン。

 前に出過ぎて敵に囲まれてやられる。


 JUN:またやられた!


 ACHI;前に出過ぎなんですよ


 JUN;もっと私を守りなさいよ


 ACHI;我がままなお姫様みたいな言い分ですね


 チャット打ち込んだあとで壁がドンと鳴った。

 僕のせいでごめんよ、と壁に謝るアダチ青年。


 しばらくすると、ジュンのリアルでの友達がログインした。


 JUN;友達来たから、一緒にやっていいよね?


 とても面倒くさいがもう少し一緒にやっていたい気持ちもあったので我慢した。


 ACHI:いいですよ


 リア友のプレイヤー名はHaru、ジュンの大学での友人らしい。

 レベルや階級はジュンと同じくらいの初心者だ。


 Haru:宜しくお願いしますね


 ACHI;こちらこそ宜しくお願いします


 JUN:君達、固いぞー、みんなタメなんだからもっと砕けていこーよー


 JUN;ACHIはね、隣の部屋のアダチなんだよー


 Haru;え!! あのアダチさんなんですか??


 ACHI;一体どんなアダチだと説明してあるんですか


 JUN;えーとね、内緒


 Haru;隣に面白い人がいるって聞いてますよ


 JUN;ハル! ダメダメ! 言っちゃダメだよー


 ACHI:ほほー、どう面白いのか聞かせて頂けませんか?


 Haru;これ以上言っちゃダメっぽいので、やめときまーす


 この日からアダチ青年のネトゲライフに、ジュンとハルが加わった。

 だいたいはジュンとハルが話しているのを聞きながら、ツッコンだり、クエスト進め方を教えたりする。

 どちらも初心者だが、若干ジュンの方がマシだろうか。

 教える事は多そうだと思うアダチ青年。


 Haru;そろそろ今日は落ちますね


 JUN;あ、じゃあ私もお風呂入ろうかなー


 ACHI;では、またご一緒しましょう


 それぞれに、またねーと言って解散した。

 簡易扉からまたやろうねーと声がする。

 はーい、と返答する。

 この日、とても充実した気分で眠りについたアダチ青年だった。


 ***


 翌日、大学の食堂。


 携帯を片手に一人でラーメンを食べているアダチ青年。


 「お、アダチがいるー、なになにボッチ飯なの?」


 声がして顔を上げるとジュンがいた。

 すぐに興味は携帯へ戻り、ジュンの顔を見ずに答える。


 「便所飯じゃないだけマシですよ」


 「ね、こんな感じなんだよ、ゲームだと猫かぶってるんだから」


 ジュンが言う。


 「ん? 何の話ですか?」


 顔を上げると、そこには天使がいた。


 ジュンの後ろに天使がいる。

 少し恥ずかしそうにアダチの方を見ている。


 「こんにちは、アダチさん、わたし、ハルです」


 天使が何かしゃべった、なんて可愛らしいんだ。


 「おーい、アダチー、無視はよくないぞー」


 ハッとなってと返答する。


 「こ、こんにちは、アダチです」


 少し離れたところからジュンを呼ぶ声がする。


 「あー、あんなとこにいた、じゃあアダチ、またねー」


 天使を連れてジュンがいなくなった。


 もうすぐ夏がくる。

 アダチ青年の初恋が走り出そうとしていた。

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