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見えるもの

窓の外から微かに聞こえる機械音でふと目を覚ました。代わり映えのしない白いベッド、天井、壁、カーテン、扉。唯一様々な色を切り取る窓の向こうは、しかし、灰色に染まっていた。

 はてどうしたものか、もう一度眠る気にはなれないなと、ベッドと掛け布団の隙間から身体を抜いて、冷たいタイルの床に足をつける。壁に掛けてある時計は八時を指していて、そのすぐ近くのカレンダーには、今日の日付に赤い小さな丸が描かれている。

「ああ、今日は誕生日だ」

 自分はどうやら、十七歳になったようだ。他人事のように呟いて、自分の部屋を出る。真っ白な廊下を、ある部屋を目指して歩いていたら、前方からよれよれの白衣を着た男がやってきた。

「おう、起きたか」

「うん。おはよう。今そっちに向かうところだった」

 そうか、じゃあ行こう。そう言って何ともけだるげな足取りで男は自分の少し前を歩き出した。ぼさぼさの黒い髪が自分の目線よりも少しだけ高い位置で揺れる。相変わらず寝癖だらけだぞ。目の前のひょろ長い猫背にそう言えば、

「別にお前以外に会う人間がいないからいいじゃないか」

「でもモグラ、あまり衛生的じゃないよ」

「知るか」

 不機嫌そうにそう言うと、男――モグラは再び前を向いてしまう。彼は自分が物心ついたときにはずっとそばにいて、まるで父親のような存在であった。厳密に言えば血は繋がっていないらしいのだが。そんな彼は、自らの容姿について何かしら言われるのを酷く嫌った。どんな格好をしようと俺の勝手だろう。それが彼の言い分である。

「何をぼさっと突っ立っている。早く入れ」

 男が自分の方を見ていないのを良い事に彼について色々と考えを巡らせていると、どうやら自分と男の目的地についたようだった。

 そこは所謂リビングと言うところで、簡素な椅子とガラス仕立てのテーブルがあるだけだ。リビングと繋がるようにして作られたキッチンには、いくつかの調理器具と冷蔵庫、水道が設置されている。

 いつものように奥の椅子に座ると、男はのそのそとキッチンへと消える。文字通り、ぼうっとしながら座っていると、ジュウジュウという油の音と、香ばしいパンとバター、それに珈琲のにおいが漂ってきた。

「おい、運んでくれ」

「分かった」

 いつの間にか髪を一つに括っていた彼の作った料理をテーブルへと運び終わると、透明なそこには色とりどりの朝食が彩りを与えた。

「サラダにフレンチトースト、ソーセージに珈琲か」

「何か不満か」

「いや、充分さ。頂きます」

「頂きます」

 少々おざなりに手を合わせ、自分はまずサラダに手を伸ばす。淡い緑色に染まったレタスの上に、コーンとツナ、それに半分に切ったトマトが綺麗に盛り付けられている。作った本人の外見からは想像できないなと、大分失礼な事を考えながら、一口。

 新鮮なものなのだろう、野菜の程よい甘みが口の中に広がり、つい口元が緩む。ドレッシングもかけずに野菜を食べられるというのは、つい数十年前では想像もできないことだった、目の前の男がそのような事を言っていた気がする。

 こんな調子で朝食を食べていれば、呆れたような声をかけられる。

「お前はいつでも飯を美味そうに食べるよな」

「なにか悪いか」

「いや、作った甲斐があるってものだ」

「それに」

 そこでそっとフォークを元の位置に戻し、ご馳走様でした、と言って珈琲を一口飲む。

「人々は皆こうして食事を楽しむという。同じことをしているだけさ」

 また珈琲を一口。まだ湯気の立ち上がるそれを見ながら呟けば、男もまた、

「そうだな、うん。そうだ」

 と、慈愛の籠った声音でそう言った。

 妙に感慨深げなその言い方に、どうした、と首を傾げて問えば、なんでもない、と男は答え、ミルクを加えたカフェオレをグイッと飲み干す。

「ほら、もうそろそろお前は資料室に行け。俺は制御室にいく」

「分かった」

 何やら話を無理矢理入れ替えられた気がしないでもないが、確かにもう時計の短針は九の字を指している。残った珈琲を慌てて飲んでカップを水道で手早く洗うと、男と連れ立ってリビングを後にした。

 しばらく歩き、この階に一つだけの階段の前で別れる。今いた階は二階で、男は一階へ、自分は三階へと行くのだ。

 毎朝のように自分は資料室へ向かうのだが、そこで自分はその部屋の中にある膨大な資料は読み、纏める事を仕事としている。その資料の内容は、数十年前の人間の暮らしであったり、その頃の地球環境についてであったり。果ては数千年前に信じられていた神話についてであったりした。要は様々な知識が乱雑に置かれているのだ。それをジャンル別、年代別に分けて行く。誰かが読みに来るだとか、そういう訳ではないらしい。ただ、必要だからと、それだけを言われている。

 そして、それを言いつけた男は、先程も言った制御室というところに籠りっきりになっていることが多い。数年前、何をしているのだと聞いたことがあるのだが、その時は、

「まだお前には早い」

 とあしらわれてしまった。だから、自分は彼が何をしているのかは知らない。ただ、たまに聞こえる機械音、それを管理しているのだろうとは思う。

 そういえば自分はもう十七歳になったわけだが、そろそろ彼はこの屋敷の事や彼自身の事を教えてくれてもよいと思う。

 はあ、とため息を吐きつつ、資料室の扉を開け、部屋の奥にちんまりと設置された机に向かう。その途中、昨日読んだ資料の続きを棚から取り出す。今日読むべき資料は、「環境破壊について」「未来予測」「色彩に関する研究」だった。

 また良く分からないものが出てきたな、と憂鬱な気分になりつつまず一つ目の資料を開いた。


 腹が減った。それなりに資料の纏めを終え、一息つこうと伸びをしたら、ふとそう思った。人間の身体と言うのは集中しているときには三大欲求すら忘れるらしい。何かを食べろと、そう何度も主張する腹の虫の鳴き声に苦笑を漏らしつつ、自分は男のいる制御室へと向かう。そろそろご飯にしようと、そう言うためだったのだが、ふと資料室を出た目の前にある小さな窓に視線が向く。

 先ほどの二つ目の資料、そこには、

「今は青い空が広がり、青々とした葉が茂るこの地球であるが、数十年後には苔も生えない死の世界になっているのではないだろうか。我々はもしや大いなる間違いを犯しているのでは――」

 そういった一文が載っていた。奥付を見れば、その資料は二〇一五年、つまり今より一六二年前に書かれたものである事がわかる。

 自分とモグラは生きている。だから、死の世界が訪れた訳ではないが、しかし自分は実際に大地を目にしたことがないのだ。果たして本当にこの世界は木々の生い茂る世界のままであると言い切れるだろうか。

 何となく不安を抱えて窓の外を覗く。しかし、そこから見えるのは、ひたすら灰色の厚い雲のみ。何年も変わらず広がる色だ。青い空も緑の草木も見当たらない。何年も、変わらず。

 不意にゾッとしたものが背筋を這う。自分は、モグラは、一体。

 その悪寒を振り払うように、廊下をできるだけ早く、早くと進んでいく。無性に彼の顔が見たいと思ってしまった。

 なるだけ無心になって彼のいる制御室の前へとやってくる。

数回扉をノックすれば、中から「うーい」と、なんともまあ気の抜けた返事が返ってきて、ホッとしながらその扉を開けた。

「なあモグラ、もう十二時だ。飯」

「分かった、一寸待っていろ」

 何か良く分からない機械を奥で弄っている彼を待つ間、キョロキョロと制御室の中を見回す。なにやら銀色のカプセルが乱立し、その一つ一つがケーブルで繋がっている。無機質な機械音が普段よりも大きな音を立てて耳を震わせる、やはりたまに聞こえてくる音の正体はこれだったようだ。

 一人、うんうんと納得をしていると、作業が終わったのか、呆れた顔のモグラが俺の前に来ていた。

「なんだ、お前。変な奴だな。飯を食べなくてもいいのか」

「食べる、食べる」

 押し出すようにしてモグラに制御室から追い出され、彼が後ろ手で扉を閉めると、二人連れ立って廊下を歩く。いつも無口な彼であるが、今は何となく話しをしたくてひっきりなしに話しかけた。

「なあモグラ、今日の昼ご飯はなんだ?」

「ううむ、そうだなあ。炒飯でも作ろうか」

「いいなあ、炒飯。焼き豚入れてくれよ」

「そんなものあったかな」

「そういえばモグラ」

「なんだ」

「今日は何の日か分かるか」

「お前の誕生日だろう」

「覚えていてくれたのか」

「当たり前だ、ケーキでも焼いてやろうか」

「ケーキよりステーキがいい」

「肉々星人だな」

「成長期だからね」

 下らない会話だが、なんだかんだ質問をすれば答えてくれる彼は、どうやら今日は機嫌が良いらしい。朝は少し怒っていたくせに、何かいいことでもあったのだろうか。

 しばし彼と言葉を交わしていると、リビングに到着。朝と同じように椅子に座る自分、キッチンに行くモグラ。何やら炒め物をしている音が聞こえてくる。俺の腹はそろそろ限界だ。

「出来たぞ」

 そう言って彼がキッチンから大皿を二つ手にもって出てくる。そこにはベタついていない、何とも美味しそうな焼き豚炒飯が盛られていた。どうやら焼き豚が残っていたらしい。

 頂きます、そう言ってスプーンでご飯を掬い取って口へ運ぶ。醤油ベースの味付けがご飯とよく合っている、具も食べやすい大きさで食が進んだ。

 ペロリと炒飯を平らげた俺は、目の前でのんびりと昼ご飯を食べるモグラにある問いをしてみた。

「なあモグラ、どうしてこの家の外はいつも灰色なの」

「空気がとても汚れている。だから灰色なのさ」

「どうして汚れているの」

「環境汚染のせいだ、そこに関してはお前の方が分かっているじゃないか」

 死の世界。ふとその単語が脳裏を掠める。自分たち二人以外の人間は生きているのだろうか。

「なあモグラ、この建物の外に、人は住んでいるのか」

 妙な沈黙。何かを考え込むようにしてしまった彼に、自分は何となく泣きたい気持ちになってしまう。が、

「いると言えば、いる。いないと言えば、いない」

 結局返ってきた答えは何とも要領を得ないものだった。

「良く、分からない。自分で外の世界を見てきてもいいかい」

 自分の目で、きちんと世界を見てみたい。そう告げると、彼は怪訝そうな顔をする。

「どうした、突然。今まで一度もそんな事言わなかったろう」

「さっきまとめた資料に、未来の事を予測したものがあった。約一六〇年前のものだ。そこには、数十年後この世界は苔すら生えない死の世界になるだろう、とあった」

 ほう、と男の眉が片方跳ね上がる。興味があるらしい。

「だが、自分は今こうして豚を食べた、朝はレタスやトマトを食べた。植物や動物は生きていけるというのは分かる。だが、汚染物質で灰色になった世界、それは死の世界とは言えないだろうか、色のなくなった世界だ」

 だから。そう、言葉を続けようとすると、彼が片手を振ってそれをとどめる。

「理由は分かった。だが、ダメだ」

「どうして」

「どうしても、だ。いいから続きをまとめてこい」

 何故ダメなのだろう、その理由も説明されず、俺は結局資料室に押し戻されるようにして戻ってきてしまった。何か都合の悪い事でも隠しているのでは、そんな不信感すら感じる。その日は腑に落ちないまま仕事を終えた。

 夕飯の時刻になって、リビングに行くと、すでにキッチンには彼が経っており、

「ステーキもう焼けるからな」

 と、呑気に料理をしている。昼間の事を引きずったまま椅子に座る。やることがないと、黒い疑念が湧き上がってきて、それが首をもたげてこちらを伺っているような錯覚を覚えてしまう。だからだろうか、料理を持ってきた彼に、何やら心配そうな顔をさせてしまった。

「どうした、腹でも下したか」

「違う、何でもない。いただきます」

 目の前に置かれた料理は、普段だったらとても美味しく感じただのだろう。だが、今日はあまり美味しくなかった。そのせいか、食が進まず、少し食べただけで食器を下ろしてしまった。

「おいおい、本当に大丈夫か。具合でも悪いのか」

「違うって言っただろう、別にいいじゃないか」

「良い訳ないだろう、一緒に暮らしているのに」

 悪気のないはずのそのモグラの言葉。だが、それなら何故俺の気持ちも察してくれない、俺をこの家に縛り付けて出してくれない、そう言った不満がついに抑えきれなくなってしまった。

「なら少しはこちらの意見も尊重してくれよ、外に出るくらい、別にいいじゃないか!」

 それを叫び、自分は堪らずリビングを飛び出す。後ろでモグラが、とても焦った表情をしていたのを、自分は見ないようにした。

 リビングを飛び出て、一階に降り、玄関の前へたどり着く。その扉は相変わらず真っ白だったが、所々金の装飾がなされており、とても豪奢であった。

 ついに外に出られるのか、という期待、本当に外に出ても大丈夫なのかという不安、そう言った色々な感情がぐるぐるとまじりあって、ドアノブを掴んだまま動きが停止してしまう。しかし、ええい、ここまで来たのなら。そう思って思い切ってドアを開ければ、自分の身体を何やら生ぬるい風が通り過ぎていった。建物の中にいたのでは感じられない外の空気は、思っていたよりも重くて、あまり爽快なものではなかったけれど、十七年間生きてきて、初めて自分は土を踏んでいるのだ、空気を吸っているのだと思うと、とても感慨深かった。大きく息を吸って吐く、肺が重くなる感じがして、もう一度息を吸う。身体が痺れる感覚を覚える。力が抜けて固いものに頬が当たる。地面か、と認識したときには、自分の意識は黒く塗りつぶされてしまった。


 パチリと目を覚ますと、そこはいつも通りの自分のベッドの中だった。どことなく気怠さの残る身体を起こし、未だぼんやりと靄がかかったような脳みそを、何があったのか思い出そうとして動かす。

「そうだ、外に出てそれで、空気を吸ったら身体が痺れて」

「倒れたのさ」

 ドアの方から、モグラの声がして、そちらに顔を向ける。壁に寄りかかって、こちらをじっと見つめている。

「体調はどうだ」

「少し身体が重い」

 そう答えると、彼は静かにこちらへやってきて、ベッドのふちに腰かけた。その横顔は安堵と後悔がないまぜになったような、何とも言えない表情をしていた。今まで、こんな顔をした彼を見たことはなかった。

「ごめんなさい、言うこと聞かずに外に出て」

 自分が彼にこんな表情をさせているのだと、そう思うと罪悪感が湧き上がってくる。それと同時に、情けない、という思いで、目の前がぼやけた。

 ふう、と低いため息が目の前の男の横顔から洩れる。その吐息に、怒られるかもしれない、と身体を震わせると、彼がためらいがちにその口を開いた。

「この地球という星が、かつて人々の手で汚染されたことは、知っているな。お前、もし今まで住んでいた場所が突然住みにくい場所に変えられたらどうする」

「他の星を探すか、今の環境に適応しようとする」

「そう。俺たちのご先祖様は後者を取った。汚染された空気から栄養を作り出せるように変わっていった。しかし、元の身体のまま進化できなかった人々もまたいたのだ」

 そこでモグラは一旦口を閉じ、不意に手を伸ばして頭を撫でてくる。

「進化できなかった人々は必至に汚れた空気を清浄な空気に戻すことの出来る機械を作った。だが、それは余りにも有効範囲が狭かった」

「もしかして、それがこの家の範囲内なの」

 ぐしゃりと彼の手が一際、髪の毛を強く撫でる。そして、彼は小さく首を縦に振った。

「進化することが出来なかった人々は、これまでの世界の情報を膨大な資料として残し、この家の中で暮らしてきた。しかし、限られた少数の人々は、少しずつ数を減らしてきた。そして、その最後の子孫が、俺たちだよ」

 だから、外に出たときに身体の自由が効かなくなったのかと、自分の身体に起こった不思議を、冷静に考える。モグラが自分を頑なに外へ出させようとしなかったこと、他の人間はいるのか、という問いに対する曖昧な答え、それには全て理由があったのだ。それなのに自分は、先日彼にひどい言葉をぶつけてしまった。

 ぼろぼろと目から雫が落ちていく、そんな様を見て、モグラは酷く狼狽していた。

「泣く程外に出たかったのか、今まで話をしなかった事は謝る、だがこれは本当に仕方ない事だ、分かってほしい」

「そうじゃない」

 涙を拭かずに首を強く左右に振ると、彼はじゃあ何故、と不思議そうな顔をする。

「この前、ひどい事言ってごめん、俺は知らなかったけれど、モグラを酷く傷つけた、ごめん」

「いいんだ、それは俺の責任だ。怒鳴られても仕方ないさ」

 なんだ、そんな事か、とでも言うように、笑われてしまって、自分はどうすればいいのかなんとなく分からなくなってしまう。

「モグラ、一つ聞いてもいい?」

「なんだ」

 目に溜まった塩水を腕で乱暴にこすり、

「何故君は自分を名前で呼んでくれない、お蔭で名前が分からないじゃないか」

 そう言って彼の袖を強く引っ張った。

「そういえば呼んだことはなかったか。二人きりだったから、特にいいかと思っていた。そうだな。お前の名前はソラだよ。いつか青い空が見える日が来ることを願ってつけられた名前だ」

 忘れていた、と笑うモグラに言われた名前、自分の名前。

「なあ、モグラ。やりたいことができた」

「なんだ」

「やはり外に出て、世界をこの目で見てきたい。きっとどこかに、青い空があるかもしれないじゃないか」

 反対されるかもしれないけれど、と付け足せば、彼はそう言うだろうと思った、と笑う。

 笑うことないじゃないか、とぼさぼさの頭を叩くと、すまない、と言われる。

「ソラ、見せたいものがある。ついてこい」

 ひとしきり笑われた後、彼に連れられて行ったのは、彼の籠っている制御室だった。

「制御室がどうかしたの」

「もう分かっているかもしれないが、俺はここで空気を清浄にする機械を見ていた。だから、この間、機械の仕組みを使って、外の世界でも息ができるようになるマスクを作ってみたんだ」

 そう言って、彼は奥のテーブルの横から何やら不思議な形状の布を出してきた。

 両脇の紐を後頭部で結び、しっかりとつければ、どこでも息ができるのだという。

「ソラ、これをお前にやろう。だから、その目で世界を見ておいで。そして、是非青い空を見ておいで。見つけたその後は、一度帰ってきてほしいが」

 彼はそう言って笑う。いいのか、と聞けば、これはお前ようだから、と言われる。外の世界へ。憧れた世界は思ったよりも汚くて、息すらできないところだったけれど、こうして手助けをしてくれる人がいれば、行けないことはないのだと。そう思うと、自分の心が温かくなった気がした。


                 *          *


 珈琲を一口飲んで、ほう、と息をつく。つい数年前まで共に暮らしていた子供は、外の世界を見るために単身この家を飛び出していった。自分が背を押したとはいえ、一人ではこの家は広すぎる。モグラは困ったように笑った。

 最近は専ら機械の小型化、改良、有効範囲の拡大を目指して研究を続けている。そうでもしないと、あの子供を思い出して、寂しくなってしまうのである。

「さて、今日も籠るか」

 独り言を言って、珈琲カップを洗ってリビングを出る。と、玄関の方から音がすることに彼は気付いた。

 来客だろうかと、扉を開け、彼は微笑んだ。


「お帰り、ソラ」


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