十七話 堀越二郎
こんな話も・・・いかがでしょう?
1939年12月9日 正午
三菱重工業株式会社で職員は昼飯をとっていた。
「今度の飛行機は何が出るんですかね?」
「いや、上はもう発注しないんじゃないか?零戦は最強だ、と豪語してるんだから」
技術工の彼らは注文した物が来る前に談笑していた。
彼らにとっても零戦は誇りだった。
「支那戦線でもだいぶ戦火をあげているらしいぞ、今度の戦も勝つんじゃないかね」
「そりゃいいや!」
話に花を添えていると注文していた物が来た。
それと同時にある一人の男も彼らの横に座ってきた。
「ここ、いいかな」
彼らの見上げた先には零戦の生みの親、堀越二郎であった。
「ああ、堀越さん!どうぞどうぞ、今ちょうど零戦の話について聞きたかったんです」
失礼するよ、と言って堀越は丸椅子に座った。
「堀越さん、零戦は最強って今日の新聞にも書いてあったが96式とはどう違うんだい?俺達にはまだ良く分からないんだ」
96式とは勿論96式艦上戦闘機のことである。
「ああ、いいよ・・・ちょっと箸を借りるよ」
そういって堀越は彼らに有無を言わせず彼らの箸を取った。
「まあ、まず96式と同じところを説明するよ。全面的な沈頭鋲の採用、軽量化、主翼翼端の捻り下げ、スプリット式フラップ、落下式増槽などは96式から受け継いだんだ。今度は違うところだ、主翼と前部胴体の一体化だね」
そこまで言ったところでもう一人の技術工が話を割った。
「すみません堀越さん、一体化はどこから?」
「ああ、陸軍の97式戦闘機だよ。」
ああ、そうでしたかと言うように彼は首を頷かせた。
「他に分からない事は?無いようだね・・・続きを言うよ、上昇力、航続力、戦闘力・・・どれも全てが96式艦戦を上回っているよ。特筆すれば96艦戦の武装は7.7mm機銃2挺だったけど零戦は機首に7.7mm機銃2挺、翼内に20mm機銃を2挺という重武装なんだ。アメリカの戦闘機は最大でも12.7mmなんだからそれ以上の対策は出来ていない。つまり20mmが火を噴けば敵機なんてあっという間に落ちてしまうんだ。」
ははあ、と技術工の二人は感心した。
アメリカでも研究されていない飛行機をこの人は開発してしまったのだ。
まるで目の前に超能力者が現れたような反応をしていた。
「でだ、軽量化やフラップのおかげで格闘戦が比較的容易になってる・・・例えてだね・・・よっと」
そう言いつつ堀越は箸を取った技術工が注文したカレーうどんに一膳の箸を漬けた。勿論その箸にはターメリックがつき黄色が付着している。
「軍隊では練習機は橙色になっているそうだ・・・この箸を零戦の練習機に例えよう。そして色が付いていない方が敵機とする。このように・・・」
『堀越技術官、堀越技術官、至急会議室まで出頭願います』
と、話を続けようとしていた堀越の話はアナウンスに打ち切られてしまった。
「どれ・・・悪いがまた今度ね・・・」
そういって堀越は駆け足で食堂を後にした。彼らは堀越の話の熱で意識がほぼ飛んでしまっていた。まあ、また聞けばいいやと二人は笑いあったが彼らは大事なことに気づいた。
「箸・・・返してもらってないや・・・」
彼らは泣く泣く食堂を後にするのだった。