バッドエンドなんて回避してみせましょう
三歳ぐらいからでしょうか。わたくしは常にこの世界は何か違うがそれでも正しいという矛盾感に苛まれながら生きてきました。何をしても「お嬢様は素晴らしい。お嬢様のおっしゃることは正しい。」としか言わない周りの者達には違和感を。けれども、わたくしがわたしくであることは自然であると。そんな矛盾を抱えたままの日々でしたが、お父様のような人格者でお母様のような立派な淑女でありたいという願いがわたくしを曲げることなく今日という日を迎えることとなりました。
「あぁ、本当に憂鬱でしかたないわ。さっさと終わらないかしら。」
今日は六歳になった第二王子の誕生パーティー兼お披露目パーティーが開かれており、侯爵家令嬢であるわたくしも当然参加しております。ですがわたくしはパーティーのような華やかな場はあまり好きではなく、にこやかな笑みを浮かべつつも思わず小さくではありますが愚痴を零してしまいました。
「フェリシア。クレイグ殿下がそろそろいらっしゃるから粗相のないようにな。と言っても既に淑女の中の淑女であるフェリシアなら問題ないだろうけどね。」
「それどころかクレイグ殿下も可憐なフェリシアに見惚れてしまうかもしれませんわね。」
おそらくそんな私に気付いたのだろうお父様とお母様が、からかいを含んだ笑みを浮かべながら言った言葉に恥ずかしさを覚え誤魔化すように拳を握ると。
「とっ当然ですわ!だってわたくしはお父様とお母様の子ですもの。皆から憧られる淑女になるのは当たり前のことです。」
っと恥ずかしさのあまり淑女にあるまじき声量で反論してしまいました。こういうのを恥の上塗りと言うのでしょうね。先ほどの失態といい本当に顔から火が出るかと思うほどの恥ずかしさです。
そんな風に、わたくしが恥ずかしさのあまり内心で身悶えている間に時間になったようで、クレイグ殿下の登場の知らせが会場内に響き渡り、王族の方々を除く全ての参加者が顔を伏せクレイグ殿下のご挨拶を拝聴しておりました。
クレイグ殿下のご挨拶の後、参加者の皆様が一斉に顔を上げ爵位の順にお祝いの言葉と挨拶に向かうためそれとなく列ができ始めあっという間にクレイグ殿下のお姿は隠されてしまいました。顔を伏せていたためまともにクレイグ殿下を拝見することが出来なかったわたくしは残念に思いましたが、どうせご挨拶の時にお会いになるのだからと自らを慰めると、未練がましく囲いをチラチラ見つつも大人しく順番を待っていました。その時です。不意に囲みの隙間が大きくなりその隙間からクレイグ殿下のお姿を拝見出来たのは。そしてお姿を拝見した時わたくしは私としての記憶を取り戻したのです。そしてそのまま膨大な記憶に押しつぶされるかのように意識を手放しました。後から聞いた話ですと、わたくしの突然の失神に一時は騒然としたそうですがお父様の機転により恙なくその場を立ち去れたようです。ただそのせいでわたくしは、病弱な深層のご令嬢という認識が皆様の中に植え付けられたようですが。
「……これが三日前に起こった出来事ですか。それにしてもまさか『アナタと共に』の世界に転生してしまうなんて。でも、私はやっとわたくしになることが出来たのね。生まれ変わったことでようやく本来の姿になることが出来た。ここに彼がいてくれたらどれだけ幸せなことか。前世では叶わなかったことが叶うというのに。」
目が覚めてからは、それはもう嵐が起こったかのように上から下まで大騒ぎでした。すぐさま主治医が呼び出されると、何度も診察をうけ滋養のあるという薬湯を飲まされる日々。ようやく異常なしとされたのがお披露目パーティーから三日経った今日なのです。一応今日まではベッドの上の住人になるように、お父様達に厳命されましたがこれでようやく物思いに浸れるというもの。今日はゆっくりしたいと人払いしたため独り言が零れてしまっても問題ありません。当然頬を伝う涙を隠す必要もないのです。わたくしが、今の姿に歓喜しそれと同時に悲しみに暮れているのには前世が大いに関係しております。
わたくしの前世は身体は男性でしたが精神は女性。つまり性同一性障害者だったのです。このことは親兄妹を含めた周囲にカミングアウト済みでしたし、殆どの人達から理解を得られたので精神的苦痛が和らいだのは幸いだったのでしょうね。特に両親と兄妹の理解を得られたのは大きかったと今でも思っています。そして何よりも、私には分不相応と言っても過言ではないほどの素敵な彼氏が私の心を守ってくれていました。彼は本来ゲイで、女性には欠片も興味がなかったのですが私のことは別だと熱弁してくれました。この時は嬉しさのあまり、彼に抱きしめられたまま号泣してしまったのは思い出した今でも穴を掘って隠れたくなるほど恥ずかしい思い出です。結局私は、彼の同僚でストーカーだった女性に刺されて人生に幕を閉じましたが幸せな人生だったとわたくしになった今でも断言出来ます。ただ、家族と彼のその後が心配ではあります。私のことに縛られず幸せになってくれていたら良いのですが……。
「いけませんね。このままでは無限ループに突入した挙句キノコが生えるレベルでジメジメしてしまいそうです。今は切り替えてこれからのことを考えねば。」
頭を軽くふって切り替えたわたくしは前世で唯一プレイした乙女ゲームに思いを馳せました。っと言ってもプレイをした攻略キャラは第二王子だけですのでそれほど詳しくはないのですが。元々このゲームを購入しプレイした動機は第二王子が彼にそっくりだからという理由のみ。妹と買い物中、たまたまゲーム店のディスプレイに飾られていたこのゲームが目に入り、そのパッケージに描かれていた第二王子を見た時は妹と共に笑いを堪えるのに必死でした。もし周りの目が無ければ二人とも笑い転げていたでしょうね。それほどまでに第二王子のイラストと彼はそっくりだったのです。これは何かの運命だと即購入した私は彼と共に笑いながら第二王子を攻略したのです。その後は、妹が面白がってやりたがっていたので譲ってしまったため私が記憶しているのは第二王子のことだけ。
「いささか不安は感じますがそれほど支障はないでしょう。悪役令嬢が暗躍したのは第二王子ルートだけのはずでしたし。もしこのままゲーム通り話が進めば十歳の時にクレイグ殿下と婚約するはずですが……彼以外の人と一緒になるのは嫌ですわ。でもお父様やお母様の立場を考えると我儘を言うわけにもいかないのでしょうね。それに上手くクレイグ殿下との婚約を避けられてもどうせ誰かに嫁がされることになるでしょうし。」
彼以外の方との結婚を考えると、どうしても気落ちしてしまいますが切り替えるしかないでしょね。確かゲームでのわたくしは、傲慢で高飛車な淑女と呼ぶには相応しくない女性でしたわね。婚約者の第二王子のことが大好きで、第二王子と自分以上に親しげに接するヒロインに嫉妬してしまい様々な嫌がらせを繰り返した挙句命を奪おうとして失敗。その結果、家が没落してフェイドアウトという結末だったはず。わたくしが罪を負うだけでなくお父様やお母様、我が家で働いてくれている使用人達にまで被害を出すわけにはまいりませんわ。
わたくしにとってのバッドエンドを回避する一番の方法はクレイグ殿下と婚約しないことですね。そうすれば、クレイグ殿下と関わることも殆どなくなるでしょうし何よりヒロインとの接点が削れそうですし。ですが、家柄や年齢のことを考慮してもわたくしが筆頭候補なのは明らかですしこれは難しそうですよね。他の方法ですと、ゲームの舞台となる学園に入学しないことですね。そうすれば、ヒロインと接触することなんてまず間違いなくないでしょうし。代わりに学園には少し劣るけれども、名門中の名門であるセイクレッド女学院に通えば良いもの。でもゲーム通りだとわたくしは三属性持ちですし、もしそうなら女学院よりも魔術の造詣に深い学園に通わざるえないでしょうね。確か属性検査は七歳かららしいですし来年までこの案は保留ね。あとは、単純にわたくしがゲームのような女性にならないことかしら。わたくしの力だけで出来ることと言えばこれぐらいなのよね。でもこれ、私の記憶が蘇った時点で半分ぐらいは達成出来てる気もするけれど……。まぁマナーはまだまだな部分ばかりですし、勉強面でも頑張らないと意味がないものね。
色々と回避方法を考えてみましたが、わたくしが何処に出しても恥ずかしくないほどの淑女になることと、ゲームのわたくしのようにクレイグ殿下に盲目にならなければ回避は難しくないでしょう。少々楽観的かもしれませんが、闇雲に恐れたり怯えたりして過ごす必要もありませんし折角与えられた生ですもの。前世で出来なかった分楽しまなくては損ですわ!
そうと決まればさっそくお父様にお願いしてもっとまともな家庭教師を揃えてもらいましょう。今のままでは淑女の中の淑女になれませんものね。あぁ、なんだかこれからのことを考えるとワクワクしてきましたわ。取りあえずの目標は淑女のマナーを完璧にすることですわね。そして勉強にダンスに刺繍にその他諸々。
「そして目指すはバッドエンド回避ですわ!!」
……なんだか高いのか低いのか分からない最終目標ですわね。
因みにこの時集められた家庭教師は前作の主人公とは異なります。前作の主人公よりは劣るもののそれでも優柔な家庭教師達です。
……作中に性同一性障害のこととかゲイの彼氏がいたとか書いてるんですが前書きなりタグに何か記載した方が良いのでしょうかね?
――以降前世設定――
お名前は長谷薫さん。父、母、兄、妹の五人家族。綺麗な黒髪は胸まで伸ばされていて基本は下の方で括られている。瞳はお婆様がアイスランド人だったので隔世遺伝して綺麗な緑色。顔は内面的なものもあって中性的な美人顔。性格は薫さんのことを知る人全員が口を揃えて言うぐらいお人よし。けれど馬鹿ではないのでただで利用されるようなことはなかった模様。自身が性同一性障害であることは、中学に入る前から薄々理解しており悩んだ末中学校入学式の日の夜に家族に打ち明ける。家族も驚くもののきちんと受け止め、それ以降薫さんのことは家の中でも外でも娘、妹、姉呼びに。彼氏とは二十五歳の時に働いていたカフェで出会い、その半年後に彼氏からの告白を受けお付き合いスタート。彼氏の家族との仲は良好で両家共に家族ぐるみの付き合いをしていた。特に息子しか居なかったお義母様からは猫可愛がりを受けることに。年中無休のバカップルだった。享年三十一歳。