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改稿版

改稿版というか、もはや二話←

 痛みがあった。

 腕に走る鋭い痛みで目が覚める。


 点滴の針が抜けかけていた。


 どれだけ寝相が悪くとも、普通に寝ていれば動くことは無い点滴の針が抜けかかっている――つまりは、僕が動き過ぎたということを意味する。腕を突き上げるような姿勢になっていた。

 またあの夢だった。

 焼き海苔の缶のような筒に手首を入れられて、底のスイッチが入る。いつもそこで目が覚めるから、そのスイッチが何のためにあるものなのかはわからない。ただ、その缶の表面に「全自動手首切断機」と書かれているので、何がどうなるのかくらいは嫌でもわかった。あのスイッチが入ると、手首が切断される。そして、死ぬ。

 ここ数週間は、そんな夢ばかり見るようになっていた。これは、僕がもうすぐ死ぬのだということを暗示しているのではないかと思うと憂鬱になる。もっと生きたい。

 物心ついた時から僕の世界はこの病室だけだけれど、僕には、この病室から自力で出るという夢があるのだ。これは初めて自分が病室にいることに気付いた時より丸々十年間、変わらない思いである。

 ふと枕元の時計を見ると、デジタルの数字が深夜二時を指し示していた。日付を見ると、この前時計を見た時から三日が経っている。二日間無駄にした。寝っ放しだったのか。

 そろそろ抜けかけの点滴針が気持ち悪いので、自分で刺し直し、サイドテーブルに放りっぱなしのテープで固定した。本当は誰か病院の人を呼ぶべきなのだろうが、十年間、服を着ている時間よりも長い間、常に何らかの点滴針が刺さっていた僕なのだ。これくらい見様見真似で対処できる。

 じくじくとした痛みが引かない。

 完全に目が冴えてしまった。まあ薬のせいとはいえ三日間も眠っていたのだ。睡眠不足の対義語はもはや僕の名前で辞書に載せるべきだとも思う。訴えかけるのも申請するのも面倒だからやらないけれど。

 医者には、数千万人から数億人に一人くらいの低確率で発症する病気だ、とだけ聞いた。病名を聞いたところで僕には理解できるだけの能が無いし、脳も無い。詳しい話は両親が聞いている。それで良い。

 幸い家はかなりの金持ちだったから治療費に困ることは無いが、一度もお見舞いに来ない両親に思うことはあった。我が家の執事を名乗る初老男性と、メイドを名乗る若い女性が隔週ごとに着替えや差し入れなんかを持ってくるが、十四歳への差し入れがジグソーパズルだけっていうのもどうなの。それすらも執事とメイド、隔週を一週間ずつずらして来る彼らが毎回のように持ってくるもんだから、パズルの箱が山となって病室を埋め尽くしているのだ。正直もういらないだろ。

 閑話休題。

 不治の病、らしい。

 正確には、ほぼ不治の病。〇.〇〇〇〇〇一パーセントの確率で、二〇歳までに社会復帰が可能になるんだとか。これは厳しい闘病生活があと五、六年は続くことを意味する。

 当然死ぬのは怖いし辛そうだし嫌だ。でも、闘病生活に疲れている自分もいる。だからこうして、先程のような夢を見たりもするのだ。

 もしかして本当は、心の底では。

 僕は死にたいと思っているんじゃないのか? そう思って辟易とする。

 死にたいわけがないだろう。僕は、自力で病室から出るんだ。


          ☆ 


 執事は、名を荒川と言った。

「全自動手首切断機? 聞いたことがありませんな」

「荒川さんも知らないかー。実は森屋さんも知らないっていうんだよねー」

 森屋さんはメイドの名前だ。

「それがさ、なんかやたらと夢に出てくるんだよ、最近」

「と、言いますと?」

「うん、なんかね、その機械で手首斬られて死ぬ夢」

 実際には斬られる寸前で目覚めるのだがまあ嘘ではないだろう。手首なんか斬られたら死ねる自信があるし、缶の表面にはご丁寧なことに「全自動手首切断機」と記されているのだから。

「坊ちゃん。あまりそういうことを考えない方がよろしいかと……。早く元気になって、旦那様や奥様にお顔を見せてあげるのです……」


          ☆


「全自動手首切断機、ですか? すいません、私、そういう話苦手で……」

「森屋さんも聞いたことないかー、やっぱり」

 荒川さんに「森屋さんにも聞いた」と言った手前、彼が来た翌週にやって来た森屋さんにも同じ質問をしてみた。案の定、知らないらしかった。

「そう。着替えはそこにおいておいて。ジグソーパズルはいらないから持って帰っていいよ。ありがとう、じゃあね」


          ☆


 僕が全自動手首切断機なる物騒な名前の物のことを執事やメイドに聞いたことが、両親に伝わったらしい。荒川さんかな? 森屋さんかな? どっちでも良いや。結果的に両親が病室に訪ねるきっかけになったのだ――グッジョブ、どっちかあるいは二人とも。

「『トオル』。全自動手首切断機について、どこで知った?」

 父が神妙な面持ちでそう言った。ん?

「ちょっと待ってよ、『お父様』? 全自動手首切断機は、僕の夢の中にしか出てこない空想の産物なんだよ? その言い方だと、まるで……」

 実在するみたいじゃあないか。

「結論から言うわ。全自動手首切断機――リストカッターは、実在する」

 母がそう言う。で?

「だから? そんなことを言うために、わざわざ十年間も会いに来なかった息子に会いに来たっていうの? 『お母様』」

 僕の両親は比較的若いようだった。十四歳の息子を持つということは、いくら若くても三〇歳くらいだろう。しかし両親とも、どうみても高校生、よくて大学生くらいにしか見えない。もしかすると、父と母を名乗る影武者をも雇っているのかもしれない。だとすると、どうして僕に会いに来ないのか。

 寂しいよ、パパ、ママ、とか言えば良いのか? 言えばその御尊顔が拝めるのか。いや、今はそんなことは問題じゃないんだ。

「全自動手首切断機のことは忘れなさい。わたしたちが言いに来たのはそれだけ。あれは、欲する者の所に引き寄せられる。だから、なるべくこのことについては考えないようにしなさい」

 僕が無言でいると、父が捲し立てる様に言葉を放った。

「成人すらしていない一人息子が病気で死んだなどというスキャンダルは、会社にとってもダメージだ。このまま闘病生活を続けてくれればあと十年くらいは延命できるそうだから、お前は生き続けろ。それだけがお前にできる唯一の孝行だと思え」

 そんなことを言われると、余計に……

 彼らはわざわざそのことだけを言いに来たようで、それだけを言い残して帰ってしまった。


          ☆


 思っていたよりもつまらない人たちだった。

 あまりに金持ちだからどんな人たちなのだろうと楽しみにしていたのに、あまりに普通すぎた。もっとも、僕の世界の登場人物はそもそも数人しかいないわけで、普通の物差しが一般とは違う可能性もあるわけだが。

「難しいなあ」

 ここは一人部屋だから、人の目を気にすることなく、堂々と独り言を発する事が出来た。

 難しい。そもそも外の世界というものがよくわからないわけで、もし僕が病に打ち勝ち、そして自力で病室の外に出られたとして。もしその外の世界がつまらないモノだったらどうする? 

「どうするんだろう」

 難しいなあ。

 本当に難しい。

 それならもういっそ、外の世界への希望を抱き続けたまま、死を選んだ方が良かったりして。どうせ確率なんてほぼ〇パーセントなんだし、死ぬのが数年早まるだけじゃあないか。あと両親の思い通りになるのもなんとなく癪だし。

 生きる意味という荷を下ろすと、とたんに体が軽くなったように感じられた。


「あーあ」


 探しに行こうかな、外に。

 生きる意味を。

 でも――やっぱり、面倒くさい。

 こちとら腕を上げる事すら億劫なひ弱な人間である。

 もう考える事すら面倒くさい。

 横になる、目を瞑る、意識を手放す。これで三日間くらいは目を覚ますことは無いはずだ。

 しかし、今日はいつもの工程に一つだけ、挟んでみることにする。

 祈るのだ。

 

「願わくば――目覚めた時に、全自動手首切断機が枕元にありますように」


          ☆


――――全自動手首切断機は、欲する者の所に引き寄せられる……










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