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汝人間なりや否や  作者: killy
一日目 午後
8/31

02

 呆然とする憲次の背後から、そのとき、ぺたぺたと足音が聞こえてきた。振り返ってみると、中年男性がひとり、困惑の表情で立ち尽くしていた。

「あの、……お二人とも、バスに乗っていらした方ですよ、ね……?」

「そう云うあなたも、たしかバスに乗っていましたよね」

 中肉中背。流行遅れの形をした銀色フレームの眼鏡の奥に、どこかひとをほっとさせる温かな雰囲気をたたえた四十前後の男の容姿には、見憶えがあった。憲次が頷くと、男はほっとしたように勢いづいて頷いた。

「そうなんです!だのに気が付いたらこんなところにいて、本当に訳が判らなくて困っていたんです。ここ、どこですか?何で私たちはこんなところにいるんですか?」

 首輪が気になるのだろう、絶えず片手で触りながら、男は訊ねる。

 憲次は首を振った。

「俺も全然判らなくて、困っていたところなんです」

「そうなんですか……」

 男は目に見えて落胆した。が、すぐに気を取り直して、憲次に気弱いながらもほほ笑みかける。「ああ、ごめんなさい。勝手に騒いで気落ちして。わけが判らなくて困っているのは、あなた方も同じですよね」

「ええ、まあ……」

「私、平富と云います。平富陽一郎。●●市内の総合病院で内科の看護師をしています」

 ぺこり、とお辞儀した陽一郎に釣られて、憲次も頭を下げた。

「あ、ども。俺は佐々岡憲次です」

「佐々岡さん。よろしくお願いいたします」

 陽一郎はつづけて、小百合の方へ視線を向けて、彼女が口を開くのを待った。

「力永」

 短く呟いた小百合に、陽一郎はにっこりほほ笑んだ。

「力永さん、ですね。よろしくお願いいたします」

「よろしく」

「それで、お二人は何をしようとしていたのですか?」

 よければ自分も一緒に行動させてもらいたいと云う陽一郎に、憲次は小百合の方を見た。

「えっと、……俺の方はかまいませんが」

 そもそも自分は、彼女と一緒に行動することになったのだろうか。それを彼女は容認してくれるのだろうかと、やや不安に思った。が、小百合の方は、そうした瑣末な事で云い争いをするのも面倒くさい様子で、

「この建物を調べるつもり」

 短く呟いた。

「この建物を、ですか」

「もしかしたら誰かいるかもしれない。いなくても、何か手掛かりか説明はあるはず」

「手掛かりや説明って、何の?」

 憲次が尋ねると、早くもロッカが置いてある廊下の行きあたりに向かって歩き始めていた小百合は、

「ゲーム」

 振り返らないまま、短く呟いた。

 憲次と陽一郎も、顔を見合わせた後その後を追う。

「私たちはここに、ゲームをするために集められた」

 憲次たちがついて来ていることに、足音で気付いたのだろう、小百合は云う。

 憲次は、装飾が全くない白い廊下を眺めながら訊き返した。

「ここがゲームの会場?」

「恐らくは」

「どうしてそう判るんだ?」

「タブレットにそうあった」

「タブレット?」

「部屋に置いてあった、主催者が用意した物。君の部屋には無かった?そこに、ゲームに関する詳しい説明は、後ほど全員が揃ったところでするとあった」

「ああ、そう云えばそんな文章があったっけ。何か知らないけれど、俺が7番で――」

「役割のことなら、云わない方がいい」

 ロッカの扉を開けながら、小百合が鋭く憲次を遮った。「……と云うか、むしろ云うな。むやみに他者に教えるなとあったはず」

「そう云えば、そんな但し書きがあったっけ」

 小百合の肩越しにロッカの中を覗き込みながら、憲次は思い出していた。

 ロッカの中には、スティック式の小型掃除機の他、プラスティック製のバケツ、モップ、はたきや箒、塵取りや使い捨てのペーパーを挟んで使う埃取りスティックまで、基本的な掃除道具が入ってあった。

 それらをざっと眺めてからロッカを締めた小百合は、今度は反対側の、両開きの扉がある端に向かって歩き始めた。自然、憲次と陽一郎もその後に続くことになる。

「注意書きにもそうあったはず。それに、他人の役割を知ってしまった際のペナルティもまだ判らないのだから、あまり軽率な言動はしないでほしい」

「それは、……悪かったな」

 ムッとした憲次が低く呟くと、小百合は、解ればいいと、素っ気なく頷いた。その態度に、憲次はますますムッとしたものの、陽一郎の目があることもあって、憤りを飲み込んだ。

(可愛くねー女!)

 胸の中でそんなことを吐き捨てる。

 そうして不思議に思った。どうして自分は最初に会った時、あんなに彼女に惹かれたのだろうか、と。

 前を行く小百合の後ろ姿を観察する。が、ピンと伸びた細い背筋をいくら眺めても、理由は全く判らなかった。


 小百合の背中からふと視線をそらした憲次は、ドアの扉に番号がついていることに気がついた。結構目立つのにこれまで気付けなかったのは、それだけ緊張していたということか。

 01から13まで。3センチほどの大きさの真鍮製の飾り気のない数字が、覗き窓の下に張られている。

「これって、タブレットにあった番号と同じ?」

 廊下の中ほどで思いついて、07とある部屋をのぞいてみると、案の定、バックパックの乗ったテーブルがあった。

「なるほどね」

 これなら自分と他の人の部屋を間違えることはないなと、正直云えば既に自分が出てきたドアがあいまいになっていた憲次はほっとした。

「私は8番。佐々岡さんの斜め向かいですね」

 陽一郎が云った。

 部屋番号は、廊下の両脇に並ぶ部屋部屋で、向い合わせに続いているようだった。憲次の部屋のある側は奇数番号が、向い側にある陽一郎の部屋の並びは偶数番号が続いていた。

 小百合が何番の部屋なのか、気にはなったものの、二人の会話が聞こえているはずなのに無視している彼女の様子を見るに、教える気はないのだろう。もっとも、知り合って間もない、ほぼ他人と云える男に自分の部屋を教えたがらない気持ちも判らないでもない。


 長い廊下の突き当たりを目指して歩いていると、ちょうど通りがかった09番のドアの隙間から、恐る恐る、と云った態で女性が顔をのぞかせた。

「あの、……バスでお会いした方ですよね?」

 見た目十代後半から二十代初めの彼女は、いつでも部屋の中に逃げ込めるようにと云うように、小さく開いたドアの取っ手を握り締めながら憲次たちにそう話しかけた。

「ここ、どこですか?気が付いたらここで寝ていて、わけが判らないんですけれど」

「あいにくと、私たちも何も分からないんですよ」

 3人を代表して、陽一郎が答えた。「それで、何か教えてくれる人か物はないかと思って、色々と見て回っているところなんです」

「そうなんですか……」

 傷んだ爪を口元に持って行きながら、彼女は俯いた。栗色に染めたボブスタイルの髪がさらっと流れてその表情を隠した。と思ったら、彼女は意を決したように思いつめた顔を持ち上げて云い募った。「あの、ここって気味悪くないですか?私が普段使っている基礎化粧品まで同じものが揃っていて、一体だれがいつ、こんなのまで調べたんだろうって。すごい気持ち悪いんですけれど」

「あなたのところもそうなんですか?」

「私のところも――ってことは、あなたのところもそうだったんですか?」

「そうなんです。……といっても、私は化粧をしませんから、あったのは乾燥肌を防ぐための化粧水と、アフターシェービングローションくらいなんですが」

 あはは、と陽一郎はわざとらしい笑い声をあげた。が、誰もそれに同調してくれないと気づくと、笑い声は尻すぼみに小さくなってゆき、やがて止まった。

「ええと、……遅くなりましたが、私、平富陽一郎と云います。こちらは佐々岡憲次さんと、力永さん」

 陽一郎が紹介してくれたので、憲次はそれにあわせて、「どうも」と小さく会釈した。その脇で、小百合も無言のまま小さく頭を下げる。

「私、対木多江と云います」

「それでは対木さん、対木さんはこれからどうしますか?」

 訊かれた多江はきょとん、とした。

「どう、とは?」

「私たちはこれから、あの扉の向こうを確認してきます。対木さんはどうしますか?」

「私……」

 自分では決めかねるように、多江はおどおどと3人に視線を投げかける。見かねた憲次は口を挟んだ。

「何かあれば、俺が後で知らせようか?」

 多江は目に見えてほっとした。

「そ、そうしてもらえると助かります」

「じゃあ、そうするよ。またあとで」

「よろしくお願いいたします」

 ぺこりと頭を下げた多江がそそくさとドアを閉めると、小百合はまたすたすたと歩き始めた。憲次たちもまた後を追う。長い廊下を歩き切る前に、何度か同じやり取りがあって、一行は毛里枝亜、山口麻緒佳、白井空我くうが、万田鈴を含めた7名にまで膨れ上がっていた。他の人間は、対木のように何かあったらあとで知らせてくれと頼む者もいたし、太仁のように、そもそも部屋から出てこなかった者もいた。

 一人部屋から顔をのぞかせるたびにそれぞれ自己紹介を繰り返していたので、廊下を歩き切るまで、思いのほか時間がかかった。が、おかげで行動を共にしている面々に限って云えば、憲次にも顔と名前を覚えることができた。小百合を除けば、バス車内で色々と印象深かい言動を繰り返していた伊東光代以外記憶に残っていなかったことを鑑みれば、これは結構ありがたかった。

 これから何をさせられるのかは依然まったく判らないけれど、何をするにしろ、名前も知らない他人と一緒と云うのは気が滅入る。

 合流した人たちの記憶や話を合わせて考えると、バスに乗り込んだ参加者は全部で13名。男6、女7名であるらしい。

 年齢は女性陣の手前、詳しいことが訊けなかったが、職業は、会社勤めだという毛里、万田、主婦でパート勤めをしているという山口、今は特に何もしていないという無職の白井など、結構多岐にわたっていた。

 ようやく扉の前にたどり着くと、小百合は無造作に、ためらうことなく取っ手に手をかけて開けた。

 その思い切りの良さに、憲次は怯んだ。

(おいおいおい。扉の向こうに何か変なものがあるとか、考えないのかよ!)

 もっとも、実際に開けてみた先には、変なものも危険なものもなかった。

 扉を開けた先は、広いスペースだった。

 奥の方は食事スペースらしく、大学の学食にあるような長テーブルと椅子が整然と並んでおり、カウンタごしに調理スペースがあるのが見える。

 手前の方は、云ってみれば娯楽スペースらしく、ミニ卓球台やカラオケのハード機が一隅に整然と置かれてあるかと思えば、反対側の隅には座りやすそうなソファが数脚あって、座面から数メートル距離を置いた先にテレビとブルーレイ再生機の方へ向けられてある。複数人が同時に別の映画を見れるように、と云う配慮だろうか、テレビは2台用意されてあった。近くには数十枚の映画ブルーレイが納められた棚があり、別の本棚には最近はやりのマンガや小説がぎっしりと詰まっていた。

 食事スペースと娯楽スペースを区切る壁らしきものは何もないが、二つの境には大きな古時計グランドファーザーズ・クロックが立っていて、カチカチと一定の音を刻んで時を示していた。

 小百合は相変わらず、無造作と思えるぞんざいな態度ですたすたと広間に入って行く。憲次たちがその後に続いて入った、その時。


『やあ。僕のお茶会へ、ようこそ』


 不意に大きな声が、スピーカから流れた。

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