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汝人間なりや否や  作者: killy
一日目 午後
7/31

01

 酷い頭痛と頸部への違和感で目が覚めた。

「……ここ、どこだ?」

 乾いて痛む目をこすりながら、憲次は起き上がってボーっとあたりを見回した。

 見覚えのない室内だった。

 広さは八畳ほど。エンボス加工された白っぽいベージュの壁紙が壁と天井とに貼られている。クリーム色のカーペットが敷き詰められた床の、壁際の一端に置かれたベッドのカバーの上に、憲次はいた。

 室内の家具はベッドの他には、小さなテーブルと椅子一脚。テーブルの上には、憲次のバックパックとオーバーが置いてある。他は、高さ1mほどのチェストと、その上の壁にかかっている鏡だけだ。全ては全国チェーンの量販店で一度に揃えたように、色や素材は揃っているが、いかにも軽そうで安っぽい。

 窓はない。高い天井に埋め込まれた照明が、プラスティックのカバー越しに白々とした明かりを室内に投げかけている。

(ここは、どこだ?俺はどうしてこんなところで寝てたんだ?)

 頭痛のせいか、頭の芯に痺れたような不快な感覚があって、巧く思考がまとまらない。痛む頭を押さえてしばらく呆然と、室内を眺めやっていた憲次の耳に、メールの受信音に似た電子音が届いた。

「なんだ……?」

 音のした方に目をやる。それまで気がつかなかったけれど、チェストの上にはB5版大のタブレットが置いてあり、それが通信を受けた事を示して小さなアイコンを明滅させていた。

 ほとんど条件反射でタブレットを取り上げて画面を操作する。滑らかに展開したファイルには、大きく、


『あなたは07番。村人です』


 と大きなフォントで書いてあった。


(『村人』?何だこれ。おれ、一応☆☆市民なんだけど)

 大学に通うために移した住民票を思い出してそんなことを考える。出身は別の市だし、本籍も同じ。生れてからこれまで、村というところに籍を置いたことはないはずだ。

 いぶかしく思いながら、タブレットを操作する。スクロールした画面下部には、文章の続きがあった。見出しより細かい文字でつづられた文章には、


『注意:このファイルは、開封後2分が経過すると、自動的に削除されます。

 また、自動削除以前に、ご自身でファイルを閉じられても、同様の処理がおこなわれます。

 ご自分の役割をお忘れなきよう、お気を付け下さい。


<<老婆心から忠告させていただきます。>>


 ゲームの詳細――後ほど、食堂広間で参加者全員が揃いましたところで説明させていただきます――が知れるまで、このことは他のゲーム参加者には隠しておく方が安全かと思われます。』


 と、親切ごかしにあった。


「安全って、なんだ?」

 ゲームとあるが、それと関係あるのだろうか。


(そう云えば俺はもともと、何かのゲームに参加するために、出かけたんだっけ。それでウサギのかぶり物かぶった奴が出て来て……)


 そこまで考えて、はっとした。意識を失う直近の記憶を思い出したのだ。

「あンの、ウサギ野郎!」

 バスで妙な薬を嗅がされたことを思い出して、カッとなる。

「ふざけた真似してくれやがって!何のつもりだ!」

 面と向かって詰問して、場合によっては一、二発殴ってやらないと気が済まなかった。

 タブレットを置いて、室内を見渡す。

 部屋にドアは3枚あった。

 一枚は、トイレ。もう一枚は、脱衣所を経てユニットバスへと続いていた。脱衣所には洗面台の他、洗濯乾燥機があり、洗剤や歯ブラシ歯磨き粉等、各種洗面用具が揃っていた。

 置いてある品々がどれも、普段自分が使っているメーカ品であることに気がついた憲次は、眉をひそめた。

(偶然、だよな……?)

 残った一枚、クリーム色に塗られた鉄製のドアは、憲次の胸の高さに、直径10センチほどの、のぞき穴と云うには大きすぎる窓がついていた。部屋の内側には、外から容易に覗けないよう、遮光布製のカーテンが下がっていた。大きなケースで保護されたレールで扉に装着されているカーテンを開けて覗いた、羽目殺しのガラス越しに見える外は、同じ色彩に塗られた、同じようなドアが並ぶ廊下だった。見える範囲で人の姿はない。憲次は外を眺めながらノブを握って腕に力を込めた。が、渾身の力を込めて押しても引いても、びくとも動かなかった。鍵でもかかっているのかと、綿密に確認してみたけれど、ドアには、内部から操作できる鍵機能がついていなかった。

(まさか、……閉じ込められた?)

 ひやりとした。

「おい!おい、外に誰かいないのか?おい、開けろよ。ここを開けろ!」

 が、いくら激しく叩こうが叫ぼうが、誰一人、ドアの側にやってくる気配はなかった。

「おい!」

 何分かそうして暴れた後、憲次は外へ出ることは一時保留とし、何か脱出に役立つものでもないかと、改めて室内を探すことにした。

 まず目についたチェストの引き出しを開けてみる。中には、憲次が好きで普段着ているブランドの服があった。

 シャツやパンツはもちろんのこと、肌着の類に至るまで、全て憲次のサイズ、嗜好に沿った物が用意されていることに、憲次はぞっとした。

「何だ、ここ……。誰がこんなことやったんだよ……?」

 気持ち悪いと、そう思った。

 頬をこすった憲次は、はずみで触れた自分の咽喉に硬い感触を覚えて、ぎょっとした。

「なんだこれ?!」

 鏡を覗き込むと、驚愕の表情を浮かべた自分の頸部に、銀色に輝く幅2センチほどの輪がはまっているのが見えた。皮膚にぴったり密着しているそれは、首輪のようだった。肉体的に息苦しくはないが、別の意味で重苦しい。

「どうなってるんだよ……?」

 泣きたくなった。わけが解らない。誰でもいいから、助けてほしかった。

「助け……って、そうだ、警察!」

 本人の意思を無視してこんな場所に連れて来て閉じ込めるだなんて、立派な略取・誘拐罪だ。警察に通報すれば、捜査してくれるはずだ。

 窓もないため、現在位置が全く判らないのが不安だが、警察ならスマホのGPS機能を利用して探し出してくれるはずだ。

「スマホスマホ……って、あれ?」

 普段外出するときは大抵そこに突っ込んでいる、パンツのポケットを探る。が、手になじんだ感触はそこにはなかった。

 嫌な予感がした。

 慌てて他のポケットもまさぐるが、そこにもない。まさかと思ってバックパックの中も探して見るけれど、着替えやその他のものは無事なのに、スマホだけが影も形も見当たらない。

「やられた……」

 誰かは知らないが、憲次をここに閉じ込めた輩は、憲次が外部に助けを求めることを阻止したいらしい。一縷の望みをかけてタブレットを確認してみたけれど、やはり、外部に連絡するアプリは入っていなかった。もちろんネットにもつながっていない。

「あれ?じゃあ、さっきのファイルはどうやって届いたんだ?」

 不思議に思ったけれど、そもそも憲次はパソコンやプログラミングには、人並み程度にしか詳しくない。しばらく画面に触れていじってみたけれど、解ったことはと云えば、タブレットに入っているのがメモパットと画像再生のアプリのみだということ。カメラ機能はついているのに、それを動かすアプリは入っていないため、画像の記録装置としても意味をなさないこと、それくらいだった。

「何なんだよ、一体……」

 俺が何をしたって云うんだ、何の罰だよこれ、などと気弱い愚痴が口を突いて出た。それが聞こえたわけではないのだろうが、カチリ、と小さく金属音が聞こえた。

 見ると、先ほどはあれほど力を込めてもびくともしなかった廊下へと通じるドアが、小さく内側に開いて揺れていた。

 憲次は固唾をのんだ。

 あれほど出たかった外だが、いざとなると二の足を踏む気持ちになる。

(罠じゃあ、ないよ、な……?)

 恐る恐る、開いた隙間から外を覗き込む。

 覗き窓越しに伺った廊下に並ぶドアの列は、憲次の部屋の者同様、薄く開いていた。が、その向こうに誰かいるのかまでは判らない。

 しばらくそうして様子をうかがっていたところ、隣のドアが大きく開かれて、誰かが廊下に出た気配がした。

(誰だ?)

 恐怖を覚え、いつでもドアを閉められるようノブを握り締めた憲次の目の前を、小百合がすたすたと無造作に歩いて行った。

「り、力永さん?!」

 驚いたあまり、転げるようにして廊下に飛び出した憲次を、小百合は無感情に見下ろした。その喉もとには、憲次同様銀色に光る首輪がはめられている。

「なるほど。あなたも、いたのね」

「いたよ!……って、アンタ、なんでそんなに落ちついてるわけ!?何か知ってるの!?」

「知らない。だからこれから確認する」

「確認するって、何を?」

「自分が置かれた状況。つまり、この建物の構造」

「建物見て、何か判るのか?」

「判る」

 落ち着いた無表情で淡々と頷く小百合に、憲次は少しイラっとした。何でこいつはこんなに落ちついているんだろう。自分はこんなにうろたえているのに。落ち付き払った小百合の顔を見ているうちに、憲次は無性に腹立たしくなってきた。

「何が判るんだよ。窓一つない、地下室みたいな所なのに、何が判るって云うんだよ!?」

 見たところ、廊下にも窓の類は存在しなかった。憲次がこれまでいた部屋と同じ作りのドアが向かい合わせに順々と並んでおり、前後の突き当りはそれぞれ鉄製のロッカを置いた行きどまりと、両開きの大扉があるだけだ。天井に並んだ等間隔の明りが、室内と同じく白いプラスティック製のカバー越しに白々とした明かりを落としている。

 厳しい口調で詰問された小百合はしかし、眉一つ動かさず、淡々と話し始めた。

「例えば。最初目覚めたとき、廊下に通じる部屋のドアは開かなかった」

「ああ。そうだった。けれどそれがどうかしたのか?」

「しかして、しばらくするとドアは開いた。確認したところ、ドアの内にも外にも、鍵穴もそれに類する類の機能も見当たらないが、ドアの側面内側には、恐らく鍵なのだろうと推測できるスライド式の突起があり、ドア枠には、それを受ける穴があった。恐らくこのドアは、遠隔操作で施錠、解錠ができるようになっている」

「それがどうかしたのか?」

「室内にいる人間が何らかの条件を満たす行動をする。それがじかに解錠の合図となるのかとも思ったが、見たところこの廊下に並ぶドアは全部、ほとんどタイムラグなしに開いたらしい。見たところ十余の部屋があり、そこに一人ひとり人間がいるとしたら、それら全員がほぼ同時期に、同じ行動をするとは考えにくい。ここに連れてこられるにあたって、何らかの薬品を使われたことからしても、それは明白。

 同量の薬品を使用したところで、その効果が発揮される時間には、個人差がある。体格、年齢、性別。これらがまちまちな集団において、細かい時間設定は無意味。最長時間効果を発揮するだろうと予測される数名の症状を基に時間設定をした可能性も、ないではないが、そこであのタブレットの文章が問題になってくる。

 目立つ音で注意を引いたことからも推測できるが、ゲームの説明をするにあたって、主催者は、我々個々人が、それぞれに、自分に割り振られた役割を知っていてもらいたいと思っているらしい。しかして見知らぬ部屋で目覚めた際、ドアが開いていたらどうするか。その人は必ずしもタブレットを触るとは云えない。むしろ室内の探索は放っておいて、脱出を図る者もいるはず。

 タブレットを通じて渡される情報を、私たちに知っておいてもらいたい、という主催者の意向からして、タブレットのファイルを開いてから規定時間が経過したら、何らかの手続きがなされる、それを各部屋ごとに集計して、全部屋が揃ったときに一斉に開錠する、という可能性もあるが、完璧を期するなら、タブレットのみを通しての情報収集は不完全だ」

「だから何だって云うんだ!?結論を云えよ、結論を!」

 長い説明にイライラした憲次が結論を求めると、小百合は可哀そうな者を見る目でちろりと彼を見、

「結果だけを云えば、つまり、私たちは見張られている」

「見張られている?」

「個人個人を寝かせていた室内を監視しているのだから、恐らく廊下にも、どこか目立たないところにカメラがあるのだろう。そのカメラの向こうに誰かがいて、室内に閉じ込めた人間全員が何らかの条件を満たした行動を行ったことを視認し、次のステージであるこの廊下へ出て来いと、部屋の鍵を外した。そういうことだ」

「見られている……」

 憲次は呆然と、辺りを見回した。

 防滑性ビニル敷きの床に、室内よりやや白味の勝ったエンボス加工の壁紙が貼られた壁面。壁紙と同じ色に塗られた天井。どこにも、それらしいものは見当たらないが、今このときも、自分たちは見られているのだろうか。


 誰とも知れない、顔も知らない輩に。


 底しれない悪意のようなものを感じて、憲次はぞっとした。

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