04
投票は、伸夫の提案で『生存者』全員が広間に集まって、そこで行われることになった。
「やっぱり、重要なことは全員でそれぞれの顔を見てすべきでしょ?」
そう云う伸夫の顔は、幼児のような嗜虐性を露骨に出して輝いている。彼が意地悪い目で見つめる先には、伸夫自身が力ずくで部屋から連れ出した空我の、不貞腐れた顔がある。どうやら彼は、自分を面罵した空我を、全員で眺めながら『処刑』することに喜びを見出しているようだ。嬉々として時計を眺め、
「まだかなまだかな~、処刑開始の時間はまだかなぁ~?」
と、うきうきしている。
憲次たちは素知らぬ顔で、それぞれ本やマンガを読んだり、タブレットをいじったりしている。
そして。
投票時刻となった。
タブレットに現れた投票画面を、伸夫は嬉々として操作した。
「はっは~!これで人狼さんにはおさらばだ~」
バイバーイ、などとわざとらしく空我に手を振って見せる。その目が、ふと手元のタブレットに移り……
「な――っ!」
驚愕に見開かれた。
空我はともかく、憲次、陽一郎、小百合、麻緒佳。その場にいる全員が、伸夫が人狼であると認定し、投票していた。
「なんで……」
「あなたがまたサボってくれた皿洗いのときに、4人で話し合ったんです」
陽一郎が云った。「それで結論を出しました。あなたが人狼だろうって」
「――なっ!」
「あなたは、自分がついた嘘くらい、きちんと憶えておくべきでしたね」
絶句する伸夫に、憲次は淡々と話す。「俺と平富さんに、サークルを組みましょうって誘ってくれたのは、つい昨日のことだったじゃないですか」
「それがどうした?」
「サークルは、巫子や猟師といった役持ちのひとは組めない。最初に説明されましたし、タブレットにある説明書ファイルにも、きちんとその旨記されてあります。あなたがあくまで自分が猟師だと云い張るのなら、昨日のあなたの言動はおかしいということになる」
「そ、そんなの……ちょっと勘違いしただけだろう!」
「そうですね。でも、俺たちは他の可能性も考えました。『組んだサークル内部に、人狼が混じっていた場合。そのサークルは全滅する。』人狼は、それを狙ったんじゃないかって」
「そんなの、お前たちの想像じゃないか!」
電子音が鳴り響き、投票が確定したことを知らせる。
『決定。桐谷伸夫:処刑』
タブレットに表示された文字を確認した憲次は、しっかりと頷いた。
「そうです。想像です。けれど、現時点で最も疑わしい人物は、今云った理由から、あなたでした。それに、あなたが人狼なら、ここで自分が猟師だって、周囲に勘違いさせるのは非常に強力な隠れ蓑となって、事態があなたに有利になる。しかもばれる心配もない。なんの力もない村人が猟師だと嘘をついて、万が一にも守ると宣言した相手が殺されたら困ったことになりますが、あなたの場合、『守ってやる』といって恩に着せた相手を『殺さない』のも、簡単ですしね」
拍手の音が、スピーカーから降ってきた。
『なかなか面白かったよ。最後は、人狼が馬鹿なせいで、あっさり済んじゃったけれどもね』
壁いっぱいのモニタ画面に、イカレ帽子屋が現れていた。
憲次は、仮面に隠れた彼の目を睨みつけて確認した。
「つまり、桐谷さんが人狼で合っているってことだな」
優雅な所作で紅茶にミルクをたっぷり注ぎ、その香りを楽しんでから、イカレ帽子屋はおもむろに頷いた。
『そ。もうちょっと粘ってくれた方が、観てる方は楽しかったんだけれど、まあ、その人狼じゃあ、それを望むのは酷ってものだね』
「じゃあ、これでこの『ゲーム』は、『人間』側の勝ち、終了だな」
『そうだね』
「ま、待ってくれ!」
依然『刑』が執行されていない伸夫が割り込んだ。「待ってくれ!俺には金が必要なんだ!年末までに耳を揃えて2890万!2890万円揃えないと、俺の工場が人にとられちまうんだ!女房は出て行っちまうし、俺、もう、どうしたらいいのか……お願いだ、頼む、金をくれ!」
モニタ画面に向かって土下座するが、イカレ帽子屋はまったく心を動かされた様子を見せなかった。
『それはキミの都合でしょ。僕には関係ない。僕を楽しませてくれなかった無能なヤツに、どうして金をあげなくちゃいけないのさ?』
伸夫の顔が、絶望に染まった。
そのまま、のろのろと立ち上がった彼は、自分を取り囲む面々を暗い目で見回す。
「金、くれよ」
じり、じり、と伸夫が足を進めるにしたがって、その進行方向に立つ相手も後ずさる。
「金……あんたら、稼いだんだろう?俺のこと踏みつけにして、金、稼いだじゃねーか。10億も。したら3000万ぽっちのはした金、俺にくれたっていいじゃねーか」
なあ、なあ、と卑屈な笑いを浮かべて距離を詰める伸夫に、彼が醸し出す異様な雰囲気に憲次たちは声もなくして、ただ後ずさる。
伸夫の血走った眼が、自分を取り囲む人たちを順々に見比べて行き……やがて最も小柄な小百合にひたっと据えられた。そのことに気がついた憲次は、慌てて彼女を自分の背中にかばった。
「くれよ。金……3000万。なあ……なあ!」
吠えるように声を荒げた伸夫は、次の瞬間小百合に――彼女をかばう憲次に躍りかかった。
麻緒佳が悲鳴を上げた。
「くれよ、金!俺によこせよ!」
力任せに憲次を床に押し倒し、馬乗りになってシャツの襟をつかんで揺さぶる。力仕事を日常的にこなしているらしい、伸夫の太い腕は、憲次の抵抗などやすやすと無視して襟元を締めあげる。
「寄こすって云えよ!云え!云えよこの野郎!」
床に後頭部を何度も打ちつけられて、気が遠くなりかけた。と。
不意に、首を絞める伸夫の腕から力が抜けた。
訝しく思う間もなく、白目をむいた彼の図体がのしかかってくる。憲次は慌てて、足や腰のばねを使って、伸夫の巨体を自分の上からどかした。
大きく息を吸いながら見れば、血の気を落とした青白い顔で荒い息を吐く小百合が側に立っていた。その手に、ケースにヒビの入ったゲーム機がある。どうやらこれで、伸夫の頭を殴ったらしい。
真っ白な顔で立ち尽くす小百合は、今にも意識を失いそうに見えた。よく見ればその全身は、痙攣を起こしたように慄えていた。
「……大丈夫?」
小百合の目を覗き込んで訊ねると、数秒の間をおいて、彼女はこっくり頷いた。その手からゲーム機が床に滑り落ち、騒々しい音をたてる。
「ありがとう。おかげで助かった」
憲次が、驚かさないよう静かに云うと、小百合の目に涙が浮いた。
「……った、良かった……母さんみたいに……され……うかと……った!」
云うと憲次にしがみついて、子どものようにわんわん泣き始める。憲次は少し驚いたものの、すぐに小百合を抱きしめて、優しくその背中を撫でてやった。
ふたりの足元で、陽一郎と麻緒佳が、伸夫が意識を取り戻してまた暴れた時の対策用に、ゲーム機のコードを使って彼の両手足を縛っており、空我はひたすら呆然と、そんな光景を眺めていた。
『人狼の正体がばれるところはアレだったけど、最後はまあまあかな?結構面白かった』
小百合がある程度の落ち着きを見せたころ、モニタ画面の向こうからイカレ帽子屋が云った。
憲次は、にやにや莞う彼を睨みつけた。
「なんでさっさと人狼の意識を失わせないんだと思ってたが……おまえ、こうなることを期待していたな?」
『ちゃんと最後まで見届けるのが、礼儀でしょ?映画もスタッフロールまで観てあげなくちゃ』
「あんたも映画なんか観るのかよ?」
『観るよ~?最近のお気に入りは……って、僕の映画の好みなんかいらないよね。じゃあ、人狼もちゃんと確保したし、これで今回の『ゲーム』は終了。みんな、お疲れ様~』
ぱちぱちぱち、とイカレ帽子屋はわざとらしい拍手をする。
それと前後して、憲次は異臭を感じて顔をしかめた。
(なんだ、これ……)
あまいような酸っぱいようなその臭いには、憶えがあった。
(あのバスでかがされた――)
気がついた時には遅く、憲次の意識は闇に沈んだ




