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汝人間なりや否や  作者: killy
三日目 午後
26/31

03

 夕刻になると食事スペースのあたりに来て、期待顔でうろうろうろついていた伸夫は、憲次たちが鍋の支度を始めると、嬉々としてテーブルについた。

「今夜は鍋かあ!当然肉の鍋だよね?俺、魚の鍋は嫌いなんだ!」

 などと、うきうきした口調で、誰へともなく大声でアピールする伸夫を、憲次たちはまるっと無視した。が、あらかじめ相談はしてあったので、無理に追い立てることはせず、ただ鍋を乗せたコンロは彼が座る椅子から一番遠い位置に据えた。

 薬味やなべの具材まで全て運び、テーブルで麻緒佳が鍋を作り始めた頃、憲次と陽一郎は空我のすぐ後ろに立った。

「白井さん」

 陽一郎が呼びかけるが、空我はすぐには気付かなかった。

「白井さん」

 何度か呼びかけて、ついでに肩を軽く叩いて注意を引くことで、やっと空我はビデオゲームを一時中断して、憲次たちの方を振り向いた。

「何っすか?」

 不機嫌な顔でぶっきらぼうに訊ねる空我に、陽一郎はあくまでもにこやかに云った。

「今晩は、あなたも一緒に食べてもらいます」

「はああ?何で?」

「色々と、話すことがあるんですよ」

「こっちには無いし」

「これ以上私たちとの交流を拒絶し続けていると、あなたは確実に孤立しますよ。情報的にも、人間関係的にも。それはかなりまずい事態ではないですか?」

「別に。俺、別に10億欲しくないし。……まあ、くれるって云うならもらうけど、その程度?親は二人で稼いでて金あるし、それは今後増えるばっかで、俺は一人っ子。だから今後も困る予定はないし。……ってわけで、解った?あんたらは勝手に『ゲーム』で遊んでて。俺も勝手にやってるから」

 云うだけ云うと、空我はビデオゲームに戻る気色を見せる。憲次は彼の視界を遮るように、空我の目の前に立った。

「……邪魔なんだけど」

 不機嫌に空我が憲次を睨みつける。憲次は負けじと睨みかえした。

「来ないと、ゲーム機壊すぞ?」

「やってみれば?やれるもんならね」

 憲次ができないと確信しているらしい、空我は鼻先で嗤って挑発する。

 憲次は、乱暴にゲーム機の接続コンセントを引き抜いた。

「あああああ!!!」

 悲鳴を上げる空我に構わず、ゲーム機を頭の上まで持ち上げる。

「何すんだよ!」

 怒鳴る空我に、憲次は淡々と返した。

「壊すんだよ。今云ったじゃないか。これから食事しながら全員で話すから、来ないとゲーム機壊すぞって」

「……」

 空我は怒気を溜めた凄まじい目つきで憲次を睨みつける。が、憲次が見せつけるようにゲーム機を壁に投げつける真似をして見せると、渋々ながら折れた。

「……解ったよ。行けばいいんだろう、行・け・ば!」

「解ったらいいよ」

 憲次がにこやかにほほ笑みながらゲーム機を差し出して返すと、空我は乱暴にそれを奪い取り、憲次から離れた床にそれを置いた。

 テーブルに戻ると、鍋を作る麻緒佳の隣に席を移した伸夫が、

「だぁかぁらぁ、魚なんか入れた後で蓋したら、鍋が魚臭くなっちゃうでしょ!魚を入れるなら、絶対に蓋なんかしちゃダメなの!」

 などと、見当違いな口出しをして、麻緒佳に無視されていた。「そもそもさあ、魚はアクが酷いんだよ?鍋に入れたらきちんとアクとらないと。それに、うどんは〆として、最後に入れるもんだろう。何で最初っから入れるんだよ。あんたって、本当に鍋を知らないんだなぁ……」

 云いながら蓋をあけ、べろっと舐めた自分の箸を鍋のなかに差し込もうとして、麻緒佳に阻止される。

「何だよ。もう煮えてるだろう?早くしないと、先に入れた肉に魚の臭みがついちゃうじゃないか!」

 不満そうに唇を尖らせる伸夫をしり目に、憲次と陽一郎、それに小百合たちは、とりあえず椅子に座って席をふさぎ、これ以上伸夫が席を勝手に移れないようにしてから、麻緒佳とも協力して、材料を盛った大皿や土なべ、コンロを素早く移動させた。

「えっ、えっ!?」

 何が起きたのか理解できないでいる伸夫をよそに、麻緒佳はさっさと煮えた鍋の具を各人の椀に、具の比率が均等になるように取り箸を使って盛ってゆき、憲次たちは手分けしてそれを各自の前へと送って行った。

「全員に行き渡ったわね?」

 麻緒佳がテーブルを見渡して確認する。「出汁に薄く味はついていますけれど、物足りない人は用意した薬味やポン酢を足してちょうだい。……では、いただきます」

 いただきます、と麻緒佳に続いて唱和した憲次たちは、呆然とする伸夫を置いて箸を取り上げた。

「旨い!」

 陽一郎がまず声をあげた。「うどん、腰が強くて美味しいですね!自分で打った麺がこんなに美味しいなんて、何か感激です」

「出汁吸った白菜が美味しい……」

 小百合が感激の面持ちで呟く。憲次もこれに同意した。

「魚貝類から、すっごくいい出汁でてますね。それに、ホタテやカキがめちゃくちゃ旨いです」

 昼に食べた中華が残っているような感じが最前までしていたのに、いざ一口食べてみると、あまりの美味しさが満腹中枢を破壊したようで、後はいくらでもつるつる入った。

 夢中で食べる三人を、麻緒佳は嬉しそうに見やった。

「お代りもたくさんあるから、食べたら云ってね。――もちろん、最初によそった分を全部食べない人には、次は盛りませんから、そのつもりで」

 椀の中から肉とうどんだけを食べてお代りを要求するつもりだった伸夫は、麻緒佳にそう釘を刺されて、ふてくされたように椅子に座りなおした。

「俺、魚とか野菜は嫌いなのに……」

 空我は、旨いのかまずいのか判らない顔で、もそもそとタラをつついていた。


 鍋の中身が減って、麻緒佳が第二陣を煮込み始めるのを見計らって、憲次はおもむろに口火を切った。

「今夜の投票に関してですが、誰が人狼だと思われますか、桐谷さん?」

 突然話を振られた伸夫は、慌てたようにきょろきょろと周りを見回した。

「えっ、何で俺?」

「ここは、人生経験豊富な方から聞いて行こうと思いまして」

 今後の展開をスムーズにするためだけに発せられた、潤滑油的な台詞だったのだが、伸夫はこれを真に受けて、鼻の穴をまん丸に膨らませた。

「まあ、俺は社長だし、そこらへんの奴らとは一線を画しているよな、やっぱり」

「はい、はい。それで、誰が人狼だと思いますか?」

「そりゃあ……」

「順々にイメージを聞きましょうか。まず、左隣に座っている白井さんとか、どうでしょう?」

「そうだな……っていうか、こいつだろ。俺は人を使ってる関係上、他人を見る目があるんだが、こいつはいつもテレビゲームばかりしてるし、何て云うんだっけ?……オタク?こういう陰気な奴こそ、人狼に相応しいんじゃないの?」

「――と、桐谷さんが云ってますが、どうですか、白井さん。当たってますか?」

 もそもそとシイタケを食べていた空我は、口の中に入れたそれを丁寧にかみしめて、飲みこんでから、ぼそりと呟いた。

「全然違う。そこのオヤジって、自分で云ってるほど人を見る目無いね」

「はああ!?――ンだと、ラァ!なまっちろいガキが、調子に乗り腐って!もう一遍云ってみろ!!」

「図星指されるとすぐに激昂する。低能の証拠じゃない?」

「ンだと、このガキが!!」

「だって、俺は人狼なんかじゃないし」

「嘘ついてんじゃねーよ!」

「本当だよ。……って、まあ、日本語通じないオヤジには、理解できなくても仕方ないか」

「はああ!?」



 完全に頭に血が上った伸夫と、見た目はさほどでもないが、かなりいら立った様子で受け答えする空我のやり取りを、憲次ははらはらと見守った。


 今まで接点がまるでなかった伸夫と空我を、会話させてみよう。それによって、何か新しい発見や展開があるかも知れない。


 それが、麻緒佳の提案だった。

 彼女の指揮の下、憲次たちは、伸夫と空我を無理やり同じテーブルにつけ、話題を振ってみたのだが。


(ふたりがこうも興奮するなんて、思ってなかった)


 しかも二人とも、時間の経過とともに落ち着くどころかますますいきりだって、今では殴り合いに発展しそうだ。

 少し、なだめた方が良いのではないだろうか。

 そう思って、憲次は麻緒佳や小百合の方を伺うが、

「今はそのまま、成り行きに任せておきましょう」

 と云うように――もしくは何かを期待するように、二人とも、憲次の問いかけの視線を無視して伸夫と空我のやり取りを見守っている。いざとなったら身を張って伸夫と空我を押さえなければいけない――さすがに小百合と麻緒佳にそれを求めるのは酷というものだ。勿論陽一郎には加勢してもらうが――憲次としては、ハラハラしっぱなしだ。



 空我は、これまでほとんど自分の周囲に関心を寄せていないようでいて、その実結構他人のことを見ていたらしい。伸夫にも辛辣な――しかし憲次からすればかなり的確な批判をする。

「空気読めないで手前勝手な言動ばっかして、何の根拠も裏打ちもされていない、勘違いの自信で偉そうに空威張りして、周りのだれからもバカにされて相手にされてないって、理解できてないだろ?あんたは自分のことを、誰からも注目されて尊敬されてる主役だって思ってるかもしれねぇけど、違うよ。誰もがあんたの勘違いに気づいてて、でもだれもがそれを指摘してやらず、影で嗤ってる。そんな道化なんだよ」

「道化だと!?」

「道化って言葉、知らない?ピエロだよ。ひと様に嗤われることだけが存在理由の、ピ・エ・ロ!」

 挑発するようにあざ嗤う空我を睨みつけながら、伸夫は憤怒の表情で椅子を蹴って立ち上がった。

 これを見た憲次と陽一郎が、さっと緊張して身構える中、伸夫は大きく肩を上下させて息を吐いた。

「……危ねぇ危ねぇ。危うくお前のごまかしの()に乗るとこだったぜ」

 ふーやれやれ、とわざとらしく嘆いて見せた伸夫は、この豹変ぶりを訝しく思って警戒する空我に、にやり、と悪辣な嗤いを向けた。「しかし、これではっきりしたぜ?あんた、やっぱり人狼だな。俺に指摘されたから、慌てて、この俺を怒らせて有耶無耶にしようとしたんだろう?」

 話しながら、憲次たちの方へ向いて、声高にアピールする。「なあ、皆さん。これで今夜投票する相手は決まっただろう?二人目の人狼もつかまって、めでたしめでたし。俺たちは賞金もらって帰れるってわけだ!」

 いやあありがたいねぇ嬉しいねぇ、とわざとらしく嗤う伸夫を、空我は蔑んだ目で睨みつける。

「短絡思考もここに極まりって感じ?おっさん、単純なのはあんたの頭の中だけにしたら?」

「……ンだと、らぁ?」

「そんな凄んで脅そうとしても無駄無駄。だって俺は、人狼じゃない。猟師だし」

「猟師だと?嘘つけ」

「嘘じゃないよ。僕が何者かってのは、そこの佐々岡さんにも云ったし。――ね、そうだよね?」

 にんまり莞う空我から訊ねられた憲次は、曖昧に頷いた。

「ああ。本人がそう云ってるのは、確かにさっき聞いた。けど――」

 確証はない、と続けようとした憲次を遮って、空我は「ほーらね!」と勝ち誇った声を挙げた。

「俺は猟師。すなわち人間。人狼じゃない。解った、おっさん?」

 せせら笑う空我を、伸夫は血走った凄まじい目で睨みつけ、……

「は、ははは。お前が猟師。こりゃおかしい!」

 不意に哄い始めた。

「何、おっさん。あんまりショックで頭イカレちゃった?」

「ちげーよ!あんまり浅はかな嘘ついてくれたから、おかしくってさ!」

 ははははは、とわざとらしく哄いながら室内を見回した伸夫は、自分が十分注目を集めていることを確認してから、おもむろに言葉を注いだ。「だって、この俺こそが、猟師なんだからな!」

 空我は目を剥いた。

「はああ!?おっさん、嘘つくならもっとまともなのにしろよ」

「それはこっちの台詞。猟師は俺!毎晩毎晩、地味に女の子たち守ってあげてたよ。ほらやっぱり、女の子の方が弱いし、怯えてる感じでかわいそうだったから。予想は全然当たらなかったけれど、昨日はそこのお嬢さんを守ってあげたかな」

 小百合を示して云う。「で、あんたは?白井君、君は昨日は誰を守ってあげたの?」

 空我の顔が、ぱっと紅潮した。

「俺は……」

 口の中でもごもご呟く空我に、伸夫は嵩にかかって訊ねる。

「え~?何~?何云ってるか、聞こえないんだけれど」

「俺は……を、……ってた……」

「え~?何だって~?」

 嗜虐的なうすら笑いを浮かべて、伸夫は問い詰める。

 空我はヤケ気味に声を荒げた。

「俺は、自分を守ってたよ、ずっと!」

「自分?自分だけを、ずっと守ってたって?」

 伸夫は信じられないと、目を丸くした。「あんなに女の子たちが怖がってたのに、それ助けないで自分ひとりで閉じこもってたわけ?それってすごい自分勝手じゃないの?」

 ねえ、皆さん、と伸夫は勝ち誇ったように周りに呼びかける。「自分勝手に自分だけを守って閉じこもっていたオタクと、他の人のことを思って一生懸命尽くしていた俺と。どっちを信頼して、どっちを選ぶかなんて、もう解りきってますよね~?」

 憲次は静かに頷いた。

「そうですね。解りきっていますね」

 空我の顔が、絶望に染まった。対照的に、伸夫は喜色で輝いている。

「でもまあ、投票時刻までまだ間がありますし、鍋も煮えてきましたから、食べませんか?」

 空我は、無言で席を立って広間を出ていった。

 それを見た伸夫は嬉しそうに嗤う。

「あーあ。負け犬さんは出て行っちゃったよ。……あ、俺にお代り頂戴。たくさんよそってね。そしたら今夜はあんたのこと、守ってあげても良いよ?」

 居丈高に差し出された椀をちらりと見た麻緒佳は、首を振った。

「まだ、野菜と魚が残っています。中の物を全部食べないとお代りはあげないと、さっき云いましたよね?」

「え~?でも俺、猟師だし。守ってほしくないの~?」

 にやにやと莞いながら、伸夫はなおも云い募ったけれど、麻緒佳はこれを綺麗に無視した。

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