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汝人間なりや否や  作者: killy
三日目 午後
25/31

02

 皿洗いを済ませた後は、各々思い思いに午後を過ごした。

 小百合は気に入りの安楽椅子に身を沈めて読書に集中し、陽一郎は、ブルーレイでローワン・アトキンソン主演のコメディ映画を観ていた。憲次は気になっていたマンガの単行本が本棚に並んでいるのを見つけて、それを読破することにした。

 4巻まで読み進めたところで、空我がゲームを一時中断して厨房へ行く姿が見えたので、憲次も後を追った。

「なあ、」

 憲次が話しかけると、棚を漁ってカロリブロックの箱を取り出していた空我は、のっぺりとした無感情な眼を憲次に向けて、ぶっきらぼうに訊ねた。

「何?」

「君は、この『ゲーム』をどうとらえてるんだ?ここに来て以来、君はビデオゲームばかりしていて、まるで『ゲーム』に参加していないように見えるんだけれど」

「別に」

「別にって、どう云う意味?君はこれからどうするつもりなの?このままずっとビデオゲームばかりしているわけにもいかないだろう」

「平気だし」

「何が平気なんだい?このまま人狼以外の参加者が減って行ったら、人狼の勝利になるんだよ。何もしないで負けるなんて、悔しくないの?」

「別に」

 冷蔵庫からコーラのペットボトルを取り出し、カロリブロックの包装を破いて、ビスケット状の中身をもそもそ齧り始めた空我を、憲次は不思議な思いで眺めた。年齢はさほど離れていないはずだのに、彼が何を考えているのか、本当に判らなかった。

「もう話は終わり?したら俺、行くし」

 立ち去る気色を見せた空我に、憲次は訊ねた。

「君は、毎晩、今夜は自分が人狼に襲われるんじゃないかって、心配じゃないのか?」

「ない」

「何故?」

「だって俺、猟師だし」

「え?」

 あんたらと違って、自分の身は自分で守れるから、とぼそぼそとした声で云った空我は、そのまま驚く憲次を措いて厨房を出て行った。


(白井さんが云ったことは、本当だろうか。彼が猟師だった?)

 そうなると、空我は『ゲーム』開始からこの方、ずっと自分をのみ守ってきたことになる。それは、『ゲーム』のルール的に許される行為であったとしても、憲次としては赦せなかった。空我は、自分は安全な場所にいて、死に対する恐怖で怯えて混乱し、右往左往する他の参加者たちを眺め、高みの見物をしていたことになる。それは実に腹立たしい態度だった。

(でも、今になって自分が「猟師」であると俺に洩らした理由はなんだ?)

 そう云えば、他の参加者たちから孤立している今の状態であっても、毎晩の投票で自分に票が集まることを防ぐことができると思ったのか。確かに、今朝の出来事によって、村人と人狼の比率は5対1となった。が、それだって猶予が2日に伸びただけだ。今日の投票を誤れば、明日には村人側はかなり苦しい状況に戻ってしまう。だから、空我が猟師であるのなら、憲次たちは彼に票を入れることはできない。それを見越しての宣言なのか。

 それとも、彼は憲次こそが人狼だと思っていて、「自分を夜に襲撃しようとしても無駄ですよ」と云いたかったのか。

 はたまた、彼こそが人狼で、しかしそんなことは放言できないから、とっさに自分は猟師だと偽ったのか。それによって、巧くいけば憲次たちが混乱することを期待して。


「さっきから静かだが、何を考えている?」

 そう訊かれた憲次は、はっと我に返った。

 厨房で、夕食の支度をしている最中だった。

 昼食の量が多かったので、夕食は軽いものにしようという相談の下、献立はうどんすきに決まった。

 冷凍庫からカキ、ホタテ、エビ、カニ、タラ、鶏肉等を取りだして解凍し、適当な大きさに切ったり下ごしらえしてゆく、という分担を憲次は請け負っていた。

 ちなみに小百合は白菜やネギ、ニンジン、シイタケなど野菜類を用意する係、陽一郎は麻緒佳の指示のもと、うどんを打っていた。麻緒佳は総監督として全体を支持しつつ、鍋に張る出汁を作ったり、薬味の柚みそやもみじおろし、ポン酢しょうゆを作っている。

「あ、……うん、その、……」

 憲次は、痣のできた小百合の顔から微妙に顔をそらして言葉を濁した。

 午前中、彼女が枝亜に殴られる光景を目にして以来、憲次は小百合の顔をまともに見れなくなっていた。

 幼なじみの女の子と小百合が同一人物であるわけはない。

(なぜならあの子はもう――)

 そう解っていても、どうしても小百合を彼女と重ねてしまう。だから憲次は微妙に小百合から視線をそらして答えた。

「白井さんが、自分は猟師だって云って、それは本当かなぁって考えてた」

「白井が?」

「えっ、白井さんが猟師だったんですか?」

 近くでうどん生地を捏ねていた陽一郎が驚いて訊いてきた。憲次は首をかしげた。

「本人はそうだと云っていました」

「そっか、……白井さんがねぇ……」

「まだ決まったわけではない」

 最前まで憲次が考えていたことと同じようなことを思っているのだろう、小百合が云った。「だから確認のためにあえて聞くが、このなかに、猟師はいるか?」

 ぐるり、厨房を見回す小百合の目の動きにつれて、憲次たちも視線を巡らせた。

 が、誰も頷かないし、云いださない。

「なるほど。……ということは、ここに猟師はいない……?」

 いやしかし、などと口の中で呟く小百合の様子を見るに、まだ他の可能性も考えているのだろう。

 憲次も、自分の思考に戻って行った。


 小百合がこの場で猟師はいるか、と訊いた真意は何だろう。憲次は考える。

 自分が猟師ではないというアピールのためか。

 しかし、猟師ではないとなると、村人か、もしくは人狼であるということになる。もし聞いた本人が村人であり、かつこの中に人狼がいたとしたら、人狼は、労せずして無力な獲物を見つけられることになる。これは不用心にすぎる発言ではないだろうか。

(それとも、やっぱり小百合が人狼で、さっきの質問は面倒くさい猟師の存在をあぶり出すためにやったのか?)

 はたまた実は小百合が猟師で、自分が猟師と周囲に知られたくないがために、あえて空っとぼけて聞いたか。ただしこの場合、小百合は憲次たちの中に人狼がいるのではないかと疑っていることになる。


 考えても考えても、答えは出てこない。当り前だ。はっきり正解だと判るような物的証拠やヒントは無いのだ。

 結局のところ、どこまで他の参加者を信じられるか、もしくはどこまで徹底的に他者を疑うことができるか、というのがこのゲームの趣旨なのだろう。人狼という、ゲームの都合上振られた役割を探すうちに、参加者たちの人間性まで露呈する。だからこそ、あの主催者(イカレ帽子屋)は、これを選んだのだ。

 憲次が、考えることにつかれてそんなことをつらつら思い始め頃。

「仕方ないわね」

 ふーっと長い息を吐いて、麻緒佳が云った。「今日は鍋だし、全員で食べることにしましょう」

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