03
憲次たちが枝亜を拘束し終え、小百合が麻緒佳の持ってきた、氷入りビニル袋を中にはさんだ布巾で傷を冷やし始めたころには、その場にいた全員が疲れ切っていた。
「……結局、何だったんだっけ……?」
憲次が呆然と呟いた問いかけに、陽一郎が答えた。
「小泉さんは、毛里さんが殺した、というのはどうやら事実らしいと判明した、ってことでしょうか」
その顔にかかっている眼鏡は、先刻枝亜を押さえている最中に蹴られたはずみで、少し歪んでいる。そのせいでしょぼしょぼと目をしばたたく陽一郎は、これまで以上にしょぼくれて見えた。
『そうそう。そこまで確定ねー』
一人元気なイカレ帽子屋が、モニタ画面の向こうから、テーブルに頬杖を突いた姿勢で会話に加わってきた。
『それで?力永嬢、あんたさっき、毛里枝亜が何故小泉を殺したか、その動機も判るって云ってたよね?それ云ってみて』
小百合は肩をすくめた。
「わざと云い間違いをしているのか?私は、推測はできると云っただけだ。これは本当に何の証拠もない、私の頭の中で組み立てた理屈でしかない」
『それで良いから、云ってみて。それを聞いて、君に賞金あげるかどうか決めるから』
小百合は、何かを堪えるように肩をおおきく上下させた。
「小泉は、若い女にしか興味を持たない男だった。私や毛里には馴れ馴れしく絡んできて、こちらが厭だと云っても無視して身体に触ろうとするのに、……この云い方は申し訳ないが、万田や桂、山口には全く興味を示さなかったこと、それに初日に伊東を『ババア』呼ばわりして露骨にあざけっていたことも、その推測を裏付ける。
若い女を好んで、女は若くなければ価値はないという歪んだ価値観を持っておきながら、その若さを理由に相手の女の人格を無視して見下す男。
その小泉が巫子だった。
初日の彼が、誰を選んで託宣を願ったか。考えるまでもない。この集団の中で一番若そうな毛里だ。
そして、……ここからは本当に私の想像でしかないのだが、毛里は人狼だった。
このことを知った小泉はどうするか。もちろん、公表なんてしない。本人に、自分が知っていることを告げ、それをネタに強請ったのだろう。お前が人狼だということを云えば、お前は即処刑だとでも云ったのか。
毛里は云い逃れたり、空とぼけることができず、彼の云いなりになるほかなかった」
いつの間にか、すすり泣きが始まっていた。縛られて、床に寝転がったまま、枝亜は泣いていた。
小百合はそんな彼女に気の毒そうな、同情の目をちらりと投げた後、またイカレ帽子屋を睨みつけて説明を続けた。
「しかし、最初に脅されたショックが抜けたら、小泉の強請りが理屈の通らないものだと毛里は気づく。
何故なら小泉は巫子――人間側に役振りされた者だ。人狼である毛里とは、『ゲーム』内における利害関係が真っ向から対立する。
このゲームでは、敗北はすなわち自分の死だ。実際は違ったが、当時の彼女はそう信じ込んでいた。
いずれ必ず、自分が死なないために、小泉は自分を殺すだろう。そう予測した毛里は、小泉を刺した。
何故刺したか。半日待って人狼として殺す方がはるかに楽だろうに、どうして自分の手で刺し殺すことを選んだか。
毛里は小泉を信用していなかった。
当然だ。自分の弱みに付け込んで強請ってくるような男、どうして信用できる?
その晩の投票で自分が巫子で託宣を受けた、こいつが人狼だ、と毛里を名指ししないとどうして云い切れる?
自分が確実に生き延びるためには、その日の投票前に、それも小泉が誰かと接触する時間を作る前、なるだけ早くに殺すほかなかった。だから殺した。以上だ」
小百合の話を、頬杖をつき、やや身を乗り出した姿勢で聞いていたイカレ帽子屋は、にんまり嗤って、わざとらしくゆっくりとした動作で拍手した。
『なるほど。うん、面白かった。実に楽しい解説だった。名探偵力永嬢。小泉殺害事件に関する賞金は、君にあげる。君のものだ』
「……つまり、毛里さんは人狼だったってことか?」
憲次が震え声で訊ねると、イカレ帽子屋はにんまり、うなずいた。
『そうだよ』
「小泉さんにばれて、だから殺した?」
『そうだよ。力永嬢が今云ったじゃない。ちゃんと聞いてたの?
そうそう、もう投票するまでもないから、彼女はこっちで引き取るよ』
イカレ帽子屋はそう云うと、あの見慣れたベルを取り上げて、チリり、と鳴らした。
憲次たちが身構えるなか、枝亜はあっさりと昏睡状態に陥った。
「この首輪って、締まらないでも薬の注入ができたりするのか?」
憲次が呟くと、イカレ帽子屋は、当り前だろう、とふんぞり返った。
『僕が囲い込んでる技術者たちの技量を、見くびらないでくれたまえ』
「……あー、はいはい、それは悪かった、悪かった」
憲次は投げやりに応じ……そしてはっとした。「投票するまでもないってことは……今夜の投票は、じゃあ、なしだよな?」
『何で?』
「だって俺たちは、もう、人狼一人を看破った。今日のノルマはもう済んでいるはずだ」
『まだ一匹のこってるじゃん。こいつを探し出さないと、『ゲーム』は終わらないよ』
「人狼を見破るのは、一日につき一回じゃないのか!?」
『違うよ。投票で誰が人狼なのかを決めるのが、一日一回なの。今回のことは、……そうだなぁ、ファンタジー小説風に云えば、
血に飢えて狂った人狼が、昼間なのに人間を襲って正体を村人たちにあかした。
村人たちは総出でこの人狼を退治した。
……ってところかな?というわけだから。じゃあね。頑張ってねー』
ケタケタケタ、イカレ帽子屋は嗤いながら手を振り、……そしてモニタ画面が切れた。
「もう一人の人狼を探せ……」
憲次はその場に立ち尽くす面々の顔を順番に眺めやった。
陽一郎、麻緒佳、空我、伸夫、そして小百合。誰が人狼なのか。誰がそうでないのか。
全く判らない。
「小百合、君は二人目の人狼に関して、何か考えはあるか?」
すがりつくような思いでそう訊ねるが、小百合はきっぱりと首を横に振った。
「まったく、見当もつかない」




