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汝人間なりや否や  作者: killy
三日目 午前
22/31

02

 朝食後。

 4人で片づけも済ませると、憲次はコーヒーを4人分淹れて、

「もう少し、話しませんか?」

 と陽一郎たちを誘った。

 陽一郎たちは否やを云わず、テーブルに集まってくれた。

 それぞれの前にコーヒーを配った憲次は、おもむろに話し始めた。

「話したいことは二つあります。一つは昨日の小泉さんを殺した犯人のこと、もう一つは今夜の投票のことです。昨日小百合がした宣言通りに対木さんが『死亡した』おかげで、小百合=人狼という認識が固まりつつあると聞きま した。俺は、これはまずい兆候だと思います。理由は、小百合が自分のことを人狼と云った時には、当時の『生存者』全員が揃っていたこと。あの場にいたはず の人狼は、その人狼は対木さんを『殺す』だけで、小百合が人狼であるという疑いを増やすことができるんですから、嬉々として行ったはずです。

 それと、あの時点で人狼が正体の宣言をしたところで、メリットは何もありません。むしろ今のように投票で『処刑』される危険性が高まる

 以上から、俺は小百合が人狼ではない――とは、確言できませんが、人狼である、と断言するのは早まったことだと思います


「そうですね」

 砂糖を入れたコーヒーをかき混ぜながら、陽一郎が頷いた。「今現在の『生存者』は7名。人狼は2名が健在です。つまり、『人間』は5名。今夜の投票で間違えれば『人間』は4人に減り、翌朝には自動的に3人になります。そのまま下手を打てば、人間側は明日の夜には負けが決定してしまう。実は私たち人間側は、結構追い詰められていましたね」

「聞いて良いかしら」

 麻緒佳が、砂糖とミルクを加えたコーヒーをすすって静かに云った。「私たちを相談相手に選んだ理由は何かしら?私たちは『人間』だと、あなたは確信したの?だとしたらその理由は何かしら」

「理由も確証もありません。俺は自分のことを『人間』だって云いますけれど、それだって証明する手立てはない。俺が皆さんを誘った理由はただ一つ、会話に応じてくれそうだったからです。

 昨日は俺、全員で話し合うことに拘泥して、結局何もできなかったんです。その間に他の人たちは、少人数で意見をまとめていたみたいですし。だから俺も、とりあえず話を聞いてくれそうな人を誘ったんです」

「なるほど。云ってみれば単に、手近にいた人たちに召集をかけた、っていうだけなのね」

「すみません、『あなたを信頼します』と云えなくて」

「いいえ。変に人柄とかを持ち出されて、いたずらに持ちあげられるより、よほどほっとするわ」

「ありがとうございます」

「それで?何から話しあうの?」

「そうですね、……」

 憲次は、吾知らぬ顔でコーヒーを吹いて冷ましている小百合に顔を向けた。「小百合、最初に君の考えを聞かせてくれないか?」

 小百合はきょとんとした。

「私の?」

「そうだ。昨日の時点で君は、自分に疑いが集まることは予測できていたんだろう?だとしたら、それに対抗する手段も考えていないとおかしい。もし君が、自分を犠牲にして――というか、自分が賞金をもらえるチャンスを不意にしても対木さんを救ってあげるべきだと考える利他主義の人なら話は別だが。

 どうだ?自分が人狼ではないと、俺たちを納得させられるか?」

「それはできない」

 憲次はあきれた。

「あっさり云うなぁ」

「事実だ」

「じゃあどうするつもりなんだ?君は今夜の投票をどう乗り切るつもりだ?」

 小百合は、プレゼンは苦手なんだ、とぶつぶつ呟く。憲次はそんな彼女をせっついた。

「苦手でもやれ……っていうか、ここできちんと説明してくれないと、いざというとき君の側にたてないぞ。正しければ選ばれるってのは、理数系の学術論文の中でだけの話だろう。それだって、きちんと結論に至る過程を論理的に解説していなければ、学界からは相手にされないはずだ。それに学会に出る場合には、ゼミの教授や同じゼミに参加している仲間たちに、自分は今回こういうテーマでこういう風に発表するつもりだと前もって説明して、練習したりするものだろう?」

「なるほど。佐々岡は、口が巧いな」

「説得力があると云ってくれ、せめて」

 がっくり肩を落として嘆く憲次の脇で、小百合は、コーヒーを吹いて冷ますことを一時止めて、テーブルにつく人たちを見渡した。

「順序立ててて云うと、まず、小泉を殺した人間は判っている」

「え?」

「だから、小泉を殺した人間が誰なのかは、もう目処が立っていると、そう云ったんだ」

「だ、誰なんだ!?どうして判ったんだ!?」


『それはぜひとも、僕も聞きたいなぁ』


 スピーカーから、声が降ってきた。

 おそらく姿も映し出されたのだろう、娯楽スペースの方でビデオゲームをしていた空我が、驚いたようにモニタ画面がある方を見ているのが、遠目にも見えた。

「やはり聞いていたか、イカレ帽子屋」

 小百合が冷たい声で吐き捨てるように云う。傍で聞いていた憲次も一瞬びくっと背筋に力が入るくらい鋭い声だったけれど、云われた当の本人であるイカレ帽子屋は、全く意に介さず、ケタケタ嗤った。


『だってー、あんなおもしろそうな事件が起きて、これから色いろ起こりそうだって判ってるのに、わざわざ見逃すバカはいないでしょ?

 そうですよ。君たちのすることは全部見てました。皆で作った今日の朝ごはん、美味しそうだったね。僕もご相伴にあずかりたいところだったよ』


「旨かった。が、食べる前に可能だったとしても、お前は招待しなかった」


『それは残念。

 それで?誰が小泉を殺したんだって、君は推理したの?

 ……あ、ちょっと待って。どうせだから、皆に集まってもらおう。名探偵様のご高説を、是非とも聞いていただかないとねー』


 ケタケタケタ、とイカレ帽子屋は嗤い続ける。

 数分ほど置いて、固い顔をした伸夫と枝亜が広間に入ってきた。

「どう云うこと?また、ここに来いってタブレットから指令が来たんだけれど」

 どうやら伸夫はまだ寝ている最中だったらしい、寝ぐせのついた髪を手櫛で梳かしながら目をしょぼつかせている。

 枝亜は相変わらず、自分以外のすべては敵だと認識しているような刺々しい目つきで周囲を警戒している。

(彼女って、最初からああだったっけ?)

 憲次はふと思った。バスに乗った最初の頃は、もう少し気弱そうな雰囲気だったような気がするのだが。いつからあんなふうに、周囲に対して敵愾心をあらわにするようになったのだろう。

(あんまり怖すぎて、警戒心が高くなりすぎて、攻撃的になったのかな?)

 訝る憲次の思考は、イカレ帽子屋ののんきな声によって妨げられた。


『皆集まったね?

 今回はね、名探偵が謎は全て解けたっていうから、皆に聞いてもらおうと思って、集まってもらったんだよ。

 ほらほら、名探偵さん、推理を発表する場所を整えてあげたよ。さ、どうぞ~』


 イカレ帽子屋はわざとらしく手をたたいて小百合を煽る。

 が、小百合は淡々とした調子を崩さなかった。ゆっくりと、確かな足取りでモニタ画面の前まで行って、相も変わらず仰々しい仮面を身に着けたイカレ帽子屋を睨みつける。

「全部判ったとは云っていない。私が云ったのは、小泉を殺した人間は判っている、だ」


『ああ、うん。そうだったねー』


「その動機も、推測ならできる。その推測が事実と合致しており、かつ私がそれを公表すれば、今夜の投票で人狼とされるのは私ではなくなるはずだ。折を見て内々に本人にそれを告げて、どうしたいのか、本人の意思を確認するつもりだった」

「相談?殺人犯と?」

 思わず憲次が口をはさむと、小百合は重々しく頷いた。

「私の推測が当たっているのなら、殺人を犯した方にも多少は同情できる。だから、殺人犯がどうしたいのか、その希望を聞いて確認するつもりだった」


『それはどう云うこと?小泉は誰が殺したの?動機は何?』


 小百合はため息をついた。

「殺したのは毛里」

 小百合と枝亜本人以外の全員が、弾かれたように枝亜を見た。

「私が?殺した?……何云ってるのよ」

 枝亜は、そんな周囲を威嚇するように歯を剥き出して低く唸る。底光りする目がぎょろぎょろと周囲を見渡し……やがて小百合を捕らえた。「あんたも!何の証拠があって、どうしてあたしが小泉を殺したんて云うのよ!?自分が人狼だとばれそうだから、それをごまかすつもり!?対木さんは結局あんたの宣言通りに『死んだ』じゃない!」

「論理的に考えた」

「だから、どうして!?」

「小泉は昼ごろに殺された。恐らくは、食事している最中を後ろから襲われ、倒れたはずみでついたのだろう、頭髪にトウモロコシの粒の皮がついていた」

「それがどうしたって云うのよ?」

「コーンスープの具だ。私があの日、コーンをミキサで砕いて作ったスープの」


(昨晩、俺の服で手を拭いた、あれか)

 憲次は思い出した。あれはでは、夕食の時についたものではなかったらしい。


「はぁあ?コーンスープなんて、誰でも飲めるようにって、鍋に入れて厨房に置いてたでしょう。現に私だってもらったし!」

「そうだ、毛里。君はコーンスープを広間の外に持ち出した。君以外でそれをした者はいない。

 自分が作った物だから、どんなふうに皆が食べてくれるか気にして見ていた。美味しいと思ってくれるか、気になっていたから。

 コーンスープを食べたのは、私と佐々岡。毛里、そして桐谷だ。私と佐々岡、そして桐谷はここの食事スペースで食べた。食事を終えた桐谷と入れ違いにやってきた平富は、鍋は空になっており、コーンスープは食べられなかったと云った。つまり私は、図らずもコーンスープが鍋にある間中、食事スペースを観察できる位置にとどまり続けていたことになる。そして見た結果がこれだ。毛里。君だけだ」

「だから何!?それで判るのは、私が、小泉にコーンスープを分けてあげたかもしれないって、それだけでしょう?私がスープを分けてあげた後で、誰か別の人間がやって来て殺したとも考えられるじゃないの!」

「小泉は、包丁で刺されて死んでいた。その包丁はどうやって持ち出した?」

「そんなの、どこかに隠してたんじゃないの?」

「小泉が殺された日の朝、私が朝食を作っていた時には、包丁は全て包丁スタンドに揃っていた。昼ごろ、小泉は殺された。つまり当日私が朝食を作った後で、包丁は厨房から持ち出されたことになる。

 条件が当てはまる時間帯に厨房に入り、広間を出入りしたのは、万田、山口、桐谷、平富、佐々岡、そして君だ。そしてこれらの中に、二往復以上をした者はいない。このうち、桐谷、佐々岡、平富は、何も手に持たずに広間を出たことを私は憶えている。

 万田、山口は左右の手にそれぞれオムレツの皿とスープを満たしたカップを持っていた。扉を開けにくそうにしていたから、私が立って代わりに開けてあげた。

 毛里。君は長盆を遣って料理を運んでいた。盆の影か中か、そのあたりは判らないが、包丁を隠して持ち出せる余裕があったのは君だけだ」

「そんなの、推測、ただの憶測じゃない!包丁だって、服の中に隠して持ち出すことだってできるはずよ!」

「そうだな。消去法による推測だ。けれど、君以外でこうも犯行が可能であるという条件が揃う人間がいない。

 万田と山口は該当時間内に凶器を持ち出せなかった。両手が完全にふさがっていたから。

 白井は、一日中広間にいた。私もそうだ。

 平富は、昼食を食べた後から夕食まで広間にいた。

 対木はそもそも広間に来なかった。

 桐谷と佐々岡が微妙だが、……」

「そうよ、その二人が殺したんじゃないの!?」

 いきなり小百合と枝亜に取り上げられた憲次と伸夫は、驚いた。

「えっ、俺?」

「そんな!俺、やってないよ!」

 慌てふためいてそれぞれに釈明する二人を無視して、小百合は言葉を継ぐ。

「二人とも、食事スペースの椅子に座った姿勢から立ち上がって、広間を出て行った。仮に服の下に包丁を隠していたとして、布巾で刃を巻いて保護していたとしても、そんな、椅子に座って食事するとか人と会話するとか、できただろうか?」

「出来たかも知れないじゃない!」

 枝亜が絶叫した、その時。


『あーあ。み・ぐ・る・し・い!』


 いかにも呆れた、といった調子でイカレ帽子屋が嘆いた。


『毛里枝亜さん、あんた、忘れてない?僕、見てたの。リアルタイムで見てたの。その上で黙ってたのは、期待してたからだよ。稀代のサギ師ばりに、この場にいる全員ばかりか僕までもを騙して云いくるむ見事な嘘をついて、僕のこと楽しませてくれるんじゃないかって!だのに何?そこのお嬢さんが云うのに対してその場しのぎの反論してるだけで、ちっとも面白くない。もう時間の無駄だね!』


 もういいよあんたは失格、とうるさい犬猫を追い払うような調子で手を振って見せる。

 枝亜はしばし呆然としたのち、

「……なによ」

 呟いた。

 いつの間にか、皆、枝亜から距離を取っていた。数メーターの距離を置いて、枝亜の出方を伺うように固唾をのんで凝視している。

 そんな風に自分を取り巻く一人一人を順々に見て行きながら、枝亜はぶつぶつ、何かを口の中で呟き始め。

「なによ、あんたたち……いつもあんたたち……ひとのこと……利用するだけ利用して……何でも奪い取って……今度は賞金まで……」

 その目が、小百合の姿をとらえた途端、凶暴な光を帯びた。

「あんたのせいだ!!!」

 その口から人間のものとは思えないような叫びを張り上げて、枝亜は小百合に襲いかかった。

 近くにいた誰も、止める暇が無かった。

「あんたがいたせいで!あんたがいなければ!アンタがいなければ、あたしはあのクソみたいな家から出て、クソみたいな家族から逃げられたんだ!!だのにあんたが……あんたがいたせいで……!!!」

 小柄な小百合はあっさり床に押し倒された。その体に馬乗りになって、枝亜は彼女の頭や顔、胸を打つ。


 ……憲次の脳裏に、今ではない情景が閃いた。

「助けて!」

 うちに駆けこんで来たのは、裏に住んでいる幼なじみの女の子。

「助けて!お母さんがお父さんに殴られてるの!」

 そう泣き叫ぶ彼女の顔も、殴られたのだろう、痛々しい痣ができていた。……



 一瞬おいて、はっと我に返った憲次は、慌てて枝亜を小百合から引き剥がした。

「止めろ!」

「放せ……はなせぇえ!」

 枝亜は、女とは思えないような怪力を出して憲次の拘束から逃れようともがく。憲次に数秒遅れて気を取り直した陽一郎が協力してくれて、どうにかやっと、彼女を押さえることができた。

「力永さん、大丈夫?」

 麻緒佳が小百合を助け起こして、怪我の状態を確かめている。小百合は小さくうなずくと、しっかりした声で答えた。

「大丈夫」

「そうね。骨とかは大丈夫そうだけれど……でもひどいわね」

 眉をひそめた麻緒佳は、呆然と立ってこの状況を眺めている空我と伸夫に云った。「あなたたちのうちのどちらか、厨房から冷やす物――氷とか、持ってきて」

「あ、……ああ。判った」

 頷いて、慌てた様子で厨房へ駈け込んだ伸夫は、それからしばらく戻ってこなかった。

「白井さんは、そこのゲーム機のコードを平富さんと佐々岡さんに渡して。取りあえずそれで、毛里さんの動きを封じましょう」

 が、云われた空我は露骨に顔をしかめた。

「そんなことしたら、これからゲームができなくなるじゃないか」

「じゃあ、あなたが佐々岡さんたちに代わって毛里さんを押さえておく!?」

 麻緒佳が鋭い口調で訊ねると、空我はやっと、渋々ながらゲーム機の接続コードを抜いて、憲次たちに渡してくれた。

「……ったく、なんでこんなこと……」

 ぶつぶつ不平を垂れる空我にも手伝ってもらいながら、暴れる枝亜の両足と手を拘束しているとき、やっと伸夫が戻ってきた。

「氷、あったよ。やっと見つけてきた!」

 褒めて褒めて、と描いてある喜色満面の笑顔で麻緒佳に駆け寄った伸夫は、素手で握り締めた小さな氷キューブ一個を彼女に渡した。

 麻緒佳はため息をついて立ち上がった。

「私がもって来るわ」


『面白いねぇ。……実に面白い』


 イカレ帽子屋は、ご満悦、と云った態で、薄切りトーストを紅茶に浸して食べながら、これら状況を眺めていた。

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