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汝人間なりや否や  作者: killy
三日目 午前
21/31

01

 夢も見ないで、熟睡した。


 カチリ、とドアの鍵が開き、覗き窓のカーテンがシャっという微かな音をたてて開くのを、憲次は夢うつつに聞いた。

(何の音だっけ……?)

 うつらうつらしながらその意味を考えて、……

 そして跳ね起きた。

(今日は誰が『死んだ』んだ?)

 昨晩の小百合の説明のおかげで、人狼による『死』はリアルなものではないと解った今、自分に対して降りかかってくるかもしれない『ゲーム』内での『死』の可能性は、恐怖の対象ではなくなった。参加者たちのなかに本物の殺人者が混ざっている今は、外に出られるのならむしろ、救済でもあるかもしれない。多江がその可能性にすがったように。

 が、それでもやはり、憲次は『死ぬ』のは嫌だった。怖かった。

 それは、小百合の推測が真実なのか確かめられないという事情もあるが、殺人者がいる空間に小百合を残して自分が『死ぬ』のが嫌だという方が、憲次にとっては強烈な理由だった。

 自分だけが『死ん』で小百合が殺人者と残されるのも嫌なら、小百合が『死ん』で、小百合と引き離されるのも怖かった。

 今朝、憲次は生きている。では小百合はどうだろう。

(昨夜小百合が勝手に対木さんと交わした約束を、人狼が律儀に実行してくれていれば、被害者は対木さん、ってことになるんだろうけど……)

 人狼はそこまで義理がたい性格をしているだろうか。

(そう云えば、そもそも小百合が人狼ではないって、確かに証明できたわけでもないんだよな)

 いくら考えても、思考はぐるぐると同じところをめぐっているようで、わけが判らなくなってくる。

 とりあえず考えることを止めた憲次は、昨晩恐怖にかられてドアの前に積み上げた椅子とテーブルをどかすと、恐る恐る廊下に出た。

 廊下は、昨日と違ってしんと静まり返っていた。だれも顔をのぞかせていないし、誰も外に出ていない。何人かは憲次と同じように、ドアの内側に何か重しになる物を置いているのだろう、開錠しても薄く内側に向かって開いているドアは少なかった。

 隣室のドアが、その数少ない薄く開いているうちのひとつだと見てとった憲次は、ほーっと、全身を絞るようにして安堵の息を吐いた。

 どうやら今朝も、小百合は無事だったらしい。

(良かった……)

 憲次は、両手で自分の顔を強くこすって気持ちを改めると、小百合の部屋に入った。

 昨日同様、小百合は持ちこんだ本に埋もれて眠っていた。

 難しいことでも考えているように、眉間に微かにしわを寄せてこんこんと眠る小百合を眺めること少し。

「起きろ!」

 憲次は容赦なく、彼女の掛け布団をはぎ取った。

 小百合は、何が起きたのか把握できていないらしい、ぼーっとした表情でのろのろと上半身を起こし、ほとんど開いていない目でベッド脇に立つ憲次を見上げた。

「……もう朝?今何時?」

「6時だ」

「だから、6時なんて早朝過ぎるんだ……」

 小百合はぶつぶつ呟いて、憲次の手から掛け布団を奪い返そうとする。が、憲次はこれを許さず、彼女を半ば無理やりベッドから立たせた。

「ほら、起きろ。人狼が昨晩は誰を犠牲に選んだのか、確認するぞ」

「しなくても判る。対木だ」

 憲次は眉根を寄せた。

「何故判るんだ?」

「昨日私は、人狼を挑発というか、誘導した。ああ云えば、私が人狼だと周囲に思い込ませたい本当の人狼は、ほぼ間違いなく対木を狙うはずだ。人狼が、目立つ動きをした私を狙ってくる可能性もあったが、今こうして佐々岡と話しているということは、それは無かったのだろう」

「誘導って……」

 憲次は呆然と呟いた。小百合の言葉を聞いて思い当るのは、昨晩彼女が云ったあの言葉だ。


 ――どうせ明日になれば判る。明日多江が人狼に襲われて『死んで』いないか、もしくは私が人狼に襲われて『死んで』いたら、私は人狼ではなかったと、それだけの話だ。


 憲次はあきれた。

「お前は、そんなことを考えながらあれを云ったのか?」

「巧く行ったら儲けもの、そんな気持ちだったがな。……もう解っただろう。だから寝かせろ」

 一瞬のすきを突いて布団を奪い返した小百合は、憲次も驚くほどの素早さでベッドにもぐりこむ。が、憲次は再度布団を引き剥がして、彼女に二度寝を許さなかった。

「本当に人狼が対木さんを選んだのか、実際に確認して見るまで解らないだろう?」

「それはまたあとで……」

「今するんだ!」

「後でも全然構わないのに……」

 憲次は、小百合が不満そうにこぼす声を無視して、彼女を部屋から連れ出した。

 二人で廊下に出た時、ちょうど広間に続く扉が開いて、陽一郎と麻緒佳が現れた。

「ちょうど良かった、佐々岡さん、手伝ってもらえませんか?」

 陽一郎の頼みに、憲次は戸惑いながら頷いた。

「良いですけれど……何ですか?」

「万田さんを、彼女の部屋まで運びたいんです」

「万田さんを……?」

 物問い顔の憲次に、陽一郎は静かに答えた。

「彼女は脱落したんです」

「それって、人狼にやられたってことですか?」

 隣にいる小百合の様子をうかがいながら、憲次は訊ね返した。小百合はいぶかしげにこのやり取りを聞いている。

 陽一郎は、そうじゃないです、と首を振った。

「彼女は自分で選んでリタイアしたんです」

「それって……?」

「彼女は昨晩、自分で選んで部屋に戻らなかったの」

 陽一郎に代わって麻緒佳が静かな口調で教えてくれた。「自ら進んでペナルティを受けることで、このゲームを脱落したのね」

「そうですか……」

 憲次は昨日、ことあるごとにすすり泣いて怯えていた鈴を思い出した。多江ほど騒がなかったために気づけなかったけれど、彼女の精神も限界まできていたらしい。

 ずっと死に対する恐怖にさらされて、自分が助かるために他者を殺さなければいけないという罪悪感に責め立てられ、これが作りごと、操作された状況で騙されていたのだと判ったら、今度は本物の殺人者が自分たちの中に紛れ込んでいるときた。耐えきれなくなっても仕方ない。

 それで、と麻緒佳は言葉を継いだ。

「それで、今彼女は広間の安楽椅子に座っているんだけれど、いつまでもそこにいたままにしておくのも何と云うか……可哀そうじゃないか、彼女の部屋に移そうって話になったの」

「そうですね。身体も冷えるでしょうから、できれば布団の中に入れてあげた方が良いですね」

 憲次はそう応じると、陽一郎と一緒に広間に入った。

 安楽椅子にゆったり身を落ち着かせて座る鈴は、とても落ち着いた、安堵の表情を浮かべていた。ここに連れて来られて以来、憲次は、こんな安らかな表情を浮かべている鈴を初めて見た。それだけ気を張っていたということなのだろう。

 布張りの安楽椅子の脇に立った憲次は、鈴の手首を取って脈の有無を確かめた。

(……確かに)

 ゆっくりとだが、ちゃんと脈はあった。また、視線を持ち上げて見てみれば、護の時とは違って、鈴の顔は確かに「生きて」いた。

「納得できましたか?」

 憲次の行動を静かに見守っていた陽一郎が訊ねる。憲次が確認している最中、陽一郎は特に何も云わなかったが、憲次が微かに疑っていたことに気づいていたのだろう。憲次は照れくささを覚えながら頷いた。

「はい。ちゃんと脈があって、安心しました」

「気が済んで何よりです」

 陽一郎は温かい微笑を浮かべて云った。


 その後、憲次は陽一郎と協力して、鈴を彼女の部屋に連れて行った。現金なもので――とこの場合云って良いのか判然としないが、とまれ、していることはこれまでと同じなのだが、相手が生きていると判ったとたん、扱いに気を遣わなければいけないような気がして、どうにも戸惑った。


 鈴を彼女の部屋に戻した憲次は、鈴に布団をかけてあげている麻緒佳と、そんな彼女を一歩下がった後ろから見ている小百合を眺めながら、陽一郎に訊ねた。

「今現在『ゲーム』内で『生きて』いるのって、ここにいる四人と、さっき見たとき、もう広間でビデオゲームを始めていた白井さんと、あとは誰ですか?」

「桐谷さんと毛里さんです。これは顔を見て確認しました」

「じゃあやっぱり、昨晩人狼に『殺され』たのは、……」

「対木さんでした」

「そうでしたか」

「この結果は、対木さんのためには良かったと思いますよ。これ以上無理にここにとどまっていたら、彼女の精神は回復が難しい、深刻なダメージを受けていたでしょうから。ただ、対木さんが人狼に選ばれて『死んだ』と知った人たちの中で力永さんが人狼だという認識がもう固定してしまったようです。今夜の投票は、このままですとおそらく力永さんに票が集まるかと思われます」

「そんな……!」

 思わず声をあげた憲次を、陽一郎は複雑な表情で見やった。

「ですが、正直なところを云えば、私も迷っています。結局のところ、彼女の云った通りになったのですし……」

「そんなの、あの場に人狼がいたなら説明できることじゃないですか!そうして小百合が、自分が人狼だと云った場には、対木さんを含めたあの時点での『生存者』全員が揃っていましたよ」

 陽一郎は、困ったように眉を下げた。

「そうなんですよね。でも、私たちがそう読むことを見越して、あえて云ったという可能性だってあります。よく云う、裏の裏をかくという行為です。そうして力永さんならそう云うことをしそうな気もして……」

 考えれば考えるほど、解らなくなるんですよ、と陽一郎は首を振る。

 その気持ちに憶えがあった憲次は、それ以上云い募ることを止めた。

「とりあえず、朝ごはんを食べませんか?」

 二人のやり取りが済むのを待っていたように、麻緒佳が口を挟んだ。「私、作りますよ?」

「俺も手伝います」

 憲次が云うのとほぼ同時に、陽一郎も云った。 

「私も、料理は得意ではありませんが、大根を下ろすとかとろろ芋をするとか、力仕事なら得意ですから。云ってください」

「ありがとうございます。では、皆で作りましょうか」

 これだけ人数がいれば、豪華なご飯ができますね、と麻緒佳は嬉しそうに笑う。

「私は寝なおしたいんだけど……」

 まだ眠気が覚めていないらしい、小百合が目をしばしばさせながらぶつぶつ呟いた。が、憲次はもちろん、容赦はしなかった。

「お前も来るの!こういう異常な状況下だからこそ、規則正しい食生活を保つべきだろう!」

「私の通常の起床時間は、今から三時間も後だ……」

「お前、それは寝すぎだ!」

 憲次が思わず突っ込むと、このやり取りを聞いていた陽一郎と麻緒佳がくすくす笑った。


 ……おおよそ一時間後。


 細切り野菜をたっぷり入れた塩味の沢煮椀、白身魚のすり身を加えたたまご焼き大根おろし添え、葱のぬた、即席千枚漬け風蕪の浅漬けと塩もみキャベツ、イチゴと蜜柑、というメニューを前に、麻緒佳は満足そうにほくほく笑っていた。

「人手があるって良いわね。凝った和食もすぐにできちゃう!」

「いやあ、山口さんは本当にお料理上手ですね。この卵焼き、本当に美味しいです」

 陽一郎が黄金色に焼けた分厚い卵焼きを食べて感嘆する。

「ありがとうございます。この卵焼きの出来は、どれくらいすり身をなめらかに擂れるかで決まるんです。ですから今日の卵焼きの成功は、根気強くすり身を摺ってくださった平富さんのおかげですね」

「このお吸い物も美味しいです。沢煮椀……って、俺、初めて食べました」

 憲次の言葉に、麻緒佳は秘密めいた顔でささやいた。

「うちでは、お味噌が切れた時に良く作るのよ。これ内緒だけれど。ほら、ちょっと豪華に見えるでしょう?お味噌を買い忘れたってことをごまかせるの」

「葱、美味しい……」

 恍惚の表情で葱のぬたを食べる小百合に、麻緒佳はにっこりする。

「葱は今が美味しいシーズンですものね。たくさん作ったから、思う存分食べてね」

 そう云った麻緒佳は、やがて気がついたようにふと口をつぐんだ。「私、はしゃぎ過ぎだわね?」

「料理して、気がまぎれましたか?」

 以前の会話を思い出した憲次が訊ねると、麻緒佳はばつが悪そうに照れ笑いした。

「ええ。今私が暮らしている家って、基本が洋食なのよ。朝も昼も晩も、とにかく洋食。そして肉。水産物で許されるのは、せいぜいが海老。あとはお寿司くらいかしら。そのお寿司だって、マグロ、トロ、ブリなんて、脂がのったネタしか食べないし。本当に貧しい食卓なのよ――この場合の「貧しい」って言葉は、決まった物や料理しか乗せられないという意味で使っているわよ――。だから、こんな風な和の朝食メニューも、本当に久しぶりに作ったの。すごい楽しかった!」

「作ってもらっているのに、文句を云うのですか?」

 陽一郎の問いに、麻緒佳は複雑な表情を見せた。

「それは、……まあ、ええ。ちょっと事情がありまして。私はあまり強く云えないんです」

「そうですか」

 それ以上、個人的な事情に立ち入ることを遠慮した陽一郎が口をつぐむ。

 不意に降りた沈黙にせっつかれるような感じを覚えた憲次は、ふと頭に浮いた疑問を口にした。

「そう云えば、皆さんはどうしてこの『ゲーム』に参加しようと決めたんですか?」

「え?」

 不思議そうに自分を見つめ返すひとたちを順々に眺め返し、

「ほら、この『ゲーム』って、ある日いきなり葉書一枚送ってこられて、で、その文面は、『10億あげます』でしょう?かなり怪しかったじゃないですか。10億なんて、あんまり現実離れした金額ですし。だから何かの悪戯だって思っても不思議じゃなかったでしょう?実際俺、迎えのバスが来るまで半分以上そう疑ってましたし。だから、皆さんはどうして参加を決めたのかなぁって、そう思いまして。

 ちなみに俺は、ほとんどその場の勢いでした」

 憲次が彼女に振られた顛末を話すと、陽一郎と麻緒佳は苦笑いした。

「それは、酷い目に遭いましたね」

「ちゃっかりした彼女さんね。あなた、付き合っている最中も色々といいように振り回されていたんじゃないの?」

 麻緒佳の指摘に、憲次も笑って首をすくめた。

「今考えると……そうですね、『あれ?』って思うことが結構あります」

「じゃあ、次は私が話しましょうか」

 陽一郎が云った。「私には、息子が一人いるんですけれど、この子がちょっと……詳しい説明は省きますけれど、障害者手帳が交付される身体で生れましてね。親として、息子のために、できるだけのものを用意してあげたいんです。それで、ダメでもともとって気持ちで来ました」

「それは……話しにくいことを聞いて、すみません」

 頭を下げた憲次に、陽一郎は、いいんです、いいんですよ、と顔の前で手を振った。「もう完全にふっ切った――と云えば嘘になりますけれど、絶対に口にしたくないと思いつめるほどでもありませんから。今私が息子に関して思うことは、さっき云いました通り、私が死ぬまでに、できるだけのものを――物質、愛情、それらひっくるめてできるだけ多くのものを用意してあげたい、それだけです」

「次は私ね」

 麻緒佳が云った。「私は、思いっきり経済的な理由ね。夫がリストラにあって、今は稼ぎが無い状態なの。このままだと、子どもを産んで育てることもできない。だから、その資金が欲しくて参加したわ。あとは、……そうね。ちょっと、家族と離れたかったって気持ちもあるかしら」

 料理のことを話していたときとは裏腹の、暗く沈んだ顔で付け加えた麻緒佳は、そして気を取り直したように、やけに明るい口調で小百合に話しかけた。

「力永さんは?どうして参加を決めたの?」

 たまご焼きを一口食べては恍惚の表情を浮かべて放心していた小百合は、麻緒佳に訊ねられてもすぐには答えなかった。二拍ほど間をおいて、他の3人に自分が注目されていることに気がついて、きょとんとする。

「何?」

「小百合はどうしてこの『ゲーム』に参加を決めたの?」

 憲次が改めて訊ねると、小百合は一言、

「金が欲しかった」

 云った。

「……。なんで欲しかったのか、訊いていいかな」

「金があれば、好きな研究を、好きなようにしていられる。就職すれば、その研究所や会社の意向でどうしても折れなければいけないときも出てくる。だから、金が欲しかった」

「確かに、10億あれば自分専用の研究所さえ作れそうだしね」

「いいな、自分専用の研究所……」

 うっとりと呟く小百合に、憲次たちは顔を見合わせ、苦笑した。

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