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汝人間なりや否や  作者: killy
案内状
2/31

02

*小泉護


 クリスマスは楽しい。

 店内はクリスマスツリーや天使や鈴や星や金銀モールや電飾やらできらびやかに飾り立てられてきらきらと明るいし、女の子たちは天使やミニスカサンタの格好でより一層かわいらしく装っている。

 普段行き慣れた店がまるで別世界のようにきらめいていて、本当に夢の国にいるようだ。

「護く―ん。今日も来てくれたんだぁ!ありさ嬉しい!」

 ソファに座る護のすぐ隣りに、飛び込むように勢いよく座り込んだありさは、護の左の二の腕を自分の胸元に抱き込むようにしがみつきながら、鼻にかかった甘え声でくすくす笑った。

「可愛いありさちゃんから、今日も来てって頼まれたら、来ないわけないじゃないか」

 スーツ越しにありさの豊かな胸の感触をひそかに楽しみながら、護はにやにややにさがる。

 今日のありさは白い天使の衣装を身に着けていた。背中に羽こそないものの、光輪を模した金色の髪飾りを頭に着けている。昨日の耳と角つきカチューシャに革のミニワンピというトナカイの格好も凝っていて可愛かったが、栗色の艶やかな髪に、頬がふっくらと柔らかなカーブを描く小顔、まつ毛の長い大きな黒目がちの目を持つありさは、純白の衣装をまとうと本当に天使のようだった。

 けがれのない清らかな容姿に、短いスカートから覗くまっ白い太ももや深くくくれた襟ぐりから覗く胸の谷間が扇情的で、かつ彼女をそんな目で見ることに背徳的な喜びすら覚えてしまう。何とも興奮するコスプレだ。

「護くんって、やさしい。だからありさは護くんのことが好きなんだあ!」

 護がそんな目で自分を見ているなど、露ほども思っていないのだろう、天使は、長いまつ毛越しに上目がちに護を見つめて無邪気ににっこり笑う。

 護は舞いあがった。

「いやあ、ありさちゃんが若くて可愛いからさ」

 柔らかな頬を指先でつんつんつついてそう云うと、ありさは喜ぶどころか、困ったように眉をひそめて桃色の唇を軽く尖らせた。

「え~?ありさは、そんなに可愛くないと思うよぉ?ありさなんかより可愛い子って、このお店にもたっくさんいるしぃ、……」

 ゆーりちゃんでしょ、さららちゃんでしょ、せいらちゃんでしょ、……などと指を折りおり名前を挙げてゆくありさの手を優しく包み持って、護はそれを止めさせた。謙虚なのはありさの美点だけれど、それがすぎて真実を見失うのはあまりに可哀そうだ。

(俺がありさちゃんを救ってあげなくちゃ!)

 使命感に燃えて、護は力強く云った。

「ありさちゃんは可愛い。すっごく可愛いよ!」

「そう?」

「そうだよ。ありさちゃんは日本――否、世界で一番かわいい子だ!」

 ありさの目を覗き込んで断言する。白眼が青みを帯びていて、生まれたての赤子のように無垢なありさの目には、ありさの感情があますことなく現れる。本人は上手に隠しているようで、その実目を見れば彼女の考えていることは瞭然なのだ。そんな抜けているところがまた、ありさの可愛さであり魅力のひとつなのである。

 不安そうに小刻みに揺れていた大きな目は、護と見つめ合っていると、やがてほっとしたようにほほ笑んだ。

「護くんが云うなら、信じる。……っていうか、護くんの目に可愛いって映るなら、ありさはそれで幸せだよ!」

「ありさちゃんって、すっごい可愛いことを云ってくれるよね。本当に可愛い!」

「ありがと」

 照れたように笑ったありさは、その時運ばれてきたグラスを護に握らせて、自分の分も取り上げると、おねだりするように小首を傾げた。

「乾杯しよ?」

「うん。乾杯」

 乾杯、と笑ってありさはグラスに口をつける。

 こんな店に務めながら、酒はあまり得意ではないというありさはいつも、あまい特製カクテルを頼んでいる。正式な名前もあるそうだけれど、護はいつも「ありさちゃんカクテル」と呼んでいた。ピーチリキュールをベースにした淡いピンク色のそれは、色白のありさに実に良く似合う。

「いつもより美味しい。護くんと一緒に飲んでるからかなぁ?」

 そう笑うありさの頬は、早くも桜色に上気して、目もうるうるとうるんでいる。

「あんまり飲みすぎないでね。ありさちゃんはお酒に弱いんだから」

「うん。ありがとう。そんなこと云ってありさの心配してくれるの、護くんだけだよ。本当に護くんって優しいね。だからありさは護くんのことが好きなんだ」

「俺も、素直でかわいいありさちゃんのことが大好きさ」

「じゃあ、護くんとありさは両思いね」

「そうだね」

「両想いに、乾杯」

「乾杯」

 再度、グラスを鳴らしてほほ笑みをかわす。

 ゆっくりとカクテルをすするありさに合わせて、護もゆっくり水割りを飲む。

「何か食べるものを頼もうか?」

 護が尋ねると、ありさは困ったようにほほ笑んで首を振った。

「いいよ。お金ないんでしょう?あんまり無理しないで。ありさは、護くんがこうしてありさに会うためにお店に来てくれるだけで十分幸せなの」

 他の子と違って、ありさは護にお金を使わせようとしない。店勤めをしていない、いわば「素人」のなかにさえ、こちらの財布を空にする勢いで金を使わせようとする女が多い中、ありさのような思いやりを持った女の子は実に貴重だ。

「フルーツは無理だけれど、チップスとおかきの盛り合わせくらいなら、大丈夫」

 ありさの勤める店は、女の子の質が良いことで評判で、それゆえにつき出しを含めた商品単価がやや割高なのだが、おかきの盛り合わせ一皿くらいなら、明日から朝昼晩の食事をコンビニのおにぎりか菓子パン一個にすれば、十分まかなえる。

「そう……?」

「大丈夫だって」

 なおも心配そうに眉をひそめるありさを振り切るように、護はおかきの盛り合わせを注文した。

「お姉さんの方は、どう?」

 新たに届いた盛り合わせをちびちびかじって水割りを舐めるようにすすりながら護が尋ねると、ありさの顔からほほ笑みがさっと拭い去られた。

「まだ、相変わらず……」

「そっか……」

 ありさのような純真で素直で明るくてかわいい子が、クラブなんてところで働かなければいけなくなった理由というのが、彼女の姉なのだ。


 ありさは、父を早くに亡くし、母親と姉と、家族三人でつつましく、仲良く暮らしていたという。

 その姉が昨年の夏に、突然倒れた。

「詳しい名前は忘れちゃったけれど、なんか、血液の難しい病気らしくって、入院して色々複雑な治療をしなくちゃいけなくて、その支払いが国の保険じゃ賄いきれなくて、でも生命保険とか病気の保険とか、ありさの家は入ってる余裕が無くて、治療のおかねが色々必要で、お母さんもがんばってくれてるけれど、毎日のお仕事に加えてお姉ちゃんの入院の付き添いとかもあって、すごい大変そうで。だからありさも助けてあげなくちゃって、思い切ってこのお店に来たの」

 と、二度目だったか、この店を訪れてありさが席についてくれたとき、ありさ本人が護に教えてくれたのだ。

「お酒を飲んで男の人とおしゃべりするのって、最初はすごい怖かったの」

 引っ込み思案なありさは、この店で勤め始めるまで、男と付き合うどころか、碌に話したこともなかったのだという。

「だから護くんが初めてお店に来てくれたときは、本当にほっとしたんだよ。ほら、護くんって、すっごい優しそうなオーラが出てるでしょ。あ、このひとならありさは大丈夫って、護くんの顔を見たときから解ったの。それで、護くんに会えるんだからって、このお仕事もがんばれるようになったんだよ」

 そうほほ笑むありさは本当に可愛くて、護は胸がいっぱいになったものだ。


 爾来、二日と開けずにありさに会いに、この店に通っている。


「俺が助けてあげられればいいんだけれどもな」

 聞けば、ありさの姉の治療には、八桁の金額が必要なのだという。ここに通うため、毎日の生活費も切り詰めてきゅうきゅうとしているしがない安月給の勤め人には、何とも現実味が無い大金だ。

 ありさはけな気に首を振った。

「そんなこと、気にしないで。ありさは、護くんがこうして毎日お店に来てくれるだけで、とっても幸せなの」

「そっか、……」

「うん。ありがとう、護くん」

 にっこりとほほ笑みをかわしあう。それだけで、頭の芯がしびれるような幸せが感じられた。

 が、そんな幸せも長くは続かなかった。

「ありさちゃん、ちょっと……」

 静かに護たちの席に近づいてきた黒服店員が、ありさに短く何事かを耳打ちした。

「……え?」

 とたん、ありさの顔が悲しそうに沈み込む。何を告げられたのか、云われなくても護にも判った。

 やがてありさはのろのろと護に振り返ると、小さな震え声で謝った。

「ごめんなさい、護くん。他所の席に行かなければいけなくなったの……」

 そう謝るありさの目は心底つらそうに見えた。長いまつ毛の端には涙の粒がきらめいている。そんな表情をされたら、ありさを責めることなんてできるはずが無い。護は胸を突く落胆をしいて隠して、鷹揚に笑って頷いた。

「気にしないで。俺なら平気だから。行ってきていいよ」

「ごめんね。本当にごめんね」

 護の両手をぎゅっと強く握りしめると、ありさは席を立って行った。

 他の客の目を気にしているのだろう、振り返ることなく歩いて行くありさの華奢な背中を、護は目で追った。ありさを呼んだのは、店の奥にある個室の客らしい。ありさは重厚に塗られた扉を数度、軽くノックした後、扉を開いて中へ入って行った。

「おお。ありさちゃん、お久しぶりー……」

 野太い声がありさの名を呼ぶ声が声が一瞬聞こえ、扉が閉まると同時に途切れた。

 閉ざされた室内で、今ありさが何をされているのか。厭なことはされていないだろうか。泣かされてやいないだろうか。できることなら今すぐあの部屋から亜里沙を救い出してあげたい。護が見えない扉の向こうを想像して悶々としていると。

「今晩はぁ。みーしゃですぅ。ありさちゃんの代わりに来ましたぁ」

 真っ赤なサンタクロースのコスチュームを身にまとった女が、頼まれもしないのに隣りにすり寄って来た。

「ありさちゃんいなくなって寂しいと思うけど、その分みーしゃがんばるから。一緒に盛りあがろうね?」

「はぁあ?ありさちゃんの代わりぃ?てめぇが?」

 護は露骨に顔をしかめてあざけった。

「え?」

 きょとんとするみーしゃに、護は畳みかける。

「てめぇごときがありさちゃんの代わりになるとでも思ってるのかよ。勘違いするなよ、ババア」

「ば、ばばあ?」

「ババアだろ。てめーは。いくつだよ?」

「あ、あたしは二十三よ!変なこと云わないでよ!」

「二十三ぃ?やっぱババァじゃねーか。女の賞味期限はせいぜい二十歳までなんだよ!二十歳越した女は、肌は張り艶なくして汚くなるは、身体に余計な肉ついてダルダルになるは、性根が腐って生意気になるは、イイことなんかなんもねーんだよ!」

 ありさは、店には隠しているけれど実は十七歳。歴とした女子高生なのだ。「いけないことだし、本当は秘密なんだけれど、護くんには本当のありさを知っていてもらいたいの」という言葉とともに、制服姿の写真を見せてもらっている。それに比べたら二十三歳のみーしゃなど、年齢も容姿も、比べ物にならない。

「はあ、」

 唖然としていたみーしゃは、すぐに気を取り直したように話題を変えた。

「何か飲み物頂いていいですか?」

「てめぇは水道水でも飲んでろよ、ババア」

 ありさでなければ、だれがこんなバカ高い店の飲食物をおごってやる価値があるというのか。

 みーしゃの頬がひきつった。

「えっと、……じゃあ、おかきいただき――」

「人の皿に勝手に手ぇ出すなっつーの。てめぇは乞食か」

 小皿にのばしかけていたみーしゃの手を乱暴に叩いて払うと、護はそれまで狭いテーブルの中央に乗っていた皿を自分のすぐ前まで引き寄せた。

「……」

 みーしゃは頬杖ついて、もくもくとおかきを齧って水割りを舐める護を、少しの間座った眼で睨みつけ、

「アンタさぁ、……」

 組んだ膝の上に頬杖ついて、ため息を吐いた。

「あんたさぁ、いい加減にしてくれないかな」

「何がだよ」

「毎日毎日やってきちゃ、一番やっすい水割一杯しか頼まないで、延々閉店まで粘ってくれて。いい加減に迷惑なんだけど」

 護はみーしゃを睨みつけた。

「はぁあ?なんでてめーごときに、ンなこと云われなくちゃいけないんだよ!?」

「てめー『ごとき』じゃないの。あたしはこの店のサブチーフの一人で、バイトの女の子をまとめる役してるから」

「けっ。男に相手されねー年齢になったババアの仕事か」

 護の悪態を無視してみーしゃは続ける。

「あんたのことは、以前から店の問題になっていたの。端的に云えば、テーブルに着いたありさにカクテル一杯しか飲ませられなくて、他の料理や皿をほとんど注文しないような甲斐性なしは、この店には必要ないのよ」

「甲斐性なしだと!?」

 かっとなった護に、みーしゃはつめたく頷く。

「事実そうでしょう。クリスマスシーズンで用意している特別メニューに見向きもせず、ひたすら安いメニューばかり漁ってくれちゃって。乞食はあんたの方よ」

「俺は客だぞ!?この店のバカ高いテーブルリザーブ料だって文句云わずに払ってやってるのに、そのお客様に向かって偉そうに、何様のつもりだ!?」

「うちのリザーブ料金を高いと思うような貧相な財布しか持ってない輩は、最初からお呼びじゃないの。店の売り上げに全く貢献してくれない、それどころか今あんたがしているように、ありさ以外でテーブルに着いたヘルプにグラス一杯注文させず、あまつさえ暴言叩くような男は、客じゃないわ。迷惑な乞食。今日のあたしが、ラストチャンスだったのに。残念ね。もう来なくていいわよ」

「……ってめ!」

 激昂した護は立ち上がりかけたものの、いつの間にかさり気なく背後に立っていた黒服に後ろから肩を掴まれて、強引に座りなおさせられた。

「は、放せよ!」

 全力でもがくが、黒服の分厚い手の平はびくともしない。振り返ってそのいかつい容貌と厚い胸板を確認した護は舌打ちした。

「ははーん」

 どう見ても勝てそうにない相手に臆したと思われたくないので、意識して余裕の表情を作り、背もたれに深くもたれかかって足を組む。彼女の真意は解っていた。

「おまえ、ありさちゃんに嫉妬してるんだろ」

 みーしゃは露骨にせせら笑った。

「なんであたしが彼女に嫉妬するのよ」

「そりゃ、するだろう。若さ、容姿、性格、ぜんぶ彼女のが上じゃねーか。ありさちゃんが月ならてめーは泥亀、ありさちゃんがダイヤならてめーは石くれ。格が違うからな。そんなありさちゃんを傷つけようって、俺をありさちゃんから遠ざけるつもりだろ。まったく、ババアってのは性根が腐ってるね」

「なんで、ありさを傷つけるためにアンタを遠ざけなくちゃいけないのよ」

「そりゃ、ありさちゃんは俺にめろめろ。夢中で惚れこんでいて、俺なしじゃいられねーからだよ」

「は、……」

 みーしゃは目を丸くして絶句した。

 のち、腹を抱えて笑い始めた。

「ははははははは!アンタって……アンタってば本当におめでたいオツムしてるんだ。そうだろうとは思ってたけど、まさかここまでとは思わなかったよ!」

「何だよ!?何で笑うんだよ!?笑うなよ!」

「これが笑わずにいられますかってーの!ありさがアンタに夢中?アンタなしじゃいられない?寝ぼけたこと云わないでよ。あんたをどうにかしてもらいたいってのは、ありさから頼んできたことだよ」

「嘘云うな!」

「嘘じゃないって。毎日毎日のこのこやって来ては一六〇〇円の水割り一杯で何時間も粘るような輩、ありさが歓迎してると思ってるわけ?彼女には、来店したら一本五〇万のボトルを一晩で3本開けてくれる顧客が十人以上ついてるのに?そもそもさ、クリスマスシーズンに来店して、プレゼント一つよこさない輩を、ありさが本気で相手してくれると思ってたわけ?あんたは毎日ここに来るけど、ありさがついてるのはそのうち何分だった?五分もいたことあった?」

「それは、……ありさちゃんは気配りができて優しい子だから、皆が自分のところへ呼びたがるせいだろ」

「そうそう。ありさは売れっ子なの。ありさが気に入ってるのはあんただけじゃないし、彼女の常連客の中には、あんたの年収をひと月で稼ぐ輩が大勢いるの。もっとも、あんたに関しては、うざいし金にならないから、五分過ぎたら呼びに来てって、あらかじめ云われてるんだけれどもね」

「あ、ありさは、俺が優しいからいいって!俺といるとホッとするって云うんだぞ!」

「優しいって誉めるのは、容姿や勤め先や地位財産なんかで褒めるものが何一つない時に仕方なしに使う常套句じゃない。それを本気にしてどうするのよ。そもそもさ、アンタ、人の年齢と見た目を簡単に嗤ってくれたけど、自分を客観的に見たことある?アンタ、四十近い三十過ぎでしょう?立派なジジイじゃない。加えてその十人並み以下の容姿、その低い身長で、ありさみたいな子が本気で惚れるとでも思ったわけ?」

「ば、馬鹿にするなよ!人間は中身だろう!?それに俺だって……俺だって本気出せば、金くらい簡単に稼げるんだからな!」

「はいはいはい。判った判った。じゃあ、そのお金を稼いだら、それ持って来てよ。そしたら歓迎してあげるから」

 しっしっと、犬か何かを追い払うような仕草で、みーしゃが手を振る。それに従って、依然護の肩を掴んでいた黒服が、護を強引に立たせた。

「は、放せよ!」

 全身をねじるようにしてもがくが、黒服は眉一つ動かさない。騒いで店内の目を集めるのも恥ずかしかった護は、押さえた声で放せよと繰り返したが、いっこうに聞きいれられなかった。黒服に押されるようにして、護は店の玄関扉へ連れて行かれる。

「お客さま、本日もご利用ありがとうございましたー」

 他の客の目をごまかすためか、みーしゃがその脇に寄り添って歩く。

 店の外へ、強引に押し出された護は、二、三歩たたらを踏んで振り返ると、みーしゃを睨みつけた。

「俺にこんな扱いしやがって。覚えてろよ!」

「忘れるわよ。もちろん。貧乏人はお呼びじゃないの。そうそう。間違っても店の近くでありさを待ち伏せしようなんて考えないで頂戴ね。今後アンタをこの店の近所で見かけたら、即座に警察にストーカー被害で通報するから」

「ざけんなよ、酒場のババアが!俺を馬鹿にするな!」

「これ以上騒ぐなら、警察に通報するけど。どうする?」

 これ見よがしにスマホをとりだしたみーしゃを睨みつけること数秒。

「きょ、今日のところはおとなしく帰ってやるよ!お前のためなんかじゃねーぞ。俺がここで騒いだせいでありさちゃんに迷惑かかると、ありさちゃんが可哀そうだからだ!」

「はいはい。そう云うことにしておきましょ」

 まったく本気にしていない、小馬鹿にした調子でみーしゃが頷く。護はそんな彼女をまた睨みつけた後、

「覚えておけよ!」

 吐き捨てるように叫んで、踵を返した。その背中に、みーしゃがあざ笑いながら話しかけた。

「そうそう。あたしは親切だから教えてあげる。ありさはね、アンタがババア呼ばわりしたあたしより年上よ。童顔だから、アンタみたいな間抜けはすぐ騙されるんだけどね。うちは真っ当な店なの。未成年なんて雇うはずないでしょう」

「――なっ!?」

 護が振り返った時には、既に店の扉は閉められた後だった。


「クソっ。クソクソクソっ。あの女ども、俺のことを馬鹿にしやがって!」

 安い居酒屋で焼酎を何杯流し込んでも、鬱憤は晴れるどころか更に鬱々と深まった。閉店時間まで管を巻いて焼酎を飲み続け、

「もう店じまいですから」

 という店主に追い出されるようにして外に出た護は、途中何度か道端に胃の中身を吐き戻しつつ、よろよろとアパートの自宅へ戻った。

「俺だって、俺だって本気出せば金なんか簡単に稼げるんだからな。そんときになって後悔するな――」

 ズボンのポケットに放り込んであったはずの鍵を探しながら独言する。さほど大声を出したつもりはないのだが、近くのどこかの家の窓から、

「うっせー、じじい。夜中に騒ぐな。近所迷惑だ!」

 と、どなり声が降ってきた。

「うるせ―のはお前だろう!」

 思わず玄関扉を拳骨で叩いて怒鳴り返す。その衝動で、郵便受けに挟まっていた葉書がひらりと、足元に落ちた。

「……ん?」

 通路の照明を受けて白く輝く紙面に、気になる文章が見つかった。


『ちょっとしたゲームに参加していただいて、その勝者となった方全員に、賞金として上記金額を差し上げます。』


 パソコンプリンタで印刷されたのだろう、明朝体フォントの文字は、そうつづられてあった。

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