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汝人間なりや否や  作者: killy
二日目 午後
19/31

03

「イカレ帽子屋!見ていたんだろう!どうして小泉が死んでいる!?」


 鋭く鞭打つような詰問口調で声を張り上げ、電源の落ちた黒い画面を睨みつける小百合の脇に立った憲次は、おろおろとそんな彼女を見やった。

「力永さん、落ち着いて。死人が出るのは、彼が初めてじゃないだろう。どうして今回の小泉さんのときだけ、そんなに驚いているんだ?」

 小百合は、ぎらぎらと底光りのする眼で憲次を見つめた。

「初めてなんだ」

「え?」

「今回のゲームで死人になったのは、小泉が初めてだと、そう云ったんだ!」

「それはどう云う……」

 どう云うことなんだ、と訊ねる憲次を遮るように、その時、ケタケタケタ、と騒がしい笑い声がスピーカから流れてきた。

 一拍遅れて、大きな帽子に仮面をつけた青年の上半身がモニタ画面におおきく映し出される。


『やあ、まさかとは思ってたけれど、気づかれていただなんてね。まったく、今回のゲストは優秀だ。面白い』


 ケタケタケタ、と腹を抱えて哄うイカレ帽子屋を、小百合は睨みつけた。

「まだ質問に答えていない」


『え~?質問って、何だったっけ?』


 わざとらしい手つきでティーカップを持ち上げて、紅茶の香りを楽しみながらそらっとぼけるイカレ帽子屋に、小百合は問いを繰り返す。

「何故小泉が死んでいる!?お前はその場面を見ていたはずだ。どうして止めなかった!?」


『何故死んだかって、彼は包丁で刺されたから。どうして止めなかったかって質問の答えは――』


 にやり、薄い唇が厭な形にほほ笑んだ。『その方がおもしろいと思ったから』


「な――!」

 絶句した小百合に、イカレ帽子屋はまたケタケタケタと嗤う。


『ゲームに新しいルールを加えたよ。その説明をするために、今他の皆にも召集かけたから。全員集まるまで待ってね』



 しばらくして、青ざめた顔をしたひとたちが三々五々、姿を現し始めた。

「タブレットが警報を鳴らして、すぐにここに来いって命令を出したの。従わなければ、ペナルティだって」

 強張った顔で、麻緒佳がそう説明してくれた。

 最後に陽一郎に支えられて現れた空我は、彼が先刻宣言していた通りに、寝入りかけていたのだろう。寝ぼけ眼で、咽喉にはまった輪を押さえて咳きこんでいた。どうやら本当にペナルティを受けかけたらしい。


『やあ。現時点の生き残りは全員集まったかな?』


 マーマレードをスプーンですくってなめていたイカレ帽子屋は、広間に集まった面々を見下ろして嗤った。『じゃあ、追加ルールを説明しようか。それはずばり。あんたたちの中に紛れ込んだ人殺しを指摘しろ』


「人殺し?」

 麻緒佳が訝しげにつぶやいた。他の者たちも、戸惑った表情できょろきょろと、視線をさまよわせている。


『詳しいことは、そこの力永嬢に聞けば~? 説明するために、今日は特別に、就寝時間を30分遅らせてあげる。22時30分まで、部屋に戻らなくて良いよ。それと、人殺しを指摘することができた名探偵には、最初に提示したのとは別に、5億の賞金をあげる。だから頑張ってね~』


 白手袋をはめた手をひらひらと振って、会見の終了を示したイカレ帽子屋を、憲次は慌てて引き留めた。


「おい、待てよ、イカレ帽子屋!」


『ん、何?これまでのゲームの詳細は、さっきも云ったけれど、そこの力永嬢に聞いて。彼女、なんでだか知らないけれど、かなり早い段階から気づいていたみたいだから』


「そっちじゃなくて、こんな異常事態が起きたんだ。もう、最初俺たちがやれと云われていた、人狼探しの方は取りやめだよな?」


『うんん、続けてもらうよ』


「何だって!?」


『だって、そっちの方が面白いでしょ?』


「俺は、面白くもなんともない!」


『いいんだよ。僕が面白んだから』


 憲次は絶句した。

「……狂ってる」

 数度喘いだ後、小さい声を絞り出すと、イカレ帽子屋はにんまり莞った。


『ありがとう。最高の褒め言葉だよ』


「イカレ帽子屋。質問がある」

 小百合が憲次に代わって訊ねた。「人狼探しゲームを続けるとは、今夜も人狼が犠牲者を作るということだ。もし、人狼が選んだ犠牲者が小泉を殺害した者だった場合はどうなる」


『別にかまわないよ。僕が求めているのは、生死を間近に感じた人間が露呈させるその人本来の人品と、複数人のそれが合わさって作られる人生ドラマだ。名探偵が人殺しに面と向かって「お前がやったんだろう、なぜならば――」なんて、延々と高説を垂れる推理ドラマじゃない。それに真犯人と真相は、僕もう知ってるし。今更名探偵に教えてもらう必要ない。だから犯人が指摘された時点でゲームから脱落していようがどうしようが、関係ない』


「つまり、犯人を指摘して、そこに至った論拠を示せば良いということか」


『そう。ただし、それが僕の見ていた事実と合致する、と云う条件はあるけどね。……もう質問はない?』


 小百合がこれ以上訊ねる気色が無いことを見た憲次は、「ある」と声をあげた。


「今まで死んだ中に、人狼や巫子、猟師ははいたか?」


『今まで死んだ?……ああ、死んだことになってる輩のことね。それを君たちに教えてあげるのは、ゲームのルールに無いんだけど。……でもまあ、今回は新しい要素が入って、ちょっと面倒になったし、大サービスで教えてあげちゃおっかな』


 感謝してね、と云ったイカレ帽子屋は、ケタケタケタと嗤いを張り上げ……

 そうして間を溜めたのち、おもむろに口を開いた。


『小泉が、巫子だった』


「え!?」


『以上。これは、僕的にすっごい大サービスだよ。今あげた情報を、よくよく吟味して活用してね。じゃあねー』



 イカレ帽子屋はにんまり莞うと、今度こそモニタの電源を落として憲次たちの前から消え去った。



 しばらくは、誰も口を開かなかった。互いに互いの出方を伺うように、横目で近くの人の様子を盗み見る。誰かが指一本でも動かそうものなら、近くにいた者たちがびくっと露骨に後ずさる。

 そんな状態が数分続き……

 やがて。

 ふぅーっと、小百合が長い息を吐いた。

「平富」

 きょろきょろとあたりを見回して、陽一郎の姿を探す。

「何でしょう、力永さん」

 小百合の前に進み出た陽一郎に、彼女はひと言。

「手の指関節まで、硬直が達していた」

 何を云われたのかと、瞬間、レンズの奥で目をしばたたいた陽一郎は、やがて合点がいったと頷いた。

「小泉さんの遺体の状態のことですね。ええ。顎関節まで、死後硬直が達していましたね」

「死斑は、指で押しても消えなかったが、色にはムラがあった」

「でしたね」

「角膜も濁っていた」

「はい」

「今朝6時の時点では、生存していた小泉の姿が目撃されている」

「でしたね」

「これら状態を鑑みるに、小泉は死後12時間以上、15時間以内、と私は見た」

「そうですね。私は専門家ではありませんし、ここには各種数値を得るための計測器具もありませんから詳しい算出はできませんが、教科書通りの状態なら、それが妥当だと思われます」

 二人で判ったように続けられる会話にいらついた憲次は、刺々しく割って入った。

「ふたりで何の話をしているんですか」

「つまり、小泉は今日の昼ごろに殺された」

 小百合が答えた。

「昼ごろに殺された?……でも、小泉さんはさっき、投票してなかったか?」

「犯人が操作したのだろう。タブレットは、対応する首輪のそばでなければ起動しないという縛りはあるが、範囲内であればだれであっても操作は可能。恐らくは、犯人は小泉の部屋で、彼の遺体の近くで今夜の投票を行ったんだ」

「……」

 憲次は顔をしかめた。

 先刻ちらっと見た護の死体の状態や、それがまとっていた独特の臭気を思い出して、沸き上がってきた嫌悪感に身震いする。距離を置いてちらっと見ただけの自分は一刻も早く立ち去りたいという衝動を止められなかったのに、犯人は密着するくらいに近づいて、タブレット操作をしたという。「そうまでして、小泉さんがさっきまで生きていたって偽装したかったのか、犯人は。アリバイトリックのつもりか?」

「だろうな。犯人は、昼に自分が小泉を殺したことを知られたくなかった。だからつい今しがたまで小泉が生きていたと偽装したかった」

「あれ?でも、タブレットは首輪を締めている本人が死ねば動かなくなるんじゃなかったのか?」

「イカレ帽子屋の説明によれば、首輪が稼働しなくなったら、タブレットも停止する、だ。これは推測だが、首輪が稼働を停止するのは、首輪が締まったことによってスイッチが入るか何かのためなのではないだろうか。だから、投票が確定するまでは、タブレットは生きていた」

「それで投票もできた、か……」

 先刻の投票での護の票の動きを思い出す。

(あれが、犯人の操作したものだったのか……)

 誰なんだろう、それは。

 憲次が想像する中ではそれは、目的――アリバイトリックを行って、うまく行けば小泉の死さえゲームの中に組み込んで、自分の犯行を無かったことにするために、遺体の側にとどまることさえ厭わない、そんな度胸の座った計算高い奴だ。

(誰だ……?)

 一人一人、順々に視線を巡らせて見て行く。

「そう云えば、イカレ帽子屋が云っていましたね」

 ふと、麻緒佳が云いだした。「ゲームに関して詳しいことは、力永さんに聞けって。あれはどう云う意味ですか?力永さんは、まさかイカレ帽子屋とつながっていたんですか?」

「そうか!だから最初からとり澄ました様子だったのね、この女!」

 多江が便乗して大声を張り上げた。ぎらぎらした眼で小百合を睨みつけ、身体の脇で両手をせわしなく握ったり開いたりさせている様子は、隙あらば掴みかかろうとしているかのようだ。

 多江のように声に出してはいないものの、鈴や枝亜、伸夫たちも不信感と憤りをあらわにしている。

 が、小百合は、そうした複数の強烈な感情にさらされても、眉一つ動かさなかった。美貌は冷たく鋭利に凍りついている。

「つながってはいない。ただ、気づいた」

「だから何を!?どうやって!?」

「ペナルティや投票で首輪を締められた人間は、死んでいない。ただそう思うように私たちがミスリードされているんだ、と」

「えっ……」

 室内の全員が、小百合のこの言葉に絶句した。

 小百合は淡々と続ける。

「首輪は対象者を締めながら、同時に麻酔薬か何かを投与、もしくは注入しているのだろう。それで彼らは意識を失う。私は、ひょんなことから一度だけ、変死体を間近で見ることがあった。そのせいで、本物の死体とそうでないものを見分けることができた」

 聞きながら、憲次は先ほど見た小泉の死骸のことを思い出していた。たしかに、あの一種独特な状態は、一度見ればかなり強烈な印象となって記憶にとどまるだろう。

「それでも、念のために後ほど、脈の有無を確かめに行った」

「えっ、一人で!?」

 憲次は思わず声を上げた。

 小百合は頷くことでこれに答えた。

「怖くなかったのか!?」

「否。死体なら悪さをするはずはないし、生きていても、しばらく体の自由は利かないだろうから、こちらに危害を加えるはずが無い」

「そ、それはそうかもしれないけれど……」

 説明がわき道にそれかけていることを懸念したのだろう、麻緒佳が大時計の文字盤を気遣わしげに見やりながら、口を挟んで軌道を修正した。

「それで、脈を確認しに行ったのね。どうだったの?」

「直に確認したところ、太仁には確かに脈があった。よって、これは確かに『ゲーム』なのだと理解した。ただ、あの主催者はそのことを参加者に知られたくない様子だったので、これまで黙っていた。それだけだ」

「それだけって。……教えてくれれば良かったのに……」

「先刻本人が云っていたが、この『ゲーム』が開催された理由は、『生死を間近に感じた人間が露呈させるその人本来の人品と、複数人のそれが合わさって作られる人生ドラマ』を見ることだ。その時はこうもはっきりとは知らなかったが、この、『生死を間近に感じた人間が』と云う第一条件が覆った場合、どのような処断がされるか判らなかった。だから黙っていた」

「それでも――!」

 尚も云い募る麻緒佳の声を聞き流しながら、憲次は、新しく知った事実をかみしめていた。


 ペナルティや投票で首輪を締められた人間は、死んでいない。死んだと思わされていただけ。


 それはつまり、自分たちは人を殺していない、と云うことだ。殺してしまったと思っていた伊東、死んでしまったと思っていた光、美沙、彼らは生きていたのだ。

(俺は、人殺しじゃなかった……!)

 良かったと、そう思った。嬉しかった。本当に嬉しかった。今なら伊東を抱きしめて心の底から謝罪をし、いくらでも食事の世話をしてあげられる気がした。

 実際にそうしようと立ちあがって、広間を出ようとした憲次を、小百合は引き留めた。

「どこへ行くつもりだ」

「伊東さんの部屋へ」

「今私が云ったことを確認しに行くのか?無駄だ。部屋の扉は開かない」

「え?」

「今日確かめた。部屋は施錠され、覗き窓もカーテンが閉まっていて確認できない。恐らくは、我々が室内に閉じ込められている夜間に運び出されているのではないか?ついでに云ってしまえば、覗き窓にはめ込まれているのはガラスではない。液晶パネルだと私は推測している。通常は高感度カメラで撮られた画像を同時に移しているだけだが、いざとなればCGも映し出せる。だから、美沙はあのような『惨殺死体』となって我々に見せつけられたのだろう。それゆえに、『殺人犯』は勘違いしてしまったのだろうが」

「なるほど……」

 確かに、『ゲーム』の決着がつくまで何日かかるか判らない以上、食料も何もない部屋に閉じ込めておくことはできないし、そもそも数日経過した状態を見られたら、死んでいないことは誰にの目にも瞭然となってしまう。『ゲーム』の崩壊を防ぐなら、そうしておく方が安全と云うものだろう。

「そっか。……でもまあ、生きてくれていて良かったよ」

「本当に生きているかどうか知らんがな」

「は?」

「否、こちらの話だ。それに、何故今、イカレ帽子屋がこの『ゲーム』のからくりを公開することを許可したのか、理由を考えれば、浮かれる状況ではないと判るはず」

「何でって……」

「このなかに、本物の殺人者がいるからだ」

 しん、と静寂が落ちた。

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