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汝人間なりや否や  作者: killy
二日目 午前
15/31

01

 その晩、憲次は眠れなかった。

 眠ろうとすると光代のにやにや笑う顔や、死にたくないと泣きわめく顔がまぶたの裏に現れて、その度にはっと、意識が冴えてしまうのだ。

 眠れないでいると、今度は些細な物音が気になってくる。ドアの付近で微かなもの音がするたびに、もしかしたら人狼が自分を獲物に選んだのではないか、などと思えてきて意識がささくれ立つ。イライラすると、余計に眠気は遠ざかってゆく。悪循環だった。


 眠れないまま、ベッドの中を輾転としているうちに、6時になったらしい。

 カチリと聞き覚えのある音とカーテンが自動で開く音がドアから聞こえて、憲次は跳ね起きた。


 人狼が闊歩する夜が終了した。

 昨晩の被害者は誰だ?


 転げるようにして廊下に飛び出ると、憲次と同じく眠れなかったらしい人たちが、やつれた顔をのぞかせていた。

 陽一郎、枝亜、麻緒佳、鈴、空我。護、伸夫、多江。


 ざっと確認した憲次は、そのまま顔をこわばらせた。

 03番と05番の部屋のドアが開いていない。


(03番と05番って、誰が入っていたっけ?)


 判らないまま、とりあえず隣の05番の部屋に駆けこむ。

 枕の上に扇状に広がる黒髪が、まず見えた。


(黒髪――)


「小百合!?」

 ベッドに駆け寄って、華奢な身体を持ち上げてゆすぶる。「おい、しっかりしろ、小百合!」

 血の気のない顔は磁器の作り物のようで、長いまつ毛が扇状の影を頬骨に落ちかかる様子すら、人形めいていた。

「おい!」

 がくがくと、乱暴に揺さぶり続けていると。

「……んあ?」

 ふっくらとした唇から、間抜けな声が漏れた。「……誰?」

 寝ぼけ眼で睨みつけられた憲次は、がっくり脱力した。

「誰、じゃねーよ!お前、なんでこんな時に太平楽に熟睡してられるんだよ!てっきり人狼に殺されたかと思ったじゃねーか!」

「……もう、朝?」

「そうだよ、6時だよ!」

「6時なんて、早朝過ぎる……」

 ぶつぶつ呟きながら布団に潜り込もうとする小百合から、憲次は掛け布団をはぎ取った。はずみで、布団の中に持ち込んでいたらしい、ハードカバーが何冊も、ばさばさと床に落ちた。

「起きろ!」

 大きく云われた小百合は、腹立たしげに憲次を睨みつけた。

「……なんで?」

「何でも何も、――」

 云いかけた憲次は、部屋の外から聞こえてきた、誰か女性の悲鳴にはっとした。「何が起きた!?」

 急いで廊下に走りだしかけた彼はしかし、ふと思いついて、引き返した。

「お前も来い!」

 案の定、布団を掛け直して寝なおす態勢に入っていた小百合をベッドから引きずり出して、強引に連れ出す。

「だから何で……」

 ぶつぶつこぼす小百合の手首をつかんで廊下に出ると、05番の部屋の前に、陽一郎が、難しい表情をして立っていた。その足元では、鈴がしゃがみ込んですすり泣いている。青白い顔をした麻緒佳が、彼女の肩を抱いて慰めていた。

「平富さん、何があったんですか」

「人狼です。桂さんがやられました」

 一歩動いた陽一郎に代わってドアの前に立った憲次は、覗き窓から室内を覗き込み、

「……うわ」

 顔をしかめた。

 室内は、血の海だった。

 ベッドの上に、奥の方へ頭を置くように仰向けになった美沙が寝転んでいた。その腹部は大きくえぐれ、色々と紐状なものがはみ出している。それが何なのか、深く考えたくはない。正直、あんまりまじまじと見たいものではなかった。

 早々に顔をそむけた憲次と入れ違いにのぞき窓を覗き込んだ小百合は、それまで半分眠っていたのがウソのような真剣な表情で、じっと室内を凝視し始めた。

「おい、小百合」

 あんまり長い間動かないでいる小百合を見て心配になった憲次が名前を呼んでも、小百合はそれには答えず、顎に指先をあてて眉根を寄せ、何事かか考えるように、あらゆる角度から室内を覗き込もうとする。ついで、着ていたカットソーの袖を伸ばしてドアの取っ手に手をかけた。

 が、ドアはびくとも動かなかった。

「開かない」

 不満そうに呟く小百合に憲次は思わず、

「開けて、中入るつもりかよ。あんな血の海のスプラッタに?」

 突っ込んだ。

「いや、開かないなら、それはそれで良い」

 気が済んだのだろう小百合が覗き窓から離れるのを待って、陽一郎が二人に声をかけた。

「少し話しませんか?他の皆さんは食堂に集まっています」

 見れば、いつの間にか鈴たちは廊下から姿を消していた。陽一郎の言葉から推測するに、食堂に行っているらしい。

「そうですね」

 憲次は真剣な表情で頷いた。隣に立つ小百合も、気だるくめんどくさそうな表情を浮かべながらも、否やはないようで、黙って二人の後に従った。


「もうヤダ!」

 広間に続く扉を開けた途端、そんな絶叫が聞こえた。

 見れば娯楽スペースの中央で、多江が泣きじゃくりながら喚いていた。「もうヤダ!家に帰る!帰してよ!こんなとこ、もういたくない!」

 周囲の誰も、そんな彼女を慰めたりなだめたりする余裕がないらしく、気まずそうに顔をそらして聞こえないふりをしている。

 麻緒佳は鈴を慰めるので手一杯だし、空我はまた現実を拒絶するようにビデオゲームにのめり込んでいる。伸夫は多江のヒステリーにイライラしているようだが、だからと云って積極的にかかわろうとはしない。枝亜は、自分にべたべた寄ってくる護を避けるので手いっぱいと云った様子だ。

 陽一郎は、泣きわめく多江の側によって、そっと声をかけた。

「対木さん、落ち着きましょう。ね?」

 多江はしかし、そんな陽一郎に喰ってかかった。

「これが落ち着けるはずないでしょ!なんでそんな平気な顔していられるのよ!?信じられない!普通の人間なら、こんな異常な状況に置かれて平気な顔していられるはずが無い!ここにいるみんな、おかしいのよ!」

「喚いた所で状況は変わらない」

 小百合が静かに云った。「むしろ体力を浪費して、身体を弱めるだけ。みんなそのことが判っているから、無駄にエネルギーを使わない」

「はああ!?」

 多江が目をむいて小百合を睨みつけた。「じゃあ何!?私が悪いの!?私がバカなの!?私がバカだから、エネルギーを垂れ流しているって、そう云いたいわけ!?」

「あなたがどれだけ体力を浪費しようが、私には関係ない。ただ、こう云う風に、皆が集まったところでわめかれると、迷惑。うるさい」

「な――っ!」

 絶句した多江に、小百合は続ける。

「泣いてわめけば家に帰れるか?太仁や伊東、桂の3名がここにまた元気な姿を現すか?違う。だからお前がしているのは、単なる無駄だ」

「……」

 ぱくぱくと、口を開け閉めすることを何度か繰り返した多江は、深呼吸した後、低い声を絞り出した。「あんた、人間じゃない。まともな人間なら、そんな風に冷酷に考えたりしない。そうよね、考えてみればあんたたち、死体が出てもろくに動揺しなかったし、最初っから死体に平気で触って、動かしてたじゃない。まともな人間ならそんなこと、できるはずない!」

「感情の表し方はひとそれぞれ。表に出さないからと云って、その人が何も感じていないとは限らない。自分と同じ感情の表し方をしないことは、そのひとを責める理由にはならない。それと、自分がやりたくない、できないことを他者がやったからと云って、そのひとを責めるのはお門違い。そもそも平富と佐々岡は、しなければいけないことを引き受けてくれただけ。それとも、あのまま太仁や伊東を放置しておいた方が良かったの?毎日毎日、三度の食事の支度をするたびに、ごろりと転がっている彼らを目にしたかったの?」

「……」

 再度絶句した多江は、そしてわっと泣きじゃくり始めた。「もうヤダ。こんな冷酷な人と一緒にいたくない!」

 絶叫した多江は、陽一郎の制止を振り切って、広間を飛び出して云った。

「……行っちゃいましたね」

 陽一郎は、多江を引き留めた際に引っかかれた手の甲をさすりながら、八の字に眉を下げた。「話し合いを、と思いましたが、そもそも皆さんショック状態のようですし、……今後どうするかを話しあうのは、もう少し時間を置いた後の方がよいかもしれませんね」

「確かに」

 依然しくしくすすり泣きを続ける鈴や、周囲の全てを拒絶してゲームに没頭する空我を見て、憲次は云った。「無理に強行しても、恐らくは感情論になるだけでしょうし。とりあえず、今は全員で今後の対策を練るのはやめておきますか」

「そうですね」

 陽一郎が、朝の話し合いは取りやめにしようと提案するのを横目に、憲次は厨房に入った。多江や鈴ほどではないが、憲次もやはり動揺していた。コーヒーでも飲んで気持ちを落ち着かせようと思ったのだ。

 昨日のうちに見つけておいたコーヒー豆をマシンにセットして、スイッチを淹れる。しばらくすると、豆を焙煎する香ばしいにおいが周囲に漂い始めた。

(良い香りだ)

 馥郁とした香りがあんまり豊かであんまり平和的すぎて、自分が今置かれた状況との対比に、少し笑えた。

「コーヒー?」

 香りに惹かれたのか、小百合が厨房に顔を出した。

 憲次は頷いた。

「飲むか?」

「飲む」

「じゃあ、持ってくから、向こうでちょっと待ってて」

「解った」

 頷いて引っ込んだ小百合は、すぐにまた顔を出した。

「平富も飲むって」

「了解」

 コーヒーを注いだカップ&ソーサ3客と、ブラウンシュガーが詰まったポット、それにミルクピッチャを盆にのせて食堂に戻ると、陽一郎と小百合は、向かい合わせに座って何か静かに話していた。小百合の手の中には、いつの間に持って来たのだろう、タブレットがあった。

「タブレットがどうかしたの?」

 二人の前にカップと砂糖、ミルクを置きながら憲次が訊ねると、陽一郎は短く礼を述べた後、コーヒーに砂糖を3杯入れて掻きまわしながら答えた。

「そこのテーブルの下にあったのを、先ほど小百合さんが見つけたんです」

「恐らく、伊東の」

「ああ、……」

 そう云えば昨晩は、伊東の身体は彼女の部屋に移したものの、彼女の持ち物までは気が回らなかった。

「伊東さんのタブレットが、どうかしたのか?」

「停止していて、使えない」

「充電が切れたのか?」

「否。昨日あのイカレ帽子屋が云ってた通り、彼女が脱落したから、主催者が使用を停止したんだと思う。」

「そうか、……」

 あえて直截な表現を使わず、「脱落」という言葉を使った小百合の胸中を慮りながら、憲次は彼女の隣の席に腰かけた。

「3人出ましたね」

 ぽつり、と陽一郎が呟いた。

「3人?」

 憲次が訊ね返すと、陽一郎が眉毛を八の字に下げてため息をついた。

「多仁さんと、伊東さんと、桂さん。ここに連れてこられてから、まだ一日しか経過していません。わずか一日しか過ぎていませんのに、3人も犠牲者が出てしまいました」

「状況に慣れる間もなく、次々にことが起きたから、対応も後手後手で、何もできなかった」

 ミルクをたっぷり入れたコーヒーをふぅふぅ拭いて冷ましながら、小百合がぽつりと云った。

「考えたからって、できることはあるのか?」

 ブラックでそのままグイッとコーヒーをあおり、咽喉を焼く熱さをしばらく楽しんだ後、憲次は訊ねた。「あのイカレ帽子屋が決めたルールを破れば、即ペナルティだろ?結局おれたちは、毎晩一人を指名して首を絞め、毎晩一人が人狼に殺される以外にないんだ」

「人狼二人が誰なのか、推理して当てればここから出れる」

 どうやら小百合は猫舌らしい。慎重に拭いて冷ましたコーヒーを恐る恐るすすった後、「熱っ」と小さく悲鳴をこぼしてカップをテーブルに戻す。戻したカップを恨めしげに眺めながら、ぽつりとつぶやいた。「とりあえずすべきなのは、誰が人狼なのかを探りだすこと」

「探り出すって……どうやって?」

「考える」

 ミルクコーヒーを備え付けのティスプーンですくってぱくっとひと匙咥えたのち、空になったスプーンの先端を天井に向けて小百合は云った。「今判っていることを整理する。今現在の生存者は10名。このなかに、人狼が一人ないし二人紛れ込んでいる」

 憲次は首をかしげた。

「一人ないし二人?人狼は二人じゃないのか?」

「現時点における脱落者は3名。この中に、人狼が含まれている可能性は、ゼロではない」

「そうしたら、残り一人を探せばいいだけなのか!」

 そう思うと、少し気分が明るくなった。

 が、小百合はかぶりを振った。

「自分から云い出しておいてなんだけど、3人の脱落者の中に人狼が含まれている可能性は、かなり低い。何故なら、夜間に被害者を選出するにあたって、人狼が複数いた場合、彼らの間で合意が必要だという説明が最初にあった。つまり、人狼による同志討ちは不可能。よって、桂は人狼ではない。

 また、他者に対する悪口、レッテルづけとして人狼と云う単語を使用していた伊東の様子を見るに、彼女が人狼であった可能性もほぼないと思って良い。他人に浴びせかける悪口に、自分もなっている役割名をつかうことはないはずだから。

 もっとも可能性があるのは、ゲームの詳しい解説がすむ前に脱落した太仁だけど。本当に彼がそうだったのか、確認するすべがないのが痛い。こう云うゲームの中には、脱落者が発生した場合、ゲーム進行の司会者から、彼が何者であったのかアナウンスがある場合もあるんだが、ここはそういうルールをとっていないようだ」

「こういうゲームって、……小百合は何か知ってるのか?」

「テーブルゲームに、似た物がある。もちろん実際に命のやり取りはない。考案者がゲーム素案を無料開放(フリー)にしてくれたから、国内外で複数のメーカーがカードなどをまとめたゲームセットを売り出している」

「そうなんだ」

「力永さんは、博識なんですね」

「雑学を集めるのが好きなだけ」

 陽一郎に照れたような笑いを向けた小百合は、次いで憲次に胡乱な眼を投げつけた。「私は、君に私の名前を呼び捨てすることを許した覚えはない」

「そう云えば、佐々岡さんはいつの間にか、力永さんのことを名前呼びしていましたね」

 陽一郎が、今気付いたというように小さな目を見開いた。

 憲次も、云われて自分が彼女を名前呼びしていたことに気がついた。

「いや、気が付いたらそうなっていて……なんか、力永さん、って呼ぶよりも、小百合って呼んだ方が自然と云うか……」

「私には自然ではない。そもそも他人に名前を呼び捨てされるのは嫌いだ」

「じゃあ、小百合さん?小百合ちゃん?」

「名前呼びから離れろ」

「さゆちゃん、さゆっち、さーちゃん、しゃーちゃん、……」

 思いつくまま呼び名を口にしていると、小百合の顔がこわばった。憲次は慌てて謝った。

「ご、ごめん。そんなに嫌だとは思わなかった。力永さん、こう呼ぶから。うん、ごめん!」

「……もういい」

 小百合は、膝手を置いて頭を下げた憲次から顔をそむけるようにして、ようやく冷めたミルクコーヒーを静かに飲み始めた。


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