05
『お疲れ様。僕がいない間に、色々とゲームの下準備を進めてくれていたみたいだね』
どうやらモニタ画面を切っていた間も、こちらの様子はうかがっていたらしい。そうほほ笑むイカレ帽子屋に、陽一郎はきっとまなじりを吊り上げた。
「あなたのためではありませんよ。私たちはこれから、互いに協力するんです。協力して、この異常な状況にあたるんです。そのための自己紹介です」
『そう?まあ、それはどうでもいいんだ。じゃあ、いよいよゲームルールの説明に入ろうか』
椅子の背もたれに深く寄りかかったイカレ帽子屋は、指先をこすり合わせると、にんまり笑った。
『さっきも云ったけど、ゲームの基本ルールは簡単。人狼役に抜擢された人は、自分たち以外の人間を殺す。人狼役以外の人たちは、自分たちに仇なす人狼を探し出して処分する。これだけね。
ちなみに、それぞれの役割は、君たちの部屋に置いてあるタブレットを通じて知らせたはずだけど、みんな憶えてる?人狼は最初2名選出したよ。人狼以外の人たちは、誰がその2名なのか、推理してあててね。
人狼の方は、自分たちと同じ人数まで、人狼以外の役割を持った人を殺して減らすこと。2名の人狼が生き残っている場合、その他の人間を2名まで減らしたら、その時点で人狼の勝ちになるよ』
憲次たちは声もなく、イカレ帽子屋の言葉を聞いた。
そっと、周囲の様子をうかがう。他の者も、それとなく自分の周囲をうかがっているようで、憲次と目が合うと不自然な勢いでパッと顔をそらした。
このなかに、自分を殺す人狼がいる。
(誰だ……?)
誰もが怪しく思えて、誰もが自分を殺そうとしているように思えてくる。
(落ちつけ……いるとしても、そいつは2人だけだ。全員が敵ってわけじゃない)
が、そう云い聞かせれば云い聞かせるほど、周りにいる全員が自分を殺そうと、隙をうかがっているように感じられて仕方が無い。
憲次たちの動揺を楽しむように、イカレ帽子屋はクックッと咽喉を鳴らした。
『じゃあ、細かい役割の説明に入ろうか。
君たちは、大きく分けると人狼と人間と云うくくりになるけれど、人間はさらに細かく分類されるんだ。
まず、巫子ね。これは、1日1回、指定した人物がどんな役割を持っているのか、託宣で知ることができる。これは、託宣を願う時点で生きている者、死んでいる者、どちらでも確認は可能。手順なんかの詳しいやり方は、巫子のタブレットに送っておいたから、後で本人が確認して。
次は猟師。人狼は、昼間は人間とまったく変わらない姿をしていて、辺りに夜の闇が満ちると、半人半狼となって人を襲うって設定になってるんだ。で、猟師はその夜間に、指定した人間一人を守ることができる。詳しいやりかたは、これも本人のタブレットに送っておいたけれど、守るためには事前の申告が必要で、しかも一度申告したら、中途で変更することはできないってことは、みんなに知らせておくよ。それと、注意してもらいたいのは、一晩のうちに護ることができるのは、自分を含めた一人だけってこと。だから、自分以外の誰かほかの人を護衛中に、自分が人狼に襲われたら、猟師は何もできないまま死ぬしかないの。可哀そうだけど、仕方ないよね。
で、最後に村人。村人たちは、一人ではなんの力も持たない。無力な一般人なんだ』
(まじかよ……。よりによってなんの力もないパンピーかよ)
憲次はため息をつきかけて、慌てて呑みこんだ。ゲームの内容が解った以上、あまり人目を引く反応はしないようが良いと、そんな防衛本能が働いたのだ。変に人目を引いて、自分が村人役だと露見するのも問題だが、人狼だと疑われたら大変だ。タブレットのファイルが消えてしまった以上、憲次が本当に村人であると証明するすべはないのだ。
まるでそんな憲次の胸の内を読み取ったように、イカレ帽子屋はケラケラ嗤う。
『村人に当たった人は、落ち込んじゃったかなぁ?でも、気落ちする必要はないよ。何故なら君たちは一番数が多い。どこの世界でもそうだけれど、数は力なんだ。君たちは、3人がそれぞれの合意のもとに協力すれば、人狼の襲撃を退けることができる。僕はこれを、相互防衛サークルって名付けたんだけれど、この相互防衛サークルは、やっぱり夜間の指定時間に、タブレットを通じて結んでもらうことで効果を発揮する。詳しいやり方は、全員のタブレットに送っておいたよ』
すごいでしょ便利でしょ、とイカレ帽子屋は手を叩いてはしゃぐが、もちろん憲次たち、モニタのこちら側にいる者がそれに応じることはなかった。
無視されたことを気にした様子もなく、イカレ帽子屋は言葉を継ぐ。
『ただ、あんまり便利すぎるとゲームの進行が硬直しちゃうから、この相互防衛サークルは、同じ3人での組み合わせは、連続では使えないってことにしたよ。それと、相互防衛サークルを結んだ中に人狼が一人でも紛れ込んでいたら、その村人は全滅するから。相互防衛サークルを結ぶ時は、よくよく気をつけて相手を選んでね。
あと、夜にすることのある巫子と猟師は、そもそも相互防衛サークルには入れないから。気をつけてね』
「じゃあ、巫子はただ人狼に喰われるだけなのかよ?それってあんまり可哀そうじゃね?」
護が思わずと云った態で訊ねた。
『そうだね。でも、異能の持ち主は一般人とは区別されるのが世の倣いってものじゃない?それがいやなら、異能を駆使して他者を自分の思い通りに動かすか、猟師のように力を持った者に、どうか自分を守ってくださいってお願いすればいいと思う。どうするかは、巫子に選ばれた本人次第だけどね』
これでだいたいの役割説明は終わったかな、とイカレ帽子屋は呟いた。
『じゃあ、次はゲームの進行の仕方と細々とした決まりごとの説明ね。
まず。誰が人狼か否かは、その日21時50分から22時までの10分間に、タブレットを通じて投票してもらうよ。そのなかで一番多い票を獲得した人間が、処分される。キュっとね』
イカレ帽子屋が、雑巾を絞るような手つきをして見せると、女性たちの中から、いやぁ、という弱弱しい悲鳴が湧きあがった。
もちろんイカレ帽子屋はそんな悲鳴には全く頓着しない。
『投票によって処分されるのは、1日につき一人だけ。だから最大票数を複数人が獲得した場合は、それらの人たちの間で決選投票をしてもらう。
最大票数を獲得した人は、それが本当に人狼であっても、そうでなかったとしても、関係なく処分されるから、投票する際には気をつけてね。自分が本当に人狼だと思う人に票を入れること。これは僕からの忠告だよ。
あと、夜間22時から翌朝6時迄は、暗くて危ないから。人間は必ず自分の部屋にとどまってね。これに違反した悪い子はやっぱり、キュっだから』
ケタケタケタ、嗤いながらイカレ帽子屋は雑巾を絞る手つきを繰り返す。
『あ、今、22時から翌朝6時迄、人間は必ず自分の部屋にとどまることって云ったけど、例外はあるよ。人狼二人は、22時05分から22時20分の間、自分の部屋を出て、その日襲う人間を選別してもらうから。
これも、襲うのは人狼の人数にかかわらず、1日につき一人だけだから、よく相談して、二人の間で意見を合致させてね。あと、実際に手を下すのは僕たちがしてあげるから、安心してね。
誰を襲うのか決めたら、それぞれ部屋に帰ってね。22時20分以降、部屋の外にいたら、人狼とはいえ例外なく、処分させてもらうよ』
キュっ。
『ゲームに関する説明は、これくらいかな。詳しいことは文章にしてそれぞれのタブレットに送っておいたから。後で各々確認してね。ルールをわざと無視したり逸脱するような行為をした場合も、もちろんペナルティだから。気をつけてね。
ああ、そのタブレットだけれど、君たちが首にはめてる輪っかと連動してるから。連動した輪っかの近く、半径50センチ以内でないと、タブレットは操作できないよ。だから他人のタブレットを盗み出して、自分に都合のよい投票をしようとしても、無駄だから。あと、タブレットは首輪から電源が落ちたら、自動的に停止するようになってるよ……って、これば特に云わないでもいいことかな?
そうそう、ゲームが決着するまで、君たちはここにとどまってもらうけれど、ここにある物は全部好きなように使ってくれて構わないよ。ただ、さっきの人みたいに、意図的かつ無意味に設備や備品を破壊しようとしたら、ペナルティだから。気をつけてね』
じゃあねー、と手を振りかけたイカレ帽子屋は、そこでふと思い出したようにまた云った。
『そうそう。何か僕に話すことがあったら、ここに来て声を掛けてくれればいいから。モニタ画面が切れていても、僕は大抵ここにいて、君たちのことを見ているから』
じゃあね、と今度こそ手を振って、イカレ帽子屋は消えた。
暗転した画面を、憲次はしばらく呆然と眺めた。
「狂ってる……」
誰かが呆然と呟いた言葉に、胸の中で同意した。