黄金様の憂鬱で平穏な日常~高天原視点~
高天原――多くの神々が住み現在でもその
営みが絶えず行われている永久の場所。
そんな高天原の一角で、何やら怪しげな声が聞こえる。
「おおっ黄金!そんなはしたない格好を晒してしまうなんて
お父さんは……お父さんはっ!ハァハァ……」
綺麗に磨かれた水晶に顔を近付け、今にも飛び出しそうな眼を充血させて
凝視している、端正な顔立ちの人物――彼こそが誰であろう、かの有名な
大国主である。
彼は『穢れ』に覆われた地上を平定したのち、その監視役と
して、自らの分身ともいうべき『稲荷神ネットワーク』を全国へ
張り巡らせ、日々その観察に余念がない。
というより、自分の実の娘であろう稲荷神たちを眺めては、このように
息を荒げている始末なのだが。
「ハァハァ……もうちょっと、もうちょっと脚を上げてはくれぬか……」
大国主が醜態を晒している側で、透き通るような美声が響いた。
「お父様、また稲荷神の観察ですか?熱心でございますことで」
「ん?なんだ事代主か。私は今忙しい、用があるなら後にしろ」
事代主と呼ばれた、当に美男子を絵に描いた様な神は、父の情けない
姿を眺めつつ溜息をつく。
「お父様。つい先程、弁財天様から招集が
御座いまして、急を要するとのお達しです」
それを聞いた途端、大国主の表情が変わる。
「……ほう、我ら『七福神』が寄り集まるのは何年振りか。
しかも此度の招集は福禄寿の爺ではないとな?」
「はい、おそらくは『穢れ』に関する一件ではないかと」
「ふん、まったくあれの動きにはほとほと困らされる。
地上には黄金を陰陽師代行として送らせてあるのだがな」
「黄金さんでも手に余る事態なのでしょう。兎に角お急ぎ下さい」
「応、私のかわゆい稲荷神達にもしもの事があったなら
私自ら地上へ赴き制裁を食らわしてくれようぞ!」
そう言うと、大国主は重い腰をどっかと上げて歩き出す。
~~その頃~~
「……こーちゃん、心配なの。
ざわざわが、また強くなってきてるの。」
光の届かない暗室の奥、ディスプレイの薄い光だけが頼りの部屋の中。
歳の程はまだ十もいかないであろう少女が、画面を見つめ
呟いた。
「メール、送ろうかな……。
でもでも、こーちゃんの迷惑になるのは嫌だし……。
あーーどうしよ~~!」
髪をくしゃくしゃと掻き乱しながら、少女は覇気のない声で喚いた。
「あ、そうなの。素戔嗚尊に頼めばいいの。」
少女は、手慣れたブラインドタッチでメールを書き認める。
エンターキーを押して数分とかからず、闇の支配していた部屋に
眩いまでの光が差し込む。
「よう姉貴!俺様に用ってえのは何だい?」
開口一番、江戸っ子の様なべらんめえ口調で怒鳴り込んできたのは
彼女が先程メールを送信した神――素戔嗚尊だった。
「素戔嗚尊、一寸頼みがあるの。」
「へへっ!姉貴にはさんざ借りがあるからなあ!
なんせ高天原の当主・天照大神様であらせられる!
弟の俺様が断る義理はねえってもんよ!」
「あの、貴方から神器……『三種の神器』を預かってもいいの?」
「お?神器が必要ってんなら、ニニギの野郎に言いつけて持って来て
やるぜ!任せときな!!」
その言葉を聞き入れるやいなや、素戔嗚尊は胸をどんと叩いて応える。
「うん、ありがとう……なの。」
「水臭えぜ姉貴!困った時はお互い様、って言うだろ?」
「……ふふ、素戔嗚尊が賢くなったように見えるの。」
「俺だって何百年もありゃあ賢くもならあな!じゃ、行って来るぜ!」
少女――天照は暖かな笑みを浮かべ、勢いよく走り出す弟を見送った。
と、次の瞬間天照は外からの光に眼を細める。
「あー……眩しいったらないのー。」
素戔嗚尊が開け放った戸を閉め、彼女は再びディスプレイの前に
鎮座する。
彼女が此処……『天岩戸』に引き籠って以来、碌に光に当たっていない
所為か、その姿は色白で長い黒髪の少女にしか映らなくなった。
因みに、彼女が最初に口にした「こーちゃん」こそ、現在地上にて
『穢れ払い』に従事している稲荷神・黄金の事である。
彼女が引き籠った一件についても、黄金の必死の説得によって
自信を取り戻したために、こうして『天岩戸』の中でのみ謁見を
許される形となったのだ。それ以降、二人は親友のように互いを
「こーちゃん」「天様」と呼ぶようになった。
「こーちゃん、早く帰ってきてほしいの……。」
少女の切なる願いは、お天道様に届いただろうか?
==了==
今回は、黄金を地上へ送った大国主と、大親友でもあり
最高神でもある天照大神にスポットを当ててみました。
この作品、日本神話の登場人物も少なからず現れるので
前回の建御名方同様、詳細なキャラ説明が必要になってきます。
まあ、作っているこっちは半ば楽しみながらやらせて
いただいていますが;
それでは、ご意見ご感想等あれば遠慮なくお書き下さい。