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恋をしたのは鬼でした  作者: だんご


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3/10

また会う約束

 少女――いや、チヨは、僕の手を引く前にふと思い出したように振り返った。


「そういえば、言ってなかったね」


 くすっと笑う。


「私はチヨっていうの」


 その名前を、確かめるみたいに胸の中で繰り返す。


(チヨ……)


 短くて、やわらかくて。

 どこか、彼女にぴったりの響きだった。


 言おうとして、少し迷う。


 けれど、このまま黙っているのは嫌だった。


「……僕は、サク」


 ようやく名乗ると、チヨは嬉しそうに目を細めた。


「サク、ね。いい名前」


 それだけの言葉なのに、胸が少しだけ温かくなる。


 そして彼女は、何のためらいもなく僕の手を取った。


「行こ」


 その一言で、僕はもう何も考えられなくなった。


 しばらく歩いて、森を抜ける。


 視界が開けた先に――村があった。


「……え」


 思わず声が漏れる。


 そこに広がっていたのは、見慣れたような風景だった。


 木でできた家。

 行き交う人々。

 笑い声や、生活の音。


 ――人間の村と、ほとんど変わらない。


 ただ一つ、違うのは。


 そこにいる人たち、全員に――角があった。


(……ここが、鬼の村)


 怖い、と思うはずだった。


 けれど不思議と、そんな感情は湧いてこない。


 チヨが隣にいるからかもしれない。


「おおー、チヨ。帰ったか」


 低くてよく通る声が響く。


 振り向くと、大柄な男がこちらへ歩いてきた。


 その額にも、しっかりとした角がある。


 男はチヨの前まで来ると、自然な手つきで頭をぽんぽんと撫でた。


「どこ行ってたんだ」


「ちょっとね」


 チヨは少しだけ笑って答える。


 そして男の視線が、ゆっくりと僕へ向けられた。


「……それで、こっちの子は?」


 少しだけ訝しげな目。


 当然だと思う。


 人間が、こんな場所にいるんだから。


 チヨは、ためらいなく言った。


「サク。村で仲良くなったの」


 “仲良くなった”。


 その言葉が、やけに嬉しかった。


「……そうか」


 男は一瞬だけ考えるような間を置いて、短く頷いた。


 それ以上は何も言わない。


 その空気が少し緩んだ時――


「サクね、すごいお腹空いてるみたいだよ」


 チヨが、楽しそうに言った。


「さっきもね、ぐーって。すごい音してたんだから」


「ちょ、ちょっと……!」


 慌てて止めようとするが、遅い。


 顔が一気に熱くなる。


 男は一瞬きょとんとして――すぐに豪快に笑った。


「ははっ、そうかそうか!」


 そして、にやっと口角を上げる。


「よし、待ってろ。うめぇもん食わせてやる」


 そう言って、さっさと家の方へ向かっていく。


「行こ」


 チヨがまた、当たり前みたいに僕の手を引いた。


 そのまま後をついていく。


 案内されたのは、どこにでもありそうな客間だった。


 木の床に、座布団。

 落ち着く匂い。


 僕はそっと座る。


 チヨも、隣に座った。


「ね、サク」


 顔を覗き込んでくる。


「びっくりした?」


「……ちょっとだけ」


 正直に答えると、チヨは楽しそうに笑った。


「でも、怖くないでしょ?」


「……うん」


 本当に、そう思った。


 怖くない。


 それどころか――


 落ち着く。


 不思議なくらいに。


 それから、他愛もない話をした。


 山のこと。

 川のこと。

 どうでもいいようなことばかり。


 なのに、すごく楽しかった。


 時間が、あっという間に過ぎていく。


 やがて、いい匂いが部屋に入ってきた。


「できたぞー」


 さっきの男が、大きな鍋を持って現れた。


「うわ……」


 思わず声が漏れる。


 湯気の立つ鍋の中には、肉と野菜がたっぷり入っている。

 出汁のいい香りが、鼻をくすぐった。


「ほら、遠慮すんな。食え」


「い、いただきます……!」


 一口、口に入れる。


「……っ!」


 思わず顔を上げた。


「うまい……」


 本気で、そう思った。


 チヨも、嬉しそうに笑う。


「でしょ?」


「うん……すごい美味しい」


 二人で顔を見合わせて、自然と笑っていた。


 それから、たくさん食べて。

 たくさん話して。


 気づけば、鍋はすっかり空になっていた。


「ごちそうさまでした」


 深く頭を下げる。


 外を見ると、空は赤く染まり始めていた。


「もうこんな時間か」


 男が腕を組みながら言う。


「暗くなる前に帰るか?」


 その言葉に、少しだけ胸がきゅっとする。


 帰りたくない、なんて――思ってしまう。


 でも、帰らないわけにはいかない。


「……うん」


 立ち上がる。


 外に出ると、夕焼けが広がっていた。


 帰り道の途中。


 あの川の近くで、足を止める。


「また、ここで会おうね」


 チヨが言う。


 当たり前みたいに。


 まるで、明日も会うことが決まっているみたいに。


「……うん」


 僕も、迷わず頷いた。


 それだけで、十分だった。


 そして僕は、家へと帰った。


 扉を開けると、すぐに声が飛んでくる。


「ちょっと、サク!どこ行ってたの!」


 母さんだった。


「こんな遅くまで……心配したんだからね!」


「あー……その、ちょっと山で……」


 適当にごまかす。


 本当のことなんて、言えるわけがない。


 母さんは大きくため息をついた。


「もう……危ないことしないでよね」


 少し間を置いて、言葉を続ける。


「特に――鬼なんかと関わっちゃダメよ」


「……」


 胸の奥が、少しだけ重くなる。


 さっきまでの温かさとは違う、引っかかる感じ。


 何も言えなかった。


 ただ、曖昧に頷くだけ。


 部屋に戻り、布団に入る。


 目を閉じると、すぐに思い浮かぶ。


 青い髪。

 やさしい声。

 手の温もり。


 今日一日の出来事が、何度も繰り返される。


 そして、胸の奥に残るこの感覚。


 うまく言葉にはできないけど――


 たぶん僕は、もう分かっている。


 

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