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恋をしたのは鬼でした  作者: だんご


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2/18

鬼の少女と僕の始まり

 声をかけたい――そう思った。


 けれど、喉が動かない。


 さっきまで薪を割っていた時とは違う。

 体は動くのに、言葉だけが出てこない。


(なんて言えばいい……?)


 名前も知らない。

 相手は鬼だ。人とは違う存在だ。


 なのに――怖くない。


 それどころか、近づきたいと思っている自分がいる。


 胸の奥が、落ち着かない。

 心臓の音がやけにうるさい。


 どうしようもなく立ち尽くしていると――


「どうしたの?」


 不意に、声がした。


 少女の方からだった。


 驚いたようでも、警戒しているわけでもない。

 ただ純粋に、不思議そうにこちらを見ている。


 その瞳に見つめられて――


 頭が、真っ白になる。


「あ、えっと……その……!」


 口を開いた瞬間、何を言うつもりだったのか分からなくなる。


 焦りだけが募っていく。


 何か言わなければ。

 でも、変なことは言いたくない。


 ぐちゃぐちゃに絡まった思考の中で、ようやく一つの言葉を絞り出した。


「い、いつも……いるんですか……!」


 少しだけ、声が裏返った。


 言った瞬間、自分でも分かる。

 失敗した、と。


(もっと他にあっただろ……!)


 けれど少女は、くすりともせず、ただ柔らかく頷いた。


「うんうん。今日はね、たまたまこっちを見てみたくなって来たの」


 そう言って、彼女は視線を川へと向ける。


「……綺麗ね」


 その一言は、独り言のように静かだった。


 川の水は透き通り、底の石が陽の光を受けてきらきらと輝いている。

 小さな魚たちが、群れになって泳いでいた。

 流れは穏やかで、耳を澄ませばやさしいせせらぎが響く。


 けれど――


(違う)


 少年は思う。


 いつも見ているはずの景色だ。

 見慣れているはずの川だ。


 なのに今は――


 まるで、初めて見るもののように美しい。


 いや、違う。


 彼女がいるからだ。


 青い髪が水面の光を受けて揺れる。

 横顔はどこまでも静かで、どこまでも遠くて。


 この景色に溶け込んでいるのに、

 どこか現実離れしていて――


 まるで、この世界のものじゃないみたいだった。


(……綺麗なのは……)


 喉まで出かかった言葉を、飲み込む。


 代わりに、ただ見つめることしかできない。


 また、見惚れてしまう。


 何度目かも分からない。


 その時だった。


 ぐぅ――……。


 間の抜けた音が、静かな川辺に響いた。


「――っ!!」


 一瞬で現実に引き戻される。


 顔が熱くなる。

 たぶん、真っ赤だ。


 少女は一瞬きょとんとして――


 くすり、と笑った。


「お腹減ったの?」


 その声は、どこか楽しそうで、やわらかかった。


「わ、悪い……いや、そういうわけじゃ……!」


 否定しようとして、できない。


 空腹なのは事実だった。


 少女はそんな様子を見て、少しだけ首を傾げる。


「じゃあ、私の村においでよ」


 あまりにも自然に、そう言った。


「え……?」


 思考が止まる。


「ご飯、あるよ」


 当たり前のことのように、続ける。


「いや……でも……」


 戸惑う。


 相手は鬼だ。

 村に行くということは――人間の世界ではない場所へ行くということだ。


 頭では、分かっている。


 行ってはいけない。

 関わってはいけない。


 けれど――


「いいの」


 少女は、はっきりと言った。


 迷いのない声だった。


 そして、そっと手を伸ばしてくる。


 触れられる。


 その瞬間、びくりと体が震えた。


 温かい。


 人と、変わらない温もりだった。


「行こ?」


 微笑む。


 断る理由なんて――もう、どこにもなかった。


「……うん」


 気づけば、頷いていた。


 手を引かれるまま、歩き出す。


 山道を進む。

 見慣れたはずの道を、違う景色のように感じながら。


 木々の緑が、やけに鮮やかだった。

 風の匂いも、土の感触も、すべてがくっきりと輪郭を持っている。


 隣には、彼女がいる。


 それだけで――


 世界が、こんなにも違って見える。


(……なんなんだ、これ)


 胸の奥が、ずっと騒がしい。


 握られた手の温もりが、消えない。

 離れたくないと、どこかで思っている。


 理由なんて分からない。


 でも――


 きっとこれは、特別なことなんだと思う。


 さっきまでの、ただの一日じゃない。

 ただ山に来て、木を切って、帰るはずだった日。


 それが、こんなふうに変わってしまった。


 隣で歩く彼女の横顔を、そっと盗み見る。


 風に揺れる青い髪。

 やわらかく細められた瞳。


 その一つ一つに、目が奪われる。


 なんでもない景色が、輝いて見える理由も。

 胸がこんなにうるさい理由も。


 もう、分かっていた。


 僕は――


 この少女に、恋をしてしまったのだ。


 

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