恋をしたのは君でした
戦いの後は、静かだった。
耳に残っていた叫びも、ぶつかる音も、もう聞こえない。
代わりに残っているのは、焦げた匂いと、崩れたままの景色だけだった。
焼けた地面。
倒れたままの柵。
壊れた家の残骸。
けれど、完全な終わりではなかった。
そこにはまだ、人がいた。
傷の手当てをしている者。
黙って瓦礫を片付けている者。
何も言わずに、ただ座り込んでいる者。
誰も、大きな声は出さない。
ただ、それぞれが、生きていることを確かめるように動いていた。
少し離れた場所には、鬼たちもいた。
同じ空間にいる。
けれど、近くはない。
互いに視線を合わせることもなく、
かといって、完全に離れるわけでもない。
曖昧な距離。
それでも――
確かに、同じ場所に立っていた。
その光景を、少し離れたところから見ていた。
隣には、チヨがいる。
言葉はない。
ただ、同じ方向を見ている。
少しだけ、距離を空けて。
やがて、足音が近づいてきた。
振り向くと、あの時の男だった。
一瞬、迷うように立ち止まる。
それから、チヨを見る。
言葉はない。
けれど――
軽く、頭を下げた。
それだけだった。
チヨは少しだけ目を見開いて、
それから、ゆっくりと息を吐いた。
男はそのまま、何も言わずに去っていく。
サクは前に向き直った。
「……終わったのか?」
ぽつりと、こぼれる。
自分でも、分からないままに出た言葉だった。
チヨは少しだけ考えてから、答える。
「……分からない」
その答えが、一番正しかった。
終わったとも言えない。
続いているとも言えない。
ただ、この世界は、まだここにある。
風が吹く。
焦げた匂いを、遠くへ運んでいく。
チヨが、ぽつりと口を開いた。
「全部は変わらないけど」
少し間を置いて、
「変わるものもあるね」
その言葉は、小さかった。
でも、確かだった。
サクは、静かに頷く。
目の前の光景を、もう一度見る。
壊れたものもある。
戻らないものもある。
けれど――
さっきまでとは、違う何かが、確かに残っていた。
チヨが、少しだけこちらを見る。
「それでも、一緒にいる?」
ほんの少しだけ、不安が混じった声。
サクは、迷わなかった。
「……うん」
短く、答える。
チヨは、小さく笑った。
その笑顔を見て、サクもほんの少しだけ笑う。
言葉にしなくても、分かることがあった。
この世界で。
人と鬼が憎み合う、この世界で。
きっとこれからも、辛いことはある。
分かり合えないことも、たくさんある。
全部が変わることなんて、きっとない。
それでも。
それでも――
僕は、君に恋をした。
私は、あなたに恋をした。
だから。
この先、どんなことがあっても。
うまくいかないことばかりでも。
それでも、なんとか。
二人で、生きていこうと思う。
並んで立つ。
少しだけ距離を空けたまま。
同じ方向を見て。
まだぎこちない、この世界の先を。
恋をしたのは、君でした。




