戦争
音が、空を裂いた。
合図。
その一瞬で——世界が崩れた。
人間と鬼が、同時に踏み込む。
ぶつかる。
叫び声。
鉄の音。
何かが折れる音。
一気に押し寄せてくる。
サクは、その中に立っていた。
目の前で、人が倒れる。
鬼が吠える。
どちらも、同じ顔をしていた。
怒りと、恐怖。
それだけだった。
「……っ」
足が動かない。
どこを見ればいいのか分からない。
何をすればいいのか分からない。
ただ、戦いだけが進んでいく。
横で、チヨも固まっていた。
その目が揺れている。
自分と同じ種族。
でも——違う。
サクは、歯を食いしばる。
踏み出す。
目の前で振り下ろされる刃を、弾いた。
衝撃が腕に走る。
「やめろ!!」
叫ぶ。
でも、その声は飲み込まれる。
誰にも届かない。
別の場所で、鬼が人間を押し倒す。
逆に、人間が鬼を囲む。
どっちも止まらない。
「……なんで」
思わず、呟く。
どっちも間違ってないはずなのに。
それでも、止まらない。
その時——
空気が変わった。
違う動き。
違う音。
乱暴で、まとまりのない足音。
サクの視線がそちらに向く。
森の奥から現れた影。
角のある鬼たち。
だが、その目は——
さっきまでの鬼とは違った。
笑っている。
楽しんでいる。
「ははっ、いいねぇ!!」
「どっちもやれやれ!!」
無差別だった。
人間にも、鬼にも襲いかかる。
混乱が広がる。
「なんだあいつら……!」
誰かが叫ぶ。
戦場が、一瞬だけ揺れる。
サクの中で、何かが切り替わる。
考える前に、体が動いた。
あの鬼たちへ向かう。
理由はなかった。
ただ——
止めないと、もっと死ぬ。
それだけだった。
刃を受ける。
弾く。
荒い攻撃。
重い。
でも、読みやすい。
サクは踏み込む。
押し返す。
完全に倒すことはできない。
でも、止めることはできる。
その間に——
別の場所で、チヨが動いていた。
一人の人間が、背後から襲われそうになっている。
気づいていない。
チヨは迷わなかった。
飛び込む。
その腕を弾く。
鬼の攻撃を受け流す。
人間の前に立つ。
武器は向けない。
ただ、守る。
人間は固まる。
目の前の存在に。
角のある、鬼に。
でも——
攻撃はされない。
ただ、庇われている。
理解が追いつかない。
「……なんで」
小さく、声が漏れる。
その時——
「待て!!」
声が響いた。
一人の男が前に出る。
サクが視線を向ける。
見覚えのある顔だった。
あの時、助けた人間。
その男が叫ぶ。
「その鬼は違う!!」
戦場に、その声が広がる。
一瞬だけ、空気が止まる。
人間たちの動きが鈍る。
鬼たちも、わずかに視線を向ける。
完全には止まらない。
でも——揺らいだ。
確かに。
サクは息を荒くしながら、その光景を見た。
戦いは続いている。
叫び声も消えない。
でも、さっきとは違う。
ほんの少しだけ。
武器を下げる者がいる。
迷う者がいる。
チヨは、その場に立っていた。
誰も攻撃しない。
でも、誰も近づかない。
その境界の中で。
サクは最後の一撃を弾く。
盗賊鬼を押し返す。
完全には倒せない。
でも、距離を取らせる。
それで十分だった。
それ以上を求める余裕はなかった。
戦場は、少しずつ変わっていく。
止まる場所。
まだ続く場所。
混ざり合う。
崩れていく。
完全には終わらない。
でも、確実に——変わっていた。
サクはその場で息を整える。
チヨと目が合う。
言葉はない。
でも、分かる。
ここまで来たこと。
その意味。
周りには、倒れている人がいる。
動かない者もいる。
煙が上がる。
焦げた匂い。
静かにはならない。
まだ、どこかで戦っている音がする。
サクは目を閉じる。
胸の奥が、重い。
全部は変えられない。
それでも——
変わったものが、確かにあった。




