止められない
地面が、震えているように感じた。
人の足音。
重なる音。
止まらない。
森の外れ。開けた場所の手前で、サクとチヨは立っていた。
木々の隙間から見える光景。
人間たちが並んでいる。
武器を持ち、列を作り、前を見据えている。
「前に出るな!」
「隊列を崩すな!」
怒号が飛ぶ。
鉄が触れ合う音。
息遣い。
その全てが、現実として迫ってくる。
反対側——
鬼たちも集まっていた。
数は多い。
それぞれが武器を持ち、こちらを睨んでいる。
守るためか、攻めるためか。
もう区別はつかない。
ただ、対峙している。
空気が、重い。
張り詰めている。
今にも、何かが切れそうなほどに。
サクは、その光景を見ていた。
何もできずに。
「……止めないと」
思わず、口からこぼれる。
でも、その声は弱かった。
チヨが、隣で静かに言う。
「……無理だよ」
否定ではなかった。
ただ、事実を言っているだけだった。
サクは歯を食いしばる。
「でも——」
言いかける。
言葉が続かない。
チヨは前を見たまま、続けた。
「もう、みんな……そう思ってるから」
個人じゃない。
一人一人の問題じゃない。
集団の意思。
それが、動いている。
サクは一歩、前に出そうとする。
足が動く。
でも——止まる。
どうすればいいのか、分からなかった。
何を言えば止まるのか。
どこに行けばいいのか。
分からない。
視線が揺れる。
その中で——
一人の人影が、目に入った。
少し離れた場所。
人間の列の中。
あの時、助けた人間だった。
傷はまだ残っている。
それでも、そこに立っている。
武器を持って。
こちらを見ている——気がした。
目が合ったのかどうかも、分からない。
距離がある。
でも、確かにそこにいた。
サクは何も言えない。
何もできない。
ただ、見ていることしかできなかった。
あの時、助けた。
確かに変わったものもある。
でも——
足りない。
全然、足りない。
「……どうするの?」
チヨが、初めてはっきりと聞いた。
サクは答えなかった。
すぐには、出せなかった。
視線を落とす。
考える。
選ばないといけない。
ここで。
逃げるのか。
関わるのか。
止めるのか。
頭の中が、ぐちゃぐちゃになる。
それでも——
サクは顔を上げた。
「……行く」
短く、言った。
それが何を意味するのか、自分でもはっきりとは分かっていなかった。
ただ、ここに立っているだけではいけないと、思った。
チヨが、少しだけ驚いたように目を見開く。
でも、すぐに表情を戻した。
「……そっか」
それだけ言う。
止めない。
否定もしない。
ただ、受け入れる。
二人で前を見る。
人間と鬼。
向かい合っている。
距離は、もうほとんどない。
誰かが、前に出る。
誰かが、武器を握り直す。
息を呑む音が、重なる。
そして——
大きな音が鳴った。
合図。
それが、空気を切り裂く。
次の瞬間。
全てが、動き出そうとしていた。
始まってしまう。




