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恋をしたのは鬼でした  作者: だんご


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15/18

引き金



 空気が、重かった。


 どこへ行っても同じだった。森を抜けても、開けた場所に出ても、町の近くに寄っても。


 人の動きが違う。


 足早で、視線が鋭くて、誰もが何かを警戒している。


 遠くからでも分かるくらいに。


「……変だな」


 サクが呟く。


 隣で、チヨは小さく頷いた。


「うん……みんな、ピリピリしてる」


 風が吹く。


 その中に、断片的な声が混ざっていた。


「鬼が動いてるらしい」


「この前の襲撃もそうだって話だ」


「もうすぐ来るぞ」


 別の方向から、違う声。


「人間が集まってる」


「攻めてくる気だ」


「やるしかない」


 どちらも、断定だった。


 噂じゃない。


 “そうだ”と信じている声。


 サクは顔をしかめる。


 チヨは何も言わない。


 ただ、少しだけ視線を落とした。


 ――嫌な流れだ。


 分かる。


 止まらない流れだ。


 その時だった。


 森の奥から、慌ただしい足音が聞こえた。


 複数。


 焦った声。


「こっちだ! こっちに来てくれ!」


 チヨの体が、わずかに強張る。


「……知ってる声か?」


 サクが聞く。


 チヨは一瞬迷って――小さく頷いた。


「……村の人」


 言葉が落ちる。


 次の瞬間、二人は同時に動いていた。


 音の方へ走る。


 枝をかき分け、地面を蹴る。


 胸の奥で、嫌な予感が膨らんでいく。


 そして、開けた場所に出た。


 人が集まっている。


 鬼たちだ。


 その中心に――


 倒れている影。


 チヨの足が止まる。


「……っ」


 声にならない音。


 地面に横たわる一人の鬼。


 動かない。


 周りには、血が広がっている。


 その傍に、見慣れないものが落ちていた。


 布。


 人間のものだと、一目で分かる。


 それだけじゃない。


 刃物の傷跡。


 明らかに、人間の武器でついたもの。


「……人間がやった」


 誰かが言う。


 低く、押し殺した声。


「間違いない」


 別の声が重なる。


 怒りが、じわじわと広がっていく。


 チヨは動けなかった。


 ただ、その場に立ち尽くしている。


 サクは周囲を見る。


 証拠は、揃っているように見える。


 でも――


 何かが引っかかる。


 その時、別の鬼が言った。


「見たんだ……」


 全員の視線が集まる。


「人間……みたいな影が……ここに……」


 言葉は曖昧だ。


 でも、それで十分だった。


 空気が、決定的に変わる。


 疑いが、確信に変わる。


 チヨが、ゆっくりと膝をついた。


 倒れている鬼のそばに。


 震える手が、触れようとして――止まる。


 顔は見えない。


 でも分かる。


 知っている相手だ。


 サクは、何も言えなかった。


 言えるはずがなかった。


 その時。


 遠くから、また別の声が聞こえた。


 人間の声。


 叫び。


「やられた……!」


「鬼が……!」


 風に乗って届く。


 断片的な言葉。


「角の破片が……!」


「間違いない、鬼だ……!」


 サクの背中に冷たいものが走る。


 同時に、起きている。


 同じことが。


 人間側でも。


 証拠。


 目撃。


 断定。


 すべてが、揃っていく。


 チヨが、ゆっくりと顔を上げた。


 目が揺れている。


 信じたくない。


 でも――


 否定しきれない。


「……違う」


 サクが、かすかに言う。


 でも、その声は小さすぎた。


 誰にも届かない。


 周囲の鬼たちは、もう聞いていない。


 怒りが、すべてを覆っている。


「討つぞ」


 誰かが言った。


 静かな声だった。


 でも、それで十分だった。


 全員が動き出す。


 武器を取る。


 準備を始める。


 もう、止まらない。


 サクは歯を食いしばる。


 分かっている。


 違う。


 全部、違う。


 でも――


 何もできない。


 言葉じゃ、届かない。


 証拠がある。


 感情がある。


 それで、十分すぎる。


「……止めないと」


 思わず、口に出る。


 チヨは少しだけ目を閉じて――


「……止まらないよ」


 静かに言った。


 否定じゃない。


 分かっているからこその言葉。


 サクは、何も返せなかった。


 遠くで、人の流れが動き出す。


 鬼たちも、同じように動く。


 向かう先は、同じ。


 ぶつかるために。


 風が強く吹いた。


 木々が揺れる。


 空気が、変わる。


 もう、戻れない。


 サクは拳を握る。


 チヨは立ち上がる。


 二人は、同じ方向を見る。


 止めたい。


 でも、止められない。


 その現実だけが、はっきりとそこにあった。


 世界が、動き出す。


 もう、誰にも止められない。

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