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恋をしたのは鬼でした  作者: だんご


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10/18

知らない現実



 光が差し込んでいた。


 壊れた屋根の隙間から、細い光が小屋の中に落ちている。


 昨日とは違う、静かな朝だった。


 サクはゆっくりと目を開ける。


 身体は重い。けれど、あの夜の緊張は少しだけ抜けていた。


 ふと横を見る。


 すぐ近くに、チヨがいた。


 小さく丸まるようにして、静かに眠っている。


 その姿を見て、サクはほんの少しだけ息を吐いた。


 ……ちゃんと、ここにいる。


 それを確かめるように、視線を落とす。


 しばらく、そのまま動けなかった。


 やがて——


 チヨが、ゆっくりと目を開ける。


「……あ」


 少しだけ驚いたような声。


 サクと目が合う。


 ほんの一瞬だけ、間があって——


「……おはよう」


「……おはよう」


 短いやり取り。


 それだけで、少しだけ空気が和らぐ。


 サクは立ち上がった。


「……水、探してくる」


「……うん」


 チヨが小さく頷く。


 外に出ると、朝の空気がひんやりとしていた。


 昨日とは違う、穏やかな森。


 それでも、どこか現実味が薄い。


 少し歩くと、小さな水の流れを見つけた。


 手ですくって飲む。


 冷たい水が、喉を通っていく。


 ようやく、生きている実感が戻ってきた。


 少しだけ水をすくい、葉を使って持ち帰る。


 小屋に戻ると、チヨが外に出ていた。


 木の実をいくつか拾っている。


「……あ」


 サクに気づいて、少し笑った。


「これ、食べられるやつ」


「……ありがとう」


 水を差し出す。


 チヨがそれを受け取る時、指が少し触れた。


 昨日なら、意識していたかもしれない。


 でも今は、少し違った。


 ただ、自然だった。


 二人は小屋の中で、簡単な食事をとる。


 木の実と水だけの、簡素なもの。


 それでも、十分だった。


 少しの間、静かな時間が流れる。


 その中で——


「……あのさ」


 チヨが、ぽつりと口を開いた。


 少しだけ、言いづらそうに。


 サクは顔を上げる。


「……鬼の中にもね」


 チヨは、ゆっくりと言葉を選ぶ。


「人間のこと、嫌ってる人はいるよ」


 サクは、少しだけ驚いた。


 けれど、否定はしなかった。


「……そっか」


 短く返す。


 それだけだった。


 チヨは続ける。


「昔のこと、まだ残ってるから」


 視線は、少し遠くを見ていた。


「家族、いなくなった人もいるし……」


 言い方は、あくまで静かだった。


 重くしすぎないようにしているのが分かる。


 サクは何も言わずに聞いていた。


 頭の中で、ゆっくりと繋がっていく。


 人間だけじゃない。


 鬼も同じなんだと。


 憎んでいるのは、一方だけじゃない。


 少しの間、沈黙が落ちる。


 サクは視線を落とした。


 考えている。


 理解しようとしている。


 そして——


「……でも」


 チヨの声で、顔を上げる。


「私は違うよ」


 その言葉は、はっきりしていた。


 まっすぐに、サクを見る。


「サクといるの、好きだから」


 迷いのない声だった。


 サクは一瞬だけ言葉を失う。


 胸の奥が、少しだけ温かくなる。


「……そっか」


 それだけしか言えなかった。


 でも、それで十分だった。


 空気が、少しだけ柔らぐ。


 さっきまでの重さが、少しだけ軽くなる。


 それでも——


 完全には戻らない。


 さっきの話が、どこかに残っている。


 消えないまま。


 チヨが、小さく続ける。


「止められない人もいるけどね」


 軽く言った言葉だった。


 けれど、その意味は重い。


 サクはゆっくりと頷いた。


「……うん」


 それ以上は、何も言わなかった。


 風が、小屋の中を通り抜ける。


 静かな時間が、また流れる。


 サクは外を見る。


 森は、いつもと変わらない。


 何も知らないみたいに、ただそこにある。


 サクは小さく息を吐いた。


 知らなかったことが、少し増えた。


 そして——


 守るものも、少しだけ増えた気がした。

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