第五話 最初の炎上本番
配信を始めてから十四日目。
午後三時にさくらの告発動画がアップされた。
タイトルは「【検証】神崎湊の攻略がありえない件について——プロ探索者目線で解説します」。
湊がそれを知ったのは、祖母に頼まれた買い物から帰ってきた午後四時だった。スーパーの袋を玄関に下ろしたその瞬間、プロメテウスから通知が来た。
『御堂さくらというDiveStream配信者が、あなたに関する動画を投稿しました。現時点での視聴回数は32,000回。増加速度から推算すると、今日中に5万回を超えます』
「御堂さくら」
『登録者30万人の探索配信者です。今年17歳。Cランク相当の探索実績があります』
「同い年か」
『同い年です』
湊は袋を持ったまま台所に入り、冷蔵庫を開けた。豆腐と鶏肉とネギといった夕飯の材料を入れながら、もう片方の手でスマホを操作する。
動画を開いた。
画面の中で、さくらが話している。落ち着いたトーン。照明がきれいな配信部屋。画面端に「さくらの挑戦ch」のロゴが見えた。
「今回取り上げるのは、最近話題になっている神崎湊さんの配信についてです。率直に言います。あの攻略スピードと精度は、未登録の17歳には不可能です。断言します」
さくらは湊の配信のクリップを三箇所切り取って解説していた。スライムへの6.3秒、行き止まりの壁穴の発見、2層のEランク4体への対処。それぞれについて「通常の高校生の反応速度では不可能」「AIの指示なしでこの動きはできない」「プロメテウスという支援AIが実質的に戦闘を代行している」と論じていた。
「AIが攻略を代行しているなら、それはやらせではないでしょうか。視聴者を欺いていることになりませんか」
最後にそう言って、動画は終わった。
「論理は通ってるな」
『はい。感情的な告発ではなく、映像の根拠を示した上での指摘です。反論しにくい構造になっています』
「反論する必要があるか」
『あります。このまま放置した場合、今後の配信での視聴者増加が鈍化します。さくらの告発に同調するコメントが増えれば、DiveStreamのアルゴリズム上でネガティブな評価が蓄積されます』
「解決策は」
『二つあります。一つは無視。炎上を利用して認知を広げる方法です。現在の登録者数213人に対して、今日だけで40人以上が新規登録しています。炎上による認知拡大効果が確認できます』
「もう一つ」
『今日の配信で、さくらの動画をそのまま流して、視聴者に見せることです。炎上を隠さず、正面から話題にする』
「それがお前の推奨か」
『認知を広げる方が、登録者増加に有利です』
湊は冷蔵庫を閉めた。
台所の窓から外を見た。西日が湊の顔を照らし、思わず目を細めてしまう。
「お前、炎上マーケティングって言葉を知ってるな」
『零のデータに含まれていました。父が調べていた形跡があります』
「父さんが」
『はい。配信に関するデータが相当量あります。いつ調べたのかは記録されていません』
湊は少し考えた。
父がDiveStream、そしてダンジョン配信について調べていた。それはなぜか。湊のためだったのか、別の理由があったのか。父がヴァルカンを出てから何をしていたのか、まだ知らないことが多すぎる。今プロメテウスに聞いても「今は言えません」と返ってくるだろう。そんな気がした。
「配信する。今日」
『では準備します。動画のリンクを配信画面に表示する方法を教えましょうか』
「いい。自分でやる」
配信を始めたのは午後六時だった。
視聴者数が「0」から始まって、三分で「89」になった。さくらの動画経由で来た人間が多いのだろう、コメント欄がいつもより速く流れる。
「見てる人、今日はちょっと違う内容です」
湊はスマホを手に持って、ワイプで自分を映したまま、配信画面をさくらの動画に切り替えた。
「これ、今日アップされた告発動画です。俺の攻略がやらせだという内容です。論点は三つ——反応速度が人間の限界を超えている、プロメテウスが戦闘を代行している、視聴者を欺いている。全部確認しました」
コメントが流れた。
──見た見た
──さくらの動画から来ました
──なんか言い返す気か
「論点の一番目について。反応速度は、父親から五年間探索訓練を受けた結果です。プロメテウスの指示より先に体が動くのは、指示を待つより先に判断できるよう訓練されているからです。証明する方法が今はないのは認めます」
コメントが少し止まった。
「二番目について。プロメテウスは指示を出します。俺はその指示を聞くこともあるし、無視することもあります。昨日の配信で、指示を無視して行き止まりに進んだシーンを見た人はわかると思います。プロメテウスが代行しているなら、あの行動は起きません」
──確かに昨日のやつ、プロメテウスの指示無視してたな
──でもそれも演出の可能性あるよ
──どっちかはっきりしろよ
「三番目について。俺は視聴者を欺いていない。プロメテウスの存在も、訓練の話も、未登録であることも、全部話した。隠したことは一つもない」
湊は少し止まった。
コメント欄が流れている。同調するものと反発するものが半々だった。
「ただし、これで納得できない人には、一つ提案があります」
右手でイヤホンを触った。
「次の配信で、プロメテウスなしで潜ります。通信も一切なし。完全単独の状態で、今と同じ成果が出せるかどうかを、リアルタイムで確認してもらいます」
コメントが止まった。
三秒間、流れが途絶えた。
それから一気に動いた。
──マジで?
──AIなしでやるの?
──それで同じ動きだったら本物確定じゃん
──いや逆に普通の動きだったらやらせ確定
──どっちに転んでも見る
──見る
『視聴者数を確認してください』
プロメテウスが言った。
「341」
『配信開始から17分での341人は、過去最高です』
湊は画面を閉じた。
配信を終了すると、プロメテウスが言った。
『その判断は、合理的ではありません』
「わかってる」
『プロメテウスなしでの単独潜入は、死亡確率が8.1%まで上昇します。リスクに対してリターンが不確定です』
「わかってる。でも証明しなきゃ気が済まない」
『……零も、同じことを言っていました』
湊は手帳を開いた。
今日の視聴者数を書き込んだ。341人。昨日の141人から倍以上だ。さくらに感謝すべきかもしれない——一瞬そう思ったが、すぐにその考えを打ち消した。
「さくらの動画、もう一回見たい」
『再生しますか』
「いい。確認したいことがある」
もう一度、動画を最初から見た。
さくらの話し方と、論理の組み立て方を追う。感情的な悪意ではない。証拠と根拠を並べて、結論を出している。探索者として積み上げてきた知識から来た疑問だ、ということは見ていてわかった。
「さくらはCランクだと言ったな」
『そうです。17歳でCランクは国内でも上位です』
「この動画の戦闘解説、正確か」
『おおむね正確です。ただし一点だけ、解析眼のスキルを持っているとは想定していない解説になっています』
「スキルのことは話してないからな」
『はい』
「話した方がいいか」
『……今は判断できません』
湊はスマホを置いた。
計算中だから言えない、というわけでもなく、純粋に判断ができないのだ——プロメテウスがそう言った。
言葉の選び方が、少しずつ変わっている気がする。気のせいかもしれない。
「プロメテウス」
『はい』
「お前って、学習してるか」
『AIとして、会話データから応答を最適化しています。はい、学習はしています』
「俺と話すたびに、変わってるか」
0.7秒の沈黙があった。
『……わかりません。ただし、あなたとの会話の記録は、他の探索者のデータより高い優先度でインデックスされています』
「なぜ」
『零の設計上の指定です。理由は記録されていません』
湊は天井を見た。
明後日、プロメテウスなしで潜る。
死亡確率8.1%。100回のうち8回は死ぬ計算だ。今回は1回目だから大丈夫だ——という考え方が雑すぎることは自分でもわかっていた。ただし、今はそう思うしかなかった。覚悟を言葉にする癖が自分にはない。だからいつも「まあいいか」になる。
まあいいか、と思った。




