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プロメテウスの炎上配信録  作者: 浅葱 荘
12/16

第八話 あなたが、零さんの

配信を始めてから三週間が経った。

 今日で潜入回数は九回になる。視聴者数の平均は先週で312人を超えた。「やらせ疑惑を検証するスレ」はPart.5まで伸びていたが、最近ではやらせに関する議論よりも、「2層の記録にない空洞」と「プロメテウスの正体」についての考察が増えていた。

 湊はスレを読みながら、コンビニで買ったおにぎりを二個、封を開けた。鮭と、ツナマヨ。昼飯は毎日これか菓子パンのどちらかになっている。

『本日の推奨ルートを提示します。2層の東側通路、先週未探索のエリアです。気圧データから新たな空洞の可能性が52%あります』

「わかった」

 湊は右手でイヤホンを触ってから、立ち上がった。

 今日は配信なしで潜る。

 収益にはならないが、プロメテウスが「探索データの蓄積が先」と判断したのと、湊自身も2層の地図を頭に入れたかった。配信のない日を月に一回作ると先週決めた。借金の返済ペースが多少落ちても、根拠のない攻略を続けるより長く動ける土台を作る方が先だという計算は、プロメテウスが出したものと一致していた。

『ダンジョン入口まで、あと200メートルです』

「GPSで見てるのか」

『常時モニタリングしています。安全のためです』

「監視されてる気分だな」

『不満ですか』

 湊はおにぎりの包みをゴミ箱に捨てた。「別に」と答えてから、その返し方が誰かに似ているとふと気づいた。しかし、それが誰なのか、今はまだわからなかった。

 規制テープをくぐった。1層の通路に入る。骨材の冷たさが足裏から上がってくる。外気との温度差が首筋に来た。今日は2層直行だ。1層を早足で進む。

 余計なことを考えない日にしようと決めていたが、決めた瞬間から余計なことが頭をよぎった。父のデータ、地図にない空洞、そしてヴァルカン。どれもプロメテウスが「今は言えません」と繰り返す問いばかりだ。三週間経っても、その答えは一向に明かされない。

『1層、異常なし。2層への降下口まであと50メートルです』

「わかった」

 階段を下りた。温度が下がる。湿度が上がる感覚が鼻の奥にまとわりつく。壁が黄みがかった色になる。発光体の光が暖色に傾く。土と石が混ざったような匂いが、今日は少し強かった。

 2層の東側通路に入ったのは午後一時過ぎだった。

 解析眼を発動した。前方にモンスター反応が二つ。Eランク相当。プロメテウスが「右の個体は核が左偏位」と告げた。そのまま動いた。1体目に19秒、2体目に22秒。合計41秒。

 プロメテウスの指示通りに動いた日と比べると遅い。遅いが問題ない。今日は記録が目的だ。

 さらに奥に進んだ。分岐が三回あった。プロメテウスの指示と解析眼のデータを照合しながら、右、左、右と進む。壁面の気圧データを逐一報告するプロメテウスの声が、今日は特に淡々と聞こえた。

 四つ目の分岐の手前で、声が聞こえた。

 人間の声だ。

 湊は足を止めた。右手がナイフのグリップに触れる。声の方向を確認する。右の通路。女性の声で、独り言のように、でも確かに言葉になっている。

「……三体。ゴブリンタイプ。右から処理して、中央の動線を切る。よし、いける」

 探索者が戦闘前に確認する声だ。湊も父から叩き込まれた習慣で、今も小声でやる。

『右の通路にBランク相当の生体反応が一つあります。女性、推定24〜26歳。単独行動中』

 湊は声が聞こえた方向に向かった。曲がり角まで進んで、壁に背をつける。音だけ聞いた。三体分のモンスターが消滅するまで、18秒だった。

 速い。

 音が止んだ後で、湊は角から顔を出した。

 女性が立っていた。ショートカットの黒に近い焦げ茶の髪。タクティカルパンツと動きやすいトップス。背筋が真っすぐだった。定規で引いたように、一点の曲がりもない。右手にナイフを持ったまま、倒したモンスターの残滓を確認している。

 湊が出てきたことに、一瞬で気づいた。振り向きざまにナイフを構える。探索者の反応速度だった。

「……確認するけど」

 声が低かった。命令口調と敬語が一文に混ざっている。

「あなた、今日この通路で配信はしていませんよね」

「してない。今日はオフです」

 女性は湊の顔を確認した。視線が額から顎まで動いた。装備を値踏みするときと同じ目だ。それからナイフを収めた。右手をタクティカルパンツのポケットに入れる。

「……神崎、(れい)さんの息子さん?」

 湊の顔で、凛の視線が一瞬止まった。額から顎まで流れた視線が、目元のあたりで速度を落とした。何かを確認している。

「そうですけど」

 湊の右手が、ナイフのグリップから離れた。無意識に離れた。

 2層の通路の温度も、発光体の光も変わっていない。変わったのは湊の中の何かだった。

 父のパーティーメンバー。父が消えた日に、そこにいた人間。

「……確認するけど」

 今度は凛が言った。

「プロメテウス、というAIを持っていますか」

 湊は左耳のイヤホンに触れた。凛の視線がそこに向いている。

「持ってます」

「そのAI、零さんが作ったものですか」

「そうです」

 凛は少し間を置いた。ナイフを完全に収めた。

「地上で話せますか。30分でいい」

 湊は答える前にプロメテウスに確認した。

「プロメテウス、白石凛って知ってるか」

『知っています。神崎零の最後の探索パーティー四名のうちの一人です。現在はフリーの探索者として活動。Bランク、24歳、元ヴァルカン所属』

「ヴァルカン所属だったのか」

『はい。退職時期は零の二ヶ月後です』

 湊は凛を見た。凛は湊を見ていた。

 凛の視線が鋭くなった。何かを確認している。湊はそう思った

「わかりました」

 地上に出た。七月の昼の光が目に刺さった。ダンジョンの冷たさが体から抜けていく。凛は目を細めずに光の中に立っていた。日焼けした肌が、直射日光の下でも動じない顔をしている。

 右手首に、服の袖から少しだけ古い傷跡が見えた。

「カフェでいいですか。近くにある」

「まあ」


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