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プロメテウスの炎上配信録  作者: 浅葱 荘
10/16

第七話 解析眼の開示

「で、結論は」


 湊は配信画面を閉じながら言った。

『解析眼を開示した場合、三つの反応が想定されます』

 プロメテウスの声が左耳に届く。湊は昨夜から同じ問いを繰り返している。

『一、スキル保持者として正当な評価を受ける。二、スキルと私の分析を組み合わせた攻略が「チート」と批判される。三、スキルの詳細への関心が高まり、神崎零への言及が増える』

 湊は右手でイヤホンを触った。


「三番目が一番まずい」

『なぜですか』

「父さんの名前が表に出ると、ヴァルカンが気づく可能性がある」

『確率としては低い。ただしゼロではありません』


 湊は黙った。西新宿の方角から救急車のサイレンが聞こえた。遠くなる。また遠くなる。消えた。

 部屋に音がなくなった。

 祖母の家は八王子の住宅地にある。最寄りの高尾山口駅から徒歩12分で、新宿までは電車で40分ぐらい。毎回の潜入にそれだけの時間と往復1,600円の交通費がかかる。昨日の配信で得た収益からそれを引くと、手元に残ったのは3,200円だ。


「配信する。解析眼の話も含めて」

『了解しました。ただし一点、確認があります』

「なんだ」

『父の名前は出しますか』

 湊はボールペンのノックを親指で三回押した。無意識にやっていた。

「出さない。スキルの説明だけでいい」

『了解しました』


 ◇


 配信を始めたのは翌日の午後三時だった。

 新宿西口のダンジョン入口、規制テープの外、柱の陰でスマホを立ち上げた。今日はプロメテウスを伴うため、イヤホンは左耳に一本だけ装着している。

 視聴者数が「0」から始まった。

「今日は話してなかったことを一個、話します」

 開口一番で言った。画面に向かって説明するより先に潜入を始める方が、湊らしいやり方だった。歩きながら話す。

「俺、スキル持ちです。解析眼っていうスキルで、対象のHP残量と弱点が数値で見えます」

 コメントが流れ始めた。視聴者数が53人になっていた。


──え、スキル?

──初耳なんだけど

──なんで今まで言わなかったの


「言うタイミングを測ってたわけじゃないです。ただ、さくらさんが強さの理由を調べると言ったんで、先に話した方がフェアだと思った」

 1層の入口を越えた。足の裏に骨材の感触が来る。外気との温度差が首筋に刺さった。

「解析眼があるからといって無敵じゃないのは、先週の天井モンスターで証明済みです。弱点がわかっても、先読みと反応速度は別の話」

『前方20メートルにFランクのスライム反応。単体です』

 湊はイヤホンのあたりにカメラを向けた。プロメテウスの存在を視聴者に示すように。

「聞こえましたか。プロメテウスの分析と、解析眼の情報を組み合わせて動いてます。どっちか一方だと片手落ちになる」

 スライムに近づいた。解析眼が起動する。「HP:10/10 弱点:上面」と表示された。

 上から叩く。一回で消えた。


──なんか説明しながら余裕すぎる

──AI込みでもスキル込みでも強いな

──それで普通の高校生じゃないって言ったらそうだよな


「やらせじゃないっていう話は先週した。強さの理由が知りたい人への答えが今日の内容です」

 コメントが止まった。三秒。


──じゃあ証明はされたってこと?

──さくらの告発、論点ずれてたじゃん


「さくらさんの動画は正しい疑問から始まってました。スキルのことも、隠してなかったけど話してもいなかった。それは俺の落ち度です」

 湊にとっては事実の整理でしかなかったが、コメント欄はざわついていた。その理由を湊が知るのは、後でアーカイブを見た時だった。


──普通こういうとき言い訳するじゃん

──落ち度って言えるの珍しい

──なんか好感持てる


『視聴者数が142人になりました』

 プロメテウスが小声で言った。

「わかった」

 2層への降下口に向かいながら、湊は視聴者数を確認した。増えている。おそらくさくらの動画から流れてきた層がいるのだろう。コメントの文体が昨日までと微妙に違った。

「プロメテウス、さくらの配信、今リアルタイムで動いてるか」

『確認します。御堂さくらのDiveStreamは本日午後三時から配信中です。タイトルは「神崎湊の強さの謎、独自調査します」』

 湊は足を止める。

 2層への階段の前。骨材の壁に手をついた。冷たい。石より少しだけ柔らかい感触がある。

「同時刻か」

『はい。視聴者数は現在4,800人です』

「向こうは4,800か」

 数字を手帳に書くことはしなかった。頭に入れただけだ。

「そっちも見たい人は見てください。俺はこのまま2層に降ります」

 コメントに向かって言った。こういうとき余計なことを言わない方がいい——という判断は、プロメテウスから来ていない。自分の感覚だった。

 2層に降りた。

 温度が下がる。湿度が上がる感覚が鼻の奥にまとわりつく。骨材の壁が少し黄みがかった色になる。発光体の光が暖色に傾いている。

『分岐。右にEランク2体、左に無反応。ただし左通路の気圧が0.4%低い』

「左に何かある」

『前回発見した穴と同じパターンの可能性があります。ただし確証はありません』

「右を先に片付ける」

『了解です』

 右の通路に入った。Eランク2体。解析眼で弱点を確認してからナイフを動かす。1体目に8秒、2体目に11秒。合計19秒。

「19秒、どうだ」

『先週のプロメテウスなし配信の48秒と比較すると2.5倍の速度です。ただし今日は2体、先週は3体なので単純比較はできません』

「正確だな」

『不正確な比較は意味がありません』

 湊は口の端が少し上がった。

 プロメテウスに向かってこういう顔になる機会が、最近増えている。自分でも気づいているが、理由はわからない。

 左の通路に向かった。20メートル進んだところで、前回とは別の壁面に亀裂が走っているのを見つけた。

「亀裂がある」

『気圧の差異と一致します。この先に空間がある可能性が78%です』

「前回の穴と繋がってるか」

『位置関係から見ると、別の空洞です。地図に記録のないエリアが複数存在します』

 湊はスマホのカメラを亀裂に向けた。視聴者数は189人になっていた。

「見てる人、2層には地図にない空間が複数あるっぽいです。前回の穴もそうだった。プロメテウスのデータベースにも記録がないって言ってる」

『正確には、管理局の公式マップに記録がないということです。私のデータベースにも一致する情報がありません』

「お前のデータベース、管理局と同じじゃないのか」

『父のデータが基になっています。管理局データとは異なる部分があります』

 湊は亀裂から手を離した。

 父のデータ。それがプロメテウスの土台だ。

 父がこの亀裂を見ていたかもしれない。

 その問いは、今日は飲み込んだ。

 配信の時間が70分を超えたところで、コメントにひよりの書き込みが来た。

──プロメテウスさんって「父のデータが基になっています」って言いましたよね!?絶対に何か繋がりがある!!記録しました!!

 湊はコメントを読んだが、返事をしなかった。返事をしない方が正直だった。

 1時間半の配信を終了した。地上に出ると七月の日差しが正面から来た。目を細める。首の後ろが汗で湿っている。

『本日の最終視聴者数:247人。さくらの配信では本日、「神崎湊のスキルと父親の関係性」をテーマに25分間の解説が行われました』

「どんな内容だった」

『「スキルは先天性のものだが、解析眼の精度は訓練で伸びる。神崎湊が父親から訓練を受けていた場合、スキルの熟練度が通常より高い可能性がある」という内容です。おおむね正確な分析です』

 湊は駅に向かって歩き始めた。さくらの分析は正しい。解析眼の精度は訓練で変わる。それを知っている人間は少ない。

「さくら、探索者として本物だな」

『Cランク17歳は国内で上位3%以内です』

「Cランクの話じゃない」

 プロメテウスが少し間を置いた。

『……どういう意味ですか』

「証拠から正しい仮説を立てられる、ということだ」

 また間があった。

『あなたの評価基準が探索ランクではないということは理解しました。ただしその評価が何を意味するかは、今はわかりません』

「別にわからなくていい」

 高尾山口行きの電車に乗った。座席に座って、スマホを膝に置く。車内は空いていた。隣の席に誰もいない。

 窓の外が住宅地から山の緑に変わっていく。

 翌日の朝、さくらのコメント欄に一件の書き込みがあった。

──やらせじゃないのはわかった。スキルのことも把握した。でも神崎湊の探索精度がスキルと訓練だけで説明できるか、まだ確信が持てない。もう少し調べる。

 湊はそのコメントを見て、手帳に書き写した。理由は自分でもわからなかった。


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