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神代亭9話if~もしも夢オチじゃなかったら~

以前短編として公開した9話のif。

若干の加筆を加えて公開いたします。

「おおお……これがあの男飯弁当……!」


「そう、これが彩りも何もあったもんじゃねぇ。肉を食らうための弁当さ」


 桃叶との約束である男飯弁当をこしらえた悟志。

 玉ねぎと牛肉を炒めて、焼肉のたれと絡める。

 それを弁当箱に敷き詰めたごはんの上に乗せ、横には玉子焼き。

 野菜不足を補うために、スープポットにえのきと白菜の味噌汁を入れて用意完了。


 ことの発端はハロウィンの夜。

 デザートのプリンを食べながらテレビを見ていた時のこと。

 お笑い芸人がレシピを見ずに料理をする番組で、相方になにを作るのか聞かれた時のことだった。

 男子高校生が腹減った時に作るがっつり丼。

 その言葉に悟志が反応して


「あ~、俺も男飯弁当って作ってたなぁ」


 と笑いながら呟く。

 その時からずっと気になっていた、それが桃叶の目の前にあった。


「さ、気を付けて行っといで」


「はい! いってきます!」


 桃叶を見送ると、厨房に向かって米を炊く準備をする悟志。

 しまった、ゴン太にメシ出さなきゃな。

 散歩はあとで来栖か乃亜に行ってもらうとして……。

 なんて思って裏口から庭に出た瞬間だった。


『悟志~、プラム殿が来てるぞ』


 頭に響くゴン太の声。

 慌てて井戸に向かうと、そこにはゴン太の頭をなでるプラム様の姿があった。


「おう、悟志。朝からすまんの。そこのやつがちょっと来栖に用があっての」


「おはようございます、プラム様。……そこのやつ?」


 視線をずらした先、プラムの斜め後ろにいたのは高校生くらいの少年。


「どうも~、神代さん。僕はリステ、アレハンドロ・リステ。クルエラに用があってきたんだ」





「……あんた。何しに来たの?」


 まだ寝ていた来栖たちを起こして、座敷に連れてくるとリステの顔を見るなり不機嫌そうにそう言った。


「ごめんねぇ~、普段はあんまり口出ししたりしないようにしてるけどさ。今回は状況が状況で」


「なに? なに? なんなのよ? 早く言ってさっさと帰りな」


 邪険に扱われることに苦笑いしていたリステだったが、真剣な顔つきになり、静かに告げる。


「……フォン・グラーベ。君が法帝の魂を砕いたことで、この前現法帝の肉体も死んだ。それで次の法帝を決めるためのフォン・グラーベが行われる」


「だからなんなの? 私には関係ないでしょ」


「それが関係あるんだ。神代さんを力づくでも自分の支配下に置いて、それを以って法帝になろうとしてる奴がいる。最近珍しいのが来たでしょ? そいつが送り込んだんだ。神代さんは僕たち神にとっても大事でね。プラムちゃんが愛し子にしてなかったら僕がしてたくらいさ。絶対に守り抜くためにも……これ」


 リステが懐から取り出したのは黒い球。

 それを見て驚く来栖。


「それ……封じられた私の力」


「そう、これを取り込んだら君の力は元に戻る。でも、封じられていたころの憎しみも取り込んで、きっと心を蝕む。憎悪で心を満たしたとき、君は最悪の邪神になってしまう。どうするかは君が決めるんだ」


 黒い球を来栖に手渡して、去っていくリステ。

 残された来栖は茫然としていた。


 そして、その横では……


「……私まで起こされる理由ってあったんですか?」


「プラム様が来てるから起こした方がいいかなって」


 朝食を摂りながら悟志に愚痴る乃亜がいた。

 そんなこんなで突然のリステの来訪に驚きつつも、神代亭は通常営業。

 昼の営業を終えて、悟志がゴン太と買い物に出ると、なじみの警邏官に出会う。


「あ、どうも。お疲れ様です」


「神代さん、こんにちは! ゴン太くんもこんにちは」


「わん!」


 挨拶をしてしばし雑談。すると突然やってきた黒いワゴン。

 扉があくと黒ずくめの男たちが悟志を取り囲みあっという間に連れ去っていく。


『悟志!』


「……緊急指令! 緊急指令!」


 警邏官の叫びが街に響く。

 ゴン太は神たちに助力願おうと、神代亭へと急いだ。





「えっ、悟志くんが?!」


 警邏からの電話、それに出たのは来栖だった。

 ちょっと敵の動き早すぎない?

 なんて思ったのも束の間、庭から聞こえるゴン太の吠える声。

 慌てて飛び出ると、そこには黒い服を着た初老の男性と先日倒した異形のものが複数。

 何より驚いたのは、その中の一匹に悟志が取り込まれていたこと。

 悟志の気配がする、やつが悟志を夢と現実の間に連れて行ってしまった。

 そう理解させるには十分だった。


「悟志くん!」


 すぐに助けようと異形のものに魔法を放つも、悟志を取り込んだ異形のものには通じない。

 頭によぎったのは朝リステからもらった球。

 これを取り込めば、でも力に飲まれた時にどうする?

 何より取り込むだけの時間があるか。魔法を放ちながら迷っていた。


「くるぴゃん! ここは私がなんとかするから力取り込んできて!」


「乃亜!」


 飛び出してきた乃亜がそう言うと、初老の男がふっと笑って


「無駄ですよ、こいつは特別製でしてね。カミシロが折れるか、私が死ぬか。どっちかでしか解放されないんです」


 と返す。

 その言葉に来栖たちは殺す覚悟を決めるが、目の前の男は人間でありながら不気味なほど力をその身に宿して今の自分で殺せるかわからない。

 迷いで心が揺れ動く。そんな来栖の心を読み取ったのか乃亜は微笑んでこう言う。


「大丈夫、もし力に飲まれたって、私が元に戻してあげる。これでも上級神なんだから。それにね……」


 次の瞬間、異形のものと初老の男に向けて水色の光がほとばしる。


「なるほど、嫌な予感がしたから急いで帰ってみれば。ぜってぇゆるさねぇのです。なんかよくわかりませんが、くーさん。いったんここはももたちがなんとかしときますので、くーさんはくーさんのやるべきことを」


 制服姿の桃叶が札を手に持ちながらやってくる。

 来栖が千年越えて手にした穏やかな日常、それを自分で壊すかもしれない恐怖。

 今度は死ぬかもしれない。ただ、己の身より大切な守るべきもの。

 そのために来栖は今一度覚悟を決め、ついに己の力を取り込んだ。


「ぐっ……ぐぅぅ……」


 身体に走る痛み、心にしみる怨み。

 それら全てが来栖を苦しめる。

 立っていられない、思わず蹲る。

 しかし、このあふれ出す力を使いこなすには耐えるしかない。

 一方その頃悟志は……。



「あ~、これくるる様が言ってたやつだ。閉じ込められたかあ」


 連れ去られたと思ったら誰もいない街に一人立つ。

 こんなおかしなことはあるかと一瞬で全てを察した。


「とりあえず家に戻るかな」


 少し歩いて家に戻ると、やはり誰もいない。

 誰もいないがやることはただ一つ。

 迎えに来るであろう、あの子のためのごはんの練習だ。





「もも! もうちょっとだからね!」


「はいです!」


 桃叶と乃亜が異形のものを井戸に近付けさせないように奮闘していると、ゴン太は初老の男から来栖を守るために結界を張る。


『こいつ……! すごいな! 人でありながらここまでやるなんて』


「犬神……、人の近くで生きることを望んだ神よ。せめて苦しまぬように送って差し上げますよ」


『ふん! 俺はまだ死なんからな!!』




 ……憎い、憎い、憎い!

 全てを奪ったあいつが! 裏切ったあいつが!

 来栖の心と身体を駆け巡るいつかの自分。

 この気持ちを抑え込むのも限界だ、ごめんみんな。

 私を殺して……忘れて……。

 来栖の心が折れようとした時だった。

 どこかから漂う出汁の匂い。

 思い出すのは悟志とのやり取り。


「ねぇ、あなた様。もし私がさ、また恨みとかでいっぱいになって暴れちゃう、ってなった時にさ。あなた様は私のことどうする?」


 汲みたての井戸水、神にとっての高級酒ソーマを飲んで酔った来栖がぽつりとつぶやいた一言。

 それに同じくビールで酔っ払った悟志は、うつらうつらした様子で答える。


「とりあえずメシだな~。メシ食って落ち着かせるんだ。腹がいっぱいなら心も落ち着く。そんでじっくり話を聞く。それでダメなら……、色んな人たちに頼ってなんとかしてもらう。それでもだめでもうどうしようもなかったら……」


 ――俺の命で止める。


「でも、くるる様なら大丈夫でしょ。邪神だなんだっていったところで元はただの女の子じゃん。昔はどうだったかは知らない。でも今のくるる様は俺の支えになってくれて、乃亜ちゃん、桃叶ちゃんのお姉ちゃんで、とっても優しい女の子なんだ。それが本当のくるる様なら、そういう気持ちなんかに負けないさ~」


 不器用だけど、真っ直ぐな好意。

 ああ、そうか……。これが……。


「約束、全世界どこにいたって守ろうとしてくれてるんだね、あなた様。……今、行くからね!」


 苦しくて閉じていた来栖の瞳。

 それが開かれると同時に、来栖からすさまじい力が溢れだす。

 力の奔流が来栖の身体を包み込むと、来栖の髪色に変化が起きる。

 黒髪にピンクのハイライトが入っていた来栖の髪が赤く染まっていく。

 鮮やかなスカーレットに染まったと思いきや、だんだんとピンクに近くなっていく。

 髪色の変化が終わると、来栖は立ち上がる。

 そして右手を軽く振った。


「ぬおっ!」


 初老の男が吹き飛ばされて気を失う。

 次に左手を突き出すと、桃叶に攻撃を加えようとしていた異形のものがはじけ飛ぶ。


「くるぴゃん!」


「くーさん!」


「お待たせ~、二人ともありがと。ありがとね? あとは私に任せて!って感じ!」


 いつもの笑顔、いつもの調子でそう言う来栖は、庭の真ん中で軽くジャンプして一回転。

 すると残った異形のものも悟志を取り込んだもの以外消え去ってしまう。


「さ、早く迎えに行かないとね! ……返してもらうよ、私の帰る場所」


 悟志を取り込んだ異形に近付くと、腹に手を入れて切り開いていく。

 さて、悟志を取り戻すまでこれを固定しないとな、なんて思っていると


「マセラフィラリオン」


 白い帯がまるで鉗子のように傷を広げていてくれる。


「ここは私がおさえとくから行って!」


「うん!」


 乃亜のサポートで、来栖は眼前に広がる異界へと飛び込む。

 愛すべき居場所を再現した箱庭。

 その庭部分を走り出す。

 神代亭と建物から漂うさっきかいだ匂い。

 はやる気持ちを抑えて、裏口の扉を開けるとそこには鍋で何かを煮込む悟志の姿があった。


「……あなた様、迎えに来たよ! さ、帰ろ!」



 ……私たちのおうちへ。



「お、くるる様。ちょっと待ってて。もう少しでできるから」


 いつもと変わらない口調でそう答える悟志に、思わずずっこける来栖。

 呆れ半分、怒り半分。


「ちょっとー! ここどこだかわかってる?!」


 来栖のその言葉に悟志はここがどこだか思い出す。



「……あ! そういやここ異世界的なサムシングだったわ。そうだそうだ、どうせ夢だしって練習のつもりで軽くやるだけにしとこうと思ってたんだ」


「もーおー! 普通怖くなったりするもんじゃないの? 誰もいない、音のない、ただモノだけがある世界で」


「それはなかったなぁ〜」


 ははっと笑いながらそう言う悟志。

 能天気すぎやしないか?

 これは帰ったらちゃんとお説教しないとダメ?

 なんて来栖が思っていると、


「だって、くるる様が来てくれるって思ってたもん」


「……え?」


「いや、だからさ。もし夢と現実の間に入っちまったとして。それでもくるる様はちょっちょっちょいのちょーいって感じで迎えに来てくれる。そう信じてたから」


「……それはそうだけど〜」


 悟志の言葉に喜びを感じる来栖。

 ただの能天気じゃなかった、ただ私を信じて待っていてくれた。

 私なら大丈夫だって、そう思ってくれていた。

 それはいつかのやり取りと同じようで。


「封じてた力が戻ってきて、そこに入ってた嫌な気持ちのせいで俺たちを傷付けやしないか。朝にリステ様に力を渡された時、そう思ってたでしょ? 出会った頃のように邪神のまんまだったら、きっとそんなこと考えやしなかった。くるる様はもう邪神なんかじゃない。だからこんな状況だけど大丈夫だって」


 根拠なんてないんだけどね、と苦笑いの悟志。

 そんな悟志に心の中で来栖はそっと呟く。

 根拠は私がきっと届けるから、信じててね? と。


「そっか~、……そっか。じゃあ、早く帰るよ悟志くん。私お腹すいちゃった」


「そだね。ちょ、くるる様聞いて? 干ししいたけと昆布の出汁あるじゃん? あれに味噌入れたらめっちゃいい感じになった、はず!」


「はず! ってなに?! ちょっと~、大丈夫?」


「大丈夫だと思う! 俺の舌は馬鹿じゃない」


 会話をしながら、乃亜が維持してくれている出口へと向かう二人。

 その姿はいつもの日常そのもので、来栖が守りたいものの一つ。

 何故か異界は空が澄み渡り、その澄み渡った空に白線。

 その白線がこちらへ来ると二人を優しく包み、出口へと引っ張る。

 こうして二人は無事に脱出したのだった。





「うどん! 私今日頑張ったから絶対夜ご飯はうどん!」


「わかったわかった、大丈夫だから。ちゃんと作るから」


 脱出していた二人を待っていたのは、乃亜と桃叶とゴン太。

 それにプラム様とリステとアマツキオオカミのオオガミだった。

 来栖が吹っ飛ばした初老の男を囲むように立ち、初老の男は震えて跪くだけ。


「あ、二人ともおかえり!」


「神代さん、くーさん、おかえりなさいです」


『悟志! 悟志~!』


 乃亜が二人に気付いて、声をかけると、桃叶もまた二人に声をかける。

 ゴン太は喜び、わんわん鳴いて庭駆け回り、その鳴き声でプラム様たちも帰ってきたことに気付く。


「悟志! 無事じゃったか!」


「神代君、申し訳ないことをしたね」


「神代さん、うちの信徒がすまない」


 それぞれ悟志に声をかけると、リステが冷ややかな目で初老の男を見つめる。


「こいつ、手出し無用って神託を出してたのにそれを無視して神代さんを従えようとしてさ。危うく異世界と戦争になるところだったよ」


「そりゃわっちの愛し子に害をなそうとするならリステ坊とて承知せんぞ」


「こいつには死んだほうがましだったって罰を与えるから、あとのことは任せてほしい」



 そう言って、初老の男、ゲオルグ・ハーディはリステに連れられ神代亭を去っていく。

 その三時間後、ニュース速報で逮捕の情報が流れた。

 ゲオルグは即座に強制送還され、リステ神教総本山で邪神や悪魔と同じように封印された。

 かつて異端審問と称したおぞましい千の責苦の記憶を魂に刻み込まれて。

 何もない闇の中、千の責苦がゲオルグの心を蝕む。

 実際には何も起きていないのに、かつて誰かが切られた舌、焼かれた肌の記憶がゲオルグに痛みを与える。

 千の責苦の記憶を千回繰り返したとき、ゲオルグは解放される。

 その時に、ゲオルグの心がどうなっているかは誰も知らない。



 一段落ついたところで、来栖お待ちかねのうどんの時間。

 悟志は練習通りに干ししいたけの戻し汁に昆布出汁を加えて、酒、みりん、醤油で味付けをしていく。

 最後、多めの白味噌で味噌鍋用のつゆの完成だ。

 鍋に刻んだ白菜、しいたけ、かまぼこ、鶏肉を入れて、先ほど作ったつゆを入れて火を通す。

 ぐつぐつ煮えるかな?といったところでうどんを入れて、少しの間煮れば完成。

 みそ鍋うどんのできあがりだ。


「いただきまーす!」


 元気な声で食前の挨拶をして、うどんをすするのはもちろん来栖。

 一口食べて、しみじみと幸せをかみしめる。

 自分を想って作ってくれたうどんの温かさを。

 一緒に食事を摂れる友がいることを。

 それを見守ってくれる温かさ。

 今日も神代家はいつも通り、そのいつも通りがずっと続きますように。

 来栖はそう願いながら悟志の新作うどんを夢中で食べるのであった。


「悟志くん、おかわり!」


「はいよ~」

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