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スイーツ甘太郎

作者: 木こる

世界一のパティシエを目指す少年・天井(あまい)甘太郎(かんたろう)

全国スイーツ甲子園の予選を見事勝ち抜き、

第一回戦で究極ミルクプリンを披露したことにより

期待の新人として注目を浴びるようになった。


第二回戦の対戦相手、ホイップクリームの貴公子こと

加藤(かとう)慶輝(けいき)はこの道10年のベテランであり、

優勝候補の1人と噂される強敵だ。


果たして甘太郎はどんなスイーツで勝負を挑むのか?

運命の一戦が始まる……!


「このスイーツ対決は、甘太郎君の勝ちじゃあ!!」


「「「 えええっ!? 」」」


審査員長を務めるスイーツ仙人は、

あろうことか両選手が提出したメニューに

全く手をつけないまま勝敗を下してしまった。

この暴挙とも言える不可解な決定事項に、

会場に集まった観客たちは動揺を隠せない。


甘太郎の応援に駆けつけたクラスメイト・あん子は

この不公平な判定に不満をあらわにした。


「そんな、あんまりよ!

 甘太郎君が作った究極豆乳ティラミスだけでなく、

 加藤さんの絶品モンブランも食べないだなんて!

 これじゃあどっちの選手もかわいそうだわ!

 楽して勝てたのは嬉しいけど、モヤモヤする!」


「よすんだ、あん子ちゃん

 スイーツ仙人はスイーツ道を極めた男……

 口にせずとも一目見ただけでその味がわかり、

 材料や製造過程なんかを完璧に把握できるんだ

 その彼が甘太郎君の勝利を宣言したのだから、

 外野の我々があれこれと文句を言うべきではない」


白玉(しらたま)博士……!

 でも、仙人が甘太郎君を謎に勝たせたのは

 これが初めてじゃないんですよ!?

 やっぱり毎回メニューには手をつけないばかりか、

 なんだか見るのも嫌そうな顔じゃないですか!

 あれで公平な審査ができるとは到底思えません!」


あん子の言う通り、スイーツ仙人は苦々しい表情で

両選手が提出したメニューから目を背けており、

これでは味や材料、製造過程を把握できないはずだ。

だが白玉博士はその原因を察していたようで、

なぜスイーツ仙人がメニューに口をつけないのか、

それとなくあん子に教えてあげたのだ。


「あん子ちゃん

 スイーツ仙人の手の動きをよく見るんだ」


「手の動き?

 ……あっ」


あん子は見てしまった。

スイーツ仙人がこっそりと頬をさすっている姿を。


「え、あの人もしかして虫歯なの!?

 仮にもグルメ業界に深く携わってる人が!?

 スイーツ界の重鎮ともあろう者がそれでいいの!?

 商売道具でしょ!? 意識低いんじゃないの!?」


「まあまあ、あん子ちゃん

 仙人とはいえ、彼も生きている人間なんだ

 油断してつい歯を磨き忘れる日もあるだろう

 今の我々にできることは、信じて待つことだけだ

 スイーツ仙人が歯医者へ行く、その時を……」


「まだ治療の段階じゃないのね」






ともあれ第二回戦が無事に終わり、

あん子と白玉博士は甘太郎の勝利を祝福しようと

選手の控え室に足を運んだ。


「おめでとう甘太郎君!

 次も応援するから頑張ってね!」


「ああ、うん

 ありがとうあん子ちゃん、白玉博士

 でも、なんだかモヤモヤするよ

 本当にこれでいいのかなって……」


甘太郎は複雑そうな表情で述べた。

今回のメニューも自信作だったのに、

またもやスイーツ仙人に食べてもらえなかったのだ。

それに対戦相手の出した絶品モンブランは

見た目にも美しく、絶対に美味しかったはずだ。

正直負けを覚悟していたし、それでもよかった。

なのになぜかまた自分が勝ってしまい、

困惑と罪悪感のせいで素直に喜べないのである。


いつの頃からか、スイーツ仙人は変わってしまった。

『あんまぁぁぁ!!』のリアクションが懐かしい。

だがそれは、実際にメニューを食べてみないと

決して口にはできないセリフなのだ。


「もしかして仙人は何かの病気なんじゃ……」


そう真剣に思い悩む甘太郎を見ていられず、

あん子と白玉博士は真相を教えてやることにした。




「ええっ、スイーツ仙人が虫歯!?

 そんなまさか、いや、でも……

 スイーツ界の頂点に立つ男が虫歯って……!

 商売道具だろ!? 意識低いんじゃないの!?」


「まあまあ、甘太郎君

 仙人だって人間なのよ

 虫歯の1本や2本あってもおかしくないわ

 治療すればきっと昔の仙人に戻ってくれるはず

 だから信じて待ちましょう、その時を」


「その前に大会が終わっちゃうよ〜」


甘太郎は落胆と安堵の入り混じったため息を吐く。

今までそんな理由で自分が作ったスイーツを

食べてもらえなかったのかと思うと腹立たしいが、

仙人が大病を患っているのではないという事実に

とりあえずの安心感を覚えるのだった。


控え室でそんなやり取りをしていると、

なんと話題の中心人物が突然やってきたのだ。


「ちょっとお邪魔するぞい

 聞き耳を立てていたわけではないが、

 お主らの声が廊下まで響いてきたのでな」


「あっ……スイーツ仙人!」

「虫歯の人だ!」


スイーツ仙人はその単語にピクリと反応し、

険しい表情で声を張り上げた。


「よいか諸君!!

 わしは断じて虫歯などではない!!

 根拠の無い噂話は今すぐにやめるんじゃ!!」


と怒鳴る仙人だったが、大きく口を開いたおかげで

黒ずんだ歯が何本もあるのが丸見えである。

彼は間違いなく虫歯だ。


「まあまあ、スイーツ仙人

 水でも飲んで落ち着いてください」


気を利かせた白玉博士がコップを差し出すが……


「結構じゃ!!

 今は喉が渇いておらん!!」


「冷たい水を嫌がったわ!」

「知覚過敏だ!」


図星を突かれた仙人は否定しようとするが、

何も言い訳が思いつかずに押し黙る。

だが彼はスイーツ界の大賢者と呼ばれる人物。

この不利な状況をひっくり返す打開策を閃き、

すぐさま実行に移したのだ。


「コホン……

 のう、お主……白玉博士と言ったな

 少し大人同士で話をしようではないか」


「私ですか?

 ええ、構いませんが……」




大人たちは部屋の隅でコソコソと話し合い、

しばらくして白玉博士が戻ってきた。


「いいかい君たち、よく聞くんだ

 スイーツ仙人は虫歯ではないよ

 だから、もうこの話は終わりにしよう」


「え、急に何言ってんの!?

 博士があたしに教えてくれたのよ!?」


「ハハハ、どうやら私の勘違いだったらしい

 仙人は蚊に刺された所を掻いてただけだよ

 歯が黒いのは……

 きっと、イカ墨パスタを食べたせいさ!」


「なんだか強引すぎるわ!!

 博士、もしかして……買収された!?」


白玉博士は気まずそうにあん子から目を逸らし、

分厚くなった胸ポケットを隠すように腕組みをする。


「その、なんだ……

 大人には大人の事情というものがある

 世の中、綺麗事だけではやっていけないのさ

 ほろ苦い経験も時には必要なんだ

 そう、ビターチョコレートのように……」


「スイーツで例えないで!?」


「ところで突然だが、君たちにお小遣いをあげよう

 これはスイーツ仙人からの純粋なる厚意であり、

 決して口止め料だとか、そういうお金じゃないよ」


博士はポケットから1万円札を2枚取り出し、

それを見せびらかすようにヒラヒラさせ始めた。


「まごうことなき賄賂だよ!!

 やり方が汚いわスイーツ仙人!!

 白玉博士もそんな人だとは思わなかった!!」


憤慨するあん子だったが、甘太郎は……


「ごめん、あん子ちゃん

 俺はあのお金を受け取るよ」


「えええっ!?

 何言ってんの甘太郎君!!

 あの汚い金を受け取ってしまったら、

 あなたまで汚い人間の一員になっちゃうわ!!」


「2万円あればもっといい材料が買えるし、

 欲しかった調理器具も揃えられるんだ

 小学生の俺には手の届かない金額だよ……

 でもそれが今、目の前にあるんだ

 手を伸ばせば届く距離にあるんだ……」


「そんな、甘太郎君……

 万札が2枚ある意味を理解してないのね!?」


その後、結局あん子も汚い金を受け取った。






スイーツ仙人は虫歯ではない。

そう合意した一同は解散する運びとなった。


「まあ、あたしたちが黙ってても

 いずれ他の人たちにもバレると思うけどね」


「ホッホッホッ、心配はご無用じゃ

 その時はその時でなんとかするぞい

 仙人のパワーを見くびるでない!」


「まずは歯医者に行きなさいよ」


スイーツ仙人はその忠告には何も答えず、

速やかに部屋から立ち去ろうとした。

だが甘太郎の呼び掛けで引き止められ、

苦虫を噛み潰したような顔になる。


「なあ、スイーツ仙人……

 俺、ずっと確かめたいことがあったんだ

 天井(あまい)甘造(かんぞう)……父さんに関することで……」


一瞬で空気が張り詰める。

天井甘造はスイーツ界の王になろうと思い立ち、

会社を突然辞め、まだ赤子だった甘太郎を残して

求道の旅に出ていったきり消息不明なのだ。

その名前が少年の口から出てしまった以上、

おちゃらけていられる雰囲気ではなくなった。


「むむう……

 甘太郎君、すまんがわからんのじゃ

 君のお父さんがどこにいるのかはわしも知らん

 ただ、スイーツ界を牛耳っているこのわしが

 天井甘造の名前を聞いてもピンと来ないとなると、

 残念じゃが……君のお父さんは夢を叶えられず、

 スイーツ王にはなれなかったということじゃ」


非情だが、それが現実である。

スイーツ道に夢見る若者が大勢いる一方、

志半ばで夢破れてスイーツ道から退く者も多い。

天井甘造もその中の1人なのだろう。

競争の激しい実力社会……それがスイーツ道なのだ。


「あ、いや

 べつに行方を知りたいわけじゃないんだ

 新しい父さんになるかもしれない人とは

 結構上手くやれてると思うし、

 今更うちに戻ってこられても困るしね」


「むむむ?

 では何を聞きたいのじゃ?」


甘太郎は既に心の中で父と決別しているのだと悟り、

見守っていた一同の緊張は少し和らいだ。

しかしまだ気は抜けない。

甘太郎はまだシリアスパートの表情をしている。


「天井甘造はもしかしたら……

 スイーツ仙人の息子なんじゃないかって、

 時々そう思うことがあるんだ

 母さんから聞いた話では、

 父さんの父親もやっぱり同じように

 スイーツ界の頂点を目指して旅立ったらしいし……

 それから、当時の俺はまだ赤ん坊だったけど

 少しだけあの人のことを覚えててさ

 その……似てるんだ

 タバコを吸う時の仕草とか、他にも色々……」


甘太郎がチラリと上目遣いするのに合わせて、

あん子と白玉博士もスイーツ仙人に注目する。

そして注目の的となったスイーツ仙人は、

眉間にしわを寄せて冷や汗をダラダラと流していた。


クロだ。


「え、ちょっと待って!!

 もしそれが事実だとすると、

 スイーツ仙人は甘太郎君のお父さんのお父さん

 ってことになるわけで、それってつまり……

 この人、甘太郎君のおじいちゃん!?」


あん子は両手で口元を覆うようにして驚きを表現し、

スイーツ仙人も別の意味で両手で口元を覆った。


「そうか……なるほど、そういうことだったか!

 これまで行われてきた数々のスイーツ対決で

 甘太郎君ばかり不自然に勝ってきたのは、

 彼がスイーツ仙人の孫だったからなのか!

 自分の孫可愛さゆえの偏った判定……身内贔屓(みうちびいき)!!」


白玉博士の天才的頭脳が真相を明らかにするが、

スイーツ仙人はあくまで認めようとしない。

しばらく沈黙してからの何かを閃いた表情。

さきほどと同じパターンである。




果たしてスイーツ仙人はどんな言い訳をするのか?

運命の発言が放たれる……!


「認知しなければ息子ではない!!

 わしは天井甘造を認知していない!!

 ゆえに甘太郎君はわしの孫ではない!!

 証明終了!!」


「最低な三段論法だよ!!

 え、何この人……本当に最低よ!!

 人間のクズとしか言いようがないわ!!」


「なるほど、その手があったか……!!」


「白玉博士に何かヒントを与えてしまったわ!!

 それを今後の人生で活かすつもりなんだわ!!

 この人も最低……!!

 ここには最低な大人が2人いるわ!!」


「あん子ちゃん

 もし将来、俺との間に子供が出来たら、

 その時は苦労をかけると思う……ごめん」


「責任を放棄する前提で謝られてしまったわ!!

 受け継がれた本能に抗おうとは思わないのね!?

 甘太郎君も最低よ!!

 ここには最低な大人が2人と、

 最低な子供が1人いるわ!!」


「よすんだ、あん子ちゃん

 甘太郎君を責めないでやってくれ

 君もいつか大人になればわかる

 大人の人間関係はドロドロしてるんだ

 そう、カラメルソースのように……」


「スイーツで例えないで!?」


その後、スイーツ仙人の純粋な厚意によって

白玉博士の胸ポケットは更に分厚くなり、

甘太郎とあん子にはお小遣いが上乗せされた。






天井甘太郎はスイーツ仙人の孫ではない。

そう合意した一同は解散する運びとなった。


「それでは諸君、今度こそ本当におさらばじゃ

 例の件はくれぐれも口外しないように頼むぞ」


「ええ、わかったから早く消えてよ……

 あたしも今日はもう帰りたいし……」


あん子は疲れた表情でスイーツ仙人を見送った後、

帰り支度をしながら甘太郎に声を掛けた。


「さ、あたしたちもさっさと帰りましょ……って、

 甘太郎君まだエプロン姿のままじゃん

 もしかして残って練習するつもり?」


「うん、せっかくの機会だしね

 大会が終わるまで最新の調理器具が使い放題だし、

 加藤さんにケーキ作りの指導をしてもらえるんだ

 腕を上達させるチャンスを逃したくないよ」


「相変わらず熱心ねえ

 まあ頑張ってね、次も応援するから」


「うん!」


と、その時。

スマホをいじっていた白玉博士が

最新情報をキャッチしたのを2人に伝えた。


「たった今、甘太郎君の次の対戦相手が決まったぞ

 彼女は君たちと同い年で、甘太郎君と同じく

 今回が初出場となる期待の新人だ」


「おお……

 思わぬタイミングでライバル出現だぜ!」


「新人だが既に“ゼラチンの魔女”と恐れられていて、

 ゼリー作りにかけては右に出る者がいないらしい

 名前は世良(せら)珍子(ちんこ)……強敵だぞ」


「じゃあ今度はゼリー対決になりそうだなあ

 よーし、次も頑張るぞ〜!」


「その子の親も最低よ!!」


次回へ続く。

???「良い子のみんな!

    スイーツを食べた後は、

    しっかりと歯を磨くんじゃぞ!」

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